第5話 “だいすき”って、言ってもいいんだ
その日、空は少し曇っていた。
いつもの草原も、どこかしんと静かで、鳥の声すら聞こえない。
風も冷たくて、村の人たちはいつもより早めに家に引きこもっていた。
「冬が近いのよ」とエルナが教えてくれた。
「この世界の冬は、雪だけじゃなくて“霧”がすごいの。ひとりで出歩いちゃだめよ?」
「……うん」
俺はこくんと頷いた。
冬って、ちょっと寂しい。肌寒さのせいか、心までしゅんとしてしまう。
それでも、家の中はあたたかかった。薪の火がぱちぱちとはぜて、暖炉の前でエルナが編み物をしていた。
「ティオ、ちょっとこっちに来てくれる?」
「うん」
ちょこんと座ると、ふわっと毛糸のマフラーが肩にかけられた。
「はい、できた。ティオの、はじめてのマフラーよ」
「……ぼくに?」
「もちろん。明日から寒くなるからね。風邪ひかないように、しっかり巻いてね」
そのマフラーは、あたたかくて、少しだけエルナの香りがした。
なんでもない手編みの布なのに、なんだか、心まで包まれるようだった。
「……ありがとう」
小さくそう呟くと、エルナはふんわり笑った。
「どういたしまして。あ、ねえティオ、少しこっちに来て?」
「……なに?」
「いいから」
ぐいっと抱き寄せられて、そのままエルナの膝の上に座らされた。
子どもの体だからこそできる体勢。昔の俺なら絶対恥ずかしくて無理だったけど――今は不思議と、イヤじゃなかった。
「エルナって、ほんとのお母さん……じゃないんだよね?」
「……うん。そうね」
その言葉に、少しだけ空気が変わった気がした。けれど、エルナの手はずっと、俺の背中をやさしくなで続けていた。
「でもね、ティオ。わたしは、ほんとうにあなたのことを、大切に思ってるのよ」
「……うん」
「あなたが笑うと嬉しくて、泣くと胸がぎゅっとして。できることが増えると、涙が出るくらい嬉しいの」
その言葉を聞いて、胸の奥が、じわじわ熱くなる。
「……ぼくも」
「うん?」
「……ぼくも、エルナのこと、だいすき」
小さな声で言った“だいすき”は、自分でもびっくりするくらい、本物の気持ちだった。
エルナは一瞬目を丸くして、それから目を細めて、そっと俺をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、ティオ。……だいすきよ」
この世界で何度も涙を流してきたけれど――
このとき流れたのは、いちばんあたたかい涙だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます