第十三舞  返事

 彼は彼女と呼ばれるべき存在だった。年齢は二十代から三十代くらい。男性の姿だった時はもう少し上に見えた。

 そういえばと思い返してみた。リトナっちは二十代くらいで、本部長や朋三郎ともさぶろうさんは五十代くらいに見えた。それが間違ってるかもしれないけど――

 とにかく、今アタシの隣に居るは若々しい。男の姿の時の彼女は頼り甲斐がいがあって、その時も、渋さがにじみ始めた程度の若さがある。

(アタシなんかじゃ……不釣り合いだね)

 元は、幾ら若々しく見えても、四十の男。今は二十代くらいの女の姿。

「名前は?」

 ふと言われた。

(知らないで助けたんだ、アタシを)

武下たけした重瑠える幾重いくえにもかさなる瑠璃るりのルで、重瑠える

「重瑠さん? なんか可愛い」

 彼女はくすくすと笑った。

「……少し重荷だった。でも……今は、その響きで呼ばれるのが、嬉しい、かな。……あ、ごめん、こんな話を聞かされても、なんだかなって思うよね」

「いや特には」

「あ、そうなんだ」

 ――涙が引っ込んだかも。

「私は大森おおもりミライ。ふざけてこの姿に設定したから、この有様」

 言いながら彼女は変身トランスした。

 その姿は、やっぱりガッシリしていて、かっこいい。

(ああ、やばい、助けてくれたし、なんか、この人なら、いい……って思っちゃう)

 言い方は悪いけど、色んな逃げ道があるように思える。よく言えば、組み合わせがいい。二人一緒に居て楽しく過ごせないか――そう思ってしまう。

「あのさ、私は、危ないから重瑠えるさんを助けたんだよね。ただそれだけ」

「そ、そうだよね……」

 落ち込んでも、それはただ空回りのせいなだけ。

 ショックだ。それに、こんなコトもう無さそうに思えてくる。

 い上がれないがけ下に居るような気分。

 そこで声が。

「でも、なんか、ソッチ寄りの気持ちっぽいし……嫌な気はそこまでしないんだけど」

(え)

「でも、お互い何も知らないでしょ」

「う、うん、そうだね」

「とかカッコつけたけどさ」

(……うん?)

 さっきから場所を移動していない。ミライさんの部屋のソファーの右側にアタシ、左隣にミライさん。

(もう、さん付けだ。男の時の彼女を、ミライさんと呼びたいかもと思ったし、戻った姿の時でも、そう呼ぶのはシックリ来るかも)

「私も――」

 と、ミライさんが話し始めた。『続きは?』と耳に集中すると。

「この人がもし男だったら。それとも、たとえ女でも……とか思ったんだよね」

「え?」

 胸が高鳴った。

「いや、ほらさ、私が男に変身トランスできるから、もしかしたら似たような人なら――ってのは考えたよ~……ってね」

(え、うん。そうだよね。で? それで、だから? お眼鏡にはかなったの?)

 先を早く言って。そう思ってしまう。だから待った。

 そして。

「まぁ、えっと……重瑠えるさん次第だよね、中身は四十だった」

「中身ったって」

「ああ、そうね、ソッチ系だったけど」

 そこでしばらく間があった。それから、ミライさんが。

「なんか、ほっとけないよね、男の時でもそうなの?」

「え、そ、そうなのかなぁ」

「危ない状況によく居るよね、話聞いたよ? あの助けた私のフリしたチャラじまのこと」

「チャラ島」

「こうして話してる私も嘘ついてたらどうする?」

「……嘘、なの?」

「違うけど。……なんかテンポ狂うなあ」

「え?」

「ま、いいわ。なんかもういいわ」

「え? え? 何?」

「あー……だから、付き合ってもいいよってこと、趣味が合えばもっといいけどね、今後楽しければ、ね」

「え……ホントに? アタシなんかで? 中身あれだよ?」

「人は誰しもあんな風になる」

 目から鱗が落ちたと思った。それ以上に、嬉しかった。

 そんな目はうるんで、使い物にならなくて。

「私からも言ってんだから、いいでしょ? あれ? ちょっと。どうしたの」

 アタシは体育座りみたいに座ったひざに自分の顔をうずめて隠した。だからそこに声を掛け続けられている。

「ねえ。ちょっと。泣いてるの?」

 見守っていたのか何なのか、アタシの足元に居る正魔せいまのギウちゃんやピブちゃんたちは、鳴いてはいないけど。

「んへ……ふっ……嬉し過ぎるんだけど! あはは、はは!」

 笑えてきた。

 でも、同時に涙が出る――なんて、変なの。

(だってこんな気持ち、誰にも理解されないと思ってきたから)

「はう~」

「嬉しいの?」

「うん。……嬉しいよ。すごく嬉しい。ありがとう」

 その声は、強く揺れていた。

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