勇気

ヤマシタ アキヒロ

勇気

「勇気を出そうか、どうしようか……」


マー君は迷っています。


マー君は5年生になりました。


いつか兄に助けてもらい、とび箱が跳べてから、勇気を出すことの喜びを知りました。


しかし、新しい困難に直面すると、やはり生来の臆病が頭をもたげます。


「うーん、なんかドキドキするな……」


電車のシートは満席で、新しく乗って来たお婆さんだけが座れずに立っています。


みんなはスマホを眺めたり、目をつぶったりして知らん顔です。


「ゆずるのはいいけど、一人だけいい格好してるみたいだし……」


マー君はそんなことで躊躇していたのです。

お尻の辺りがそわそわと落ち着きません。


そのときふと「兄ちゃんだったらどうするだろう」という考えが浮かびました。そして胸のうちに小さな勇気が湧いてきました。


「よし」


マー君は立ち上がりました。


そしてお婆さんにだけ聞こえるように「どうぞ」と声をかけました。


お婆さんはキョトンとしていましたが、すぐにマー君の好意に気付くと、小さな目をさらに細くして微笑みました。「ありがとう」


席を離れたマー君は、みんなと目を合わせないように、つかつかと出入口の付近に歩みを進めました。


そして窓の外に流れ去る風景を、少しだけ爽やかな気分で眺めました。


                            (了)

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