第十五舞  狭くて蒸れるふたりだけの場所

 泣いていたあの男の子も、『あの暴走のことを忘れた』ということ――それを母が言っていた、あの、自分の正体について知った時に。

 あの子は今どうしているんだろう。


 まあそんな思いもある。

 でも、そんなことばかり考えていると心が持たない。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ギウちゃん、ストップ、ストップだよ、そこに居てね」

 対負魔局たいふまきょくに誘われた最初の頃――引き連れる正魔せいまがまだギウちゃんだけの頃――トイレにまでついて来るから、その時だけは、外に居てもらおうとした。でもそれでも入ってくるから、二匹目までは許していたけど。

 今となってはその数も多いので――

「ピブちゃんもエンちゃんもフーちゃんもそこに居て! お願い! じっとしてて! お願いね!」

 と言って、やっと一人でトイレに入ることができた。

(長い道のりだった……)


 今日はデート。待ち合わせにはミライさんの方が早く来ていた。

「アタシも早く出たのに」

「ほっとけないって言ったでしょ。待たせないよ」

「え」

 微笑むミライさんがカッコよ過ぎて、その左腕に、元気にアタシの腕を組んじゃった。そうしたら――

「もう少しそっちがカッコよくしてもいいのに」

 と、ミライさんはそう言いながら、アタシの指にその指をからめた。

 つまりは絡んだ腕がほとんほどかれて、ほぼ手を繋いでいるだけの状態に。

「えうぅぅぅ」

負魔ふまみたいなこと言わないの」

「だってなんか……」

(何これ、嬉しハズカシぃ? そんな感じだよ……)


 デート自体は、普通に買い物したり、普通に話すだけ。

「あ、この色いいじゃん」

「似合う似合う」

 服を見せ合うのも楽しい。

「へえ、そのゲーム好きなんだ、アタシもだよ」

「今度やろうよ」

「うんうん」

 楽しい。アタシたち相性いいじゃん。これだけで楽しいよ。それってすごくない?


 それから――本部近くに帰ってきた。とりあえず、外デート終了。

 と、そんな時、近くで負魔ふまが出たという連絡を受けた。

 場所の名前を聞いて、駆け付ける。

 アタシの方が速かった。前もって『体を改良』しているからね。

 とあるデパート近くの路地だった。

「ちゃんとおおぉぉ前見てぇぇぇ」

 とさけぶゼリー状の負魔がそこには居た。

「ツクリキ!」

 唱えてギウちゃんをアタシに同化させると、多分、全身が黒くなった。その手を伸ばして念じると、黒い泥みたいなモノが飛んで負魔にベッタリと付着。

 そのゼリーがぷるぷるしにくくなった。アレが割と固まるから。それから、物理で押し通す。叩く叩く叩く。

「グヘェ~」

 すぐに退治完了。

「ぎう」

 アタシの体からギウちゃんを解放することを念じると、ポンッとギウちゃんが出てきた。アタシの肌も黒じゃない、もう元に戻った。

 ギウちゃんやピブちゃんたちは、それのエネルギーを食べたけど、前みたいに正魔せいまが生まれはしなかった。

(やっぱり限界なんだなぁ。だからかな、自分の問題も)

「さっすが。凄いね」

「えへへ」

 照れちゃう。

「退治できた」

 と、ミライさんが報告してから本部へ帰った。

 一階。

 自動ドアから入ってすぐ、アタシの体から負魔のエネルギーが出るのを、自分でも感じた。嫌な感じ。これがそうなんだ。ドロドロムカムカ、気持ち悪い感じ。

 そして、すぐに遠くから、

「なんだなんだ最近多いぞ本部でだぞ」

 という声が聴こえてきた。

「どうしよう!」

 今この体から負の念がれているところを感じ取られる訳には行かない。これを感じ取った者と話して、もしも理解されなかったら、本部局内に亀裂が入り兼ねない。それにアタシは……殺されるかもしれない、そうでなくても追放されるかもしれない。

 チャラ島が過ぎった。

 チャラ島みたいな人でなくても、よかれと思ってアタシに何かをする人は居るかもしれない。

 守ろうとしてくれているミライさんと一緒に、辺りを見た。

 入り口から少し入って左に行った所にトイレがある。そのすぐ隣に掃除用具室がある。

「ここ!」

 と、ミライさんがアタシの手を引いて、一旦、掃除用具室に隠れた。ギウちゃん、ピブちゃんたちも入った、足元に居る。

 すぐ隠れられるのはここくらいだった、それに、ここなら隠れているとは思わないだろう、掃除時間でもなければ使われない道具だし。ミライさん、ナイス。

 ただ――

(狭い。だから盲点にできると言えばそうなんだけど)

 立ったまま抱き付きあった状態。そのぐらい狭い。高さのある場所ではあるけれども。

 狭すぎる用具室の中で、自分でも試してみた。

「自分でもおおおうとしてるんだけど、難しいねコレ」

「色々と気が散るから動かないで」

「あ、うん、ごめん」

 アタシが謝ってから少し間があって、それからミライさんの小さな声がこちらの耳に届いた。

「多分、負魔ふまのエネルギーが重瑠えるちゃんの中にあるから、それのせいで自分ではやりにくいんだよ」

「そっか……」

「ミライさんは大きいね」

重瑠えるちゃんは……重瑠えるちゃんも大きいね」

「う……うん?」

「ああ、いや、私は心ン中が女だし。そういう意味では言ってない。でしょ? わかる?」

「ああ、うん、大丈夫。大きいもんね。事実として」

「そうそう」

 狭いだけでなく、暗い。だからか――

「……普通にさ、こういう体温にはえてたかも」

 そう思った。

「うん?」

「温もりって大事だよね」

「――そうだねえ」

 温かい。心音も。なんだか落ち着く。

 ミライさんに抱き付いていると、

「こんなになるんだ」

 と言われた。

「え、何?」

「なんでもない」

 そんなこんなで。

「もう大丈夫かな」

 負魔ふまのエネルギーを抑えるのは終わっていたみたい。ミライさんの強い正魔力せいまりょくを今は感じない。

 それに、外のバタバタした騒ぎがもう収まっている。

「いつまでこんなコトが起こるんだろう」

「うん?」

「いつになったら、こうしなくてもよくなる? それともそんな日は来ない?」

 少し不安だった。それが大きくなりそうで。

「んー……大丈夫だと思うよ」

 ミライさんの声が、すぐ近くから、耳に、掛かる。

「抑える時間が短くなってる。安定しようとしてるんだと思うよ」

「……そっか。なら、いいや」

 それなら安心。それに、誰かが味方だっていうことが、嬉しい。それに、それが、ミライさんだから。

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