第十四舞  真実

 付き合うことになった。アタシとミライさん。

(だったら今後、ふたりでいる時は楽しくしなきゃ。多分できると思う。だって一緒に居たいと思った人だから。でも……え、緊張するかも。気はしずめないとね、というか、リラックスしないとね、か)

 断られたら、まあまあ気持ちが沈んだまま、もう一つの問題に取り組まなければならなかった。それがアレだ、『アタシの中から負魔ふまの力を感じられた問題』――

 それでも、ひとつ考えなくてよくなるのはアタシにとって良かった。

 でも、付き合い始めることに。

(まさかオッケーだなんて。とりあえずデート用に何かこう……可愛くて最高の服とか――だけじゃなくって! えっと今は――)

「どうする?」

 と言われた。

 そうだ。『アタシの中から負魔の力を感じられた問題』が謎だった。

「本部長に相談……しようかな」

(それだけで済む? それを考えると怖い)


 本部長に電話をすると、一階の第三会議室に集められた。

 長机とパイプ椅子が並ぶ会議室。そこで、部屋の半分をゆったり使うように向き合って座っている。部屋の入口から見て左側の奥に本部長。左側手前にアタシとミライさん。アタシの右隣にミライさんがいる。そばには、正魔の、ギウちゃん、ピブちゃん、エンちゃん、フーちゃんの姿も。

「局長にも来てもらいましょ」

 と、本部長が言い出した。

 本部長がスマートフォンで誰かに連絡後、数分が経った。

 そして誰かが入って来た。

「と、朋三郎ともさぶろうさん?」

 とアタシが言うと。

「さあ、局長が来たわよ、きなさい」

「局長だったの!?」

 そう言えば……ここに来た最初の頃、管理人室って書かれた所から朋三郎さんが出てきた気もする……そんな感じだった気がする……。

(そうか、そんな人だから重要な部屋から……)

「私のお婆さんがそうだったんだけどね、腰がアレで」

 と、本部長が、自身の腰の後ろ側を、トントントンとたたいた。

「え、でも、言ってくれれば」

 アタシは、そう言って朋三郎さんに目を向けた。

 彼は、後頭部を軽くいた。

「言ったら構えちゃうかな~ってね」

「あ、ああ、それは確かにあるかもだけど」

 ともかく。じゃあ相談だ。


「ふむ」

「どうなんですか?」

 話を聞いたあと、考え込むポーズをした朋三郎さんに、アタシが問うと。

「いやまるでわからん」

(はうぅぅ)

 これから先、自分はよく解らない負魔ふまの力を、なぜかたまに放出しなければならない?

「前局長にもいてみよう」

 朋三郎さんがそう言って数分後、第三会議室に、着物姿のお婆さんがやって来た。可愛らしい柔和な雰囲気のお婆さん。

「その人が?」

「そう」

 アタシに、本部長がそう言った。

 ただ、その隣に、なぜか、アタシの母親が!

「え、なんで! お母さん!?」

 その時だ、ミライさんの方から声が。

「あの。お世話になってます。いや、してます」

「はい? あ、どうも。え?」

「あ、一旦その話はやめよっか」

 アタシがミライさんとお母さんにそう言うと、

「実は――」

 と、話し出したのは、なぜかお母さんの方だった。

「実は――この子は元々、私の実の子ではありません」

「え!」

「引き取った子なんです。それも、うんと小さい頃に」

「ええっ!?」 

「気持ちは解るけどちょっと静かにして」

「あ、はい」

 本部長に言われてアタシは黙り込んだ。

(だって聞いてないよ。アタシが、実の子じゃなかった? じゃあどういう子だったってこと? それで、どうだから今こうだってことなの? だから言いに来たの? 関係がある? どういう――)

 母の声が続く。

重瑠えるは元々正魔せいまでした」

(え……?)

「というより、負魔ふまでした、私が浄化させました」

(ギウちゃんやみんなと、同じだった……? 人間じゃなかった……?)

 あまりの衝撃。

 その時、ピピピと何かが鳴った。本部長の方から聞こえた。直後、彼女がその手をこちらに伸ばして、正魔力せいまりょくでアタシをおおうのがわかった。

 ミライさんがアタシにやったのと同じこと。

「負魔が――!」

 と、外が慌ただしくなったけど、一瞬だけ。

「センサーの反応がなくなったぞ」

 という声も廊下から聞こえて来た。

(本当にアタシ、普通じゃないんだな……)

 ふう、という誰かの吐息が聞こえた。多分本部長。もしかしたらミライさん。朋三郎ともさぶろうさんかも。わかんないけど。もう何も解んないけど。

「正魔になってからのその子から、私は声を聞いたんです――『人間になりたい』って。私は正魔の声を聞ける」

「ワァシがそれを叶えたんだよぉ。『叶える』力でね。一歳くらいの赤ちゃんにさ」

 母の言葉に、本部長のお婆さんがそう重ねた。

(というか、今、変身トランスしたあとの姿をお母さんに見せてる!)

