十一章

開祭と際会

第137話 通報済みになってない?


 講堂で執り行われる開祭式。オープニングの楽団演奏後、しんと静まりかえった講堂内に、司会進行の声が響き渡ります。



『続きまして、文化祭テーマ発表。皆様、壇上にご注目ください』



 秋蘭の声に、講堂内全員の視線が壇上に注目される。視界の端に作品を作った二人を見てみると、少し誇らしげだった。



『只今より、桜ヶ丘高校文化祭の開祭です』



 宣言とともに、それが迫り上がっていく。




┌           ┐



      願



└           ┘



 この一文字には、たくさんの意味が込められています。

 人には誰しも、願望というものがあるでしょう。何かを願い、何かを望むことが。



『過去』には後悔を。

『未来』には期待を。

『現在』には希望を。



 桜の生徒の中にも、いろんなことを思い、そして思っていてもそれができない人はたくさんいる。彼らへ送る、まるで夢のような世界。


 この二日間だけは、ありのままの自分をさらけ出そう――そんな文化祭にしたいと願ったテーマだ。




「どう? あおいチャン」


「俺たちの作品は何点ですかー?」



 小声でそう聞いてくる彼らは、心底満足げ。

 それに負けないよう、葵も正直に感想を述べた。



「点なんかあげないよ」



 目を点にする彼らへ、葵は飛び切りの笑顔を返す。



「こんな素晴らしい二人の作品に、点なんかつけられないさ!」



 二人とも嬉しそうに喜んでくれた。

 ほんの少し、頬を染めて。



 ❀ ❀ ❀



 開祭式が無事に終わり、11時からの一般入場に合わせ、生徒たちは最後の出し物等の調整に。生徒会メンバーは、壇上裏で初日の出し物であるスタンプラリーの再確認をしていました。



「開始は11時同時。参加す希望の人たちには、随時台紙を渡してくれ」



 ポイントは全部で10カ所。そのうち6カ所には、それぞれスタンプが準備されている。そのうちの4カ所は、生徒会メンバーが交代でいろんな童話のキャラクターに仮装して立ち、一種のフォトスポットになって盛り上げるのが目的だ。

 最終的には生徒会室に辿り着くよう誘導しているため、辿り着いた人たちには景品を渡していく手筈となっている。


 明日はほぼ一日バタバタするため、各クラスの出し物についてはスタンプラリーの合間に手伝わせてもらうことになっていた。葵は昼前に生徒会室で待機することになっているため、それまではクラスの手伝いをする予定だったのだが。



「道明寺様! 今日は一段とお美しいですわ!」

「道明寺様と他の生徒会の方がいれば、優勝も間違いないですわね!」

「道明寺様! やっぱり一度私のモデルにな――」



 初日の2ーSの出し物は喫茶店。生徒会が童話の仮装をしているので、クラスもそれに便乗していた。

 ちなみに文化祭での優勝というのは、売り上げと人気を点数に換えて一番を決めます。優勝クラスには理事長からの豪華賞品が贈呈。出し物だけでも援助等のジンクスが付いて回って、決めるのに一苦労したものだ。



(そしてある意味アカネくんのコスプレ喫茶案が効いているのは、気のせいじゃない気がする……)



 生徒会の仕事が忙しいだろうから看板を持って宣伝してくれればいいよと言われた葵は、「理事長からの豪華賞品が変なのじゃなかったらいいなあ」と思いながら、今は校舎内をうろうろ。擦れ違う生徒たちから「お綺麗ですう!」とか「絶対喫茶店行きますので、連絡先をおおおー」なんて言葉が飛び交っていたが、愛想だけ振りまいて個人情報だけは死守しておいた。


 時計を確認すると、そろそろ一般の人たちの入場時間。すぐには解けないようにクイズは作ってあるが、早めに生徒会室へ行っておこうと校舎を出て渡り廊下に足を踏み入れた、次の瞬間だった。



「――……ッ!?」



 嘲笑っているような視線を感じ、全身が総毛立つ。



(……な、に? きもち、わるい……)



 それは途切れることなく、ずっと葵に付き纏ってくる。


 慌てて渡り廊下を走り辿り着いたのは、生徒会室とは真反対の位置にあるこぢんまりとした日本庭園のような建物。どこかのクラスの出し物で茶室を利用していたはずだが、今の葵にはそこまで思い出せる余裕はない。



(と、取り敢えず、あそこに逃げ込もう)



 少しだけ居座らせてもらえれば――そう思って【準備中】の札が立て掛けてある戸を控えめに叩く。軽い返事が返って来て、大急ぎで入って閉めた。



「あーすんません。クラスの奴かと。まだ準備中なんすよ」



 聞き覚えのある声に振り返る。そこにいたのは、立派な着物に身を包んだ千風だった。



「……ちか、くん?」


「は?」



 二人の動きがぴたりと止まる。葵は、何故慣れた様子で準備をしているのかと。千風は、どうしてお前がここに来ているのかと。



「〜!」



 お互いがお互いを見たまま固まっていたその時、葵が茶室に入ったのを目撃していたのかウサギの救世主が。「どうしたの?」と、上目遣いで首を傾げられてしまった葵は、そのかわいさに堪らず抱き付いた。



「むぎゅーっ!」


「?!?!」


「おま、何して……!」


「あ。もしもし、警察ですか。今ウチのかわいいウサギが変態に襲われてるんです。場所は桜ヶ丘高校の――」


「わあわあ! もう放したから! 警察さんだけはやめてー……!!」



 抱き締めた瞬間、ジャックとまめの木のジャックに仮装した日向が警察に通報したので、弾かれるようにウサギとカメのウサギに仮装した桜李から離れた。



(……ちょっと待って。通報済みになってない?)


 ……そろそろネ、庇うのモ限界が近いのヨ。


(え?! 本気なの!? 終わちゃうよこの作品!)


 まあそれはさておいテ。


(置かないでよ! わたしには重要な問題だよお?!)



 しかしそれ以降脳内からの返答はなく、葵はしばらくの間心の中で涙を流していた。



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