第八舞  あの時の人は

「うーん、解らない。どうしてなんだろうな」

 アタシが使える浄負術じょうふじゅつがなぜか三つ。二つではなく。

 そのことを、なぜなのかと誰にいても、結局そんな感じだった。

 朝食ついでで部屋へ歩いている時に、廊下にて、偶々たまたまだけれど、朋三郎ともさぶろうさんとバッタリ会った。彼にあのことを訊いてみたけど。彼もまた首を横に振った。それが今。さっきのは彼の言葉。

「ただ、それで、力が付いて、そのコの能力を使えたってことは、ほかの二匹の力も使えそうなんだろ?」

「ああ、はい、そうっぽいですよね、やっぱり」

「じゃあ、もう大丈夫そうだな、レパートリーが増えたろ。三つどころじゃないってことになるんじゃないか? そうだろ?」

 朋三郎さんは、そう言って、いい笑顔を作った。

(確かにそういうことだ。対応できない負魔ふまが現れなきゃ大抵の場合は……)

「器用貧乏にならなきゃいいけど」

「頑張れ。頑張るといいさ」

 そう言われて、うん、と胸を張ることにした。

「じゃあな」

 そう言った朋三郎さんを「あ、はい、じゃあまた」と言ってから、送り出す。

 見送りながら、思い出した。

(そういえば、ひとつ謎があるんだった。あの時、アタシを、誰が助けてくれたのか)

朋三郎ともさぶろうさん!」

「うん?」

 彼が振り返った。アタシは少しだけ近付いて。

矢地夜やちよ西にし中学のプールで負魔ふま退治後のアタシを、その……おぼれている所から助けてくれたのって、朋三郎さんだったり? 助けたあと急いだとか――」

「いや、違うよ」

(違うんだ……そっか……)

 ちょっと残念だった。なんでだろう。対負魔局たいふまきょくに引き入れられて何も説明がなければ戸惑うはずのアタシを、世話してくれた人だから? より尊敬したかったからかな。


 アタシに親切にしてくれた男性は、ほかにも居た。ジムで脚力を最初に測ってみるように言ってくれた人もそう。その人の名前は「糸山いとやま潤也じゅんや」というらしい。彼自身から聞いた。

 潤也さんにも、あのプールで助けてくれたのは誰かということをいてみた。ちなみに、ジムでひといたあとでだ、そんなタイミングに彼は本部のジムに居ることがある。

「いや、俺じゃないよ。というか、その矢地夜やちよ西にし中の人かもね」

「ああ……」

 失念していた。

 そこへ行くというのも、あまりにも自分をさらす行為だから気乗りがしない。


「感謝はしたいんだよねえ」

 と、本部一階の相談窓口で言うと、以前も話したその女性は、

「じゃあ局から感謝を言うからという名目で、確認しておきますね」

 と言った。

 あとから連絡が来た。どうやらそこの生徒ではないらしい。教師でもないらしい。

(じゃあ誰なんだろう、本当に)


 ずっと気にしながらも、負魔ふまとの戦いには迫られた。

 エンちゃん(アタシがそう名付けた手乗りイタチの赤い正魔せいま)を手から取り込んで、燃