「し、知ってたの!? アタシ――ボクがこうだってこと! この姿だってこと!」

「知ってた。そこの男性から対負魔局たいふまきょくに入ったことだけを知らされたけど、家に一度帰ってきたあと、追い掛けて知ったのよ」

 母がそう言った。

 衝撃に次ぐ衝撃で、もう何も考えられない。それに、アタシの周りに尾行する人が多過ぎる。

 ついでに母は――

「私はすでに引退した身だけど――」

 と、可憐な姿に変身トランスしたあと、元のふっくらした姿になってから続けた。

重瑠えるは、ある力を使えた。でも、それを封印してたの。記憶と共に」

「き、記憶と共に?」

 確かに小さい頃の記憶は薄い。

「この子は、負魔ふまのことを授業で教えられた小学生の頃、それを強く意識した子供同士のチャンバラごっこが原因で、力を暴走させてしまった。知らず知らずのことで、この子は悪くないんだけどね、でも、だからこそ『心が辛い』と、当時、重瑠えるは悩んでた。それを忘れさせた。事故があったことも。巻き込まれた人の頭からもね。それから、負魔や正魔についてを、どうやら忘れてた」

(ああ! だからアタシ、知らなかったんだ……忘れてたんだ……)

「その力の正体についてが、最近になってわかった。『力が付く』という力なのよね? その封印が、浄負術じょうふじゅつを使うごとにかれていって――」

(ああ……だから……)

 ツクリキ。

(そう唱えたらあのコたちの力がアタシに付いたのは、そういうコトだったんだね)

 どうしてか、視界がゆがんだ。目をこする。

 何かが見えた気がした。

(過去の記憶? 誰かが、泣いてた。小さな男の子。アタシ以外の誰か……? 今は泣いてないのかな……思い出したりしてしまったりとか……ないのかな)

 アタシが、ふうと弱く溜息をいた時、また母の方から声が。

「話を合わせると、多分、そばに居た正魔せいま負魔ふまの力を付けてしまって、暴走してしまっていたのね……あの頃は」

「アタシは、正魔だった……」

 その声に、誰も、何も言わない。

 言葉を探したり、アタシの言葉を待ったりしたんだ、きっと。

 しばらく、無音がこの部屋を制していた。

 アタシは、つい――

「ま、いっか!」

 と。

「軽いなオイそれで済むんか」

 とは、朋三郎さんが言った。

「いいじゃん、だってアタシ今最高の気分だもん」

「……そっか」

 それはミライさんの声だった。

「気分はそれでよくても、事態は深刻かもしれないわよ」

 本部長はそう言った。

「え?」アタシが。き返して待った。

正魔せいまだった期間はどのくらいですか」

 と、本部長は、母に。

「ほんの数日よ」

「……負魔ふまだった期間は?」

「そっちの方が多分長いかもしれない。廃墟になった幼稚園に出た負魔で、気付かれにくかったから」

「ああ、そういう……」と、本部長は意味深に。

(それでアタシ、正魔せいまて、こうなったんだね。それで……安定しなきゃいけない……? どうやったらそれができるの……?)

「力を自分に付ける浄負術じょうふじゅつを、使う度に、負の念を取り込んでいる可能性があるわね。あなたはそれに反応しやすい。なぜなら元は負魔だったから、正魔だった頃もあるけどね。とりあえずその力を、制御するか、自分の中に溜まってしまっても、誰かに隠してもらいなさい」

「それは私が」

 と、ミライさんが言った。

(そうだ、協力者を……)

 そこで、本部長は、また口を開いた。

「それから、たとえば……その、そばの正魔たちに食べてもらいなさい。自分で気付いて自分で覆い隠すのはできなさそうだから、そばには常に誰かに居てもらうこと」

「私がそばに居ます。それができない時はほかの誰かにお願いして、居てもらいます」

「お願いね」


 ――そういう訳で……

 アタシとミライさん、ほか数人での、アタシの中に集め生じてしまう負の念を消すまでのミッションが、時折始まることになった。

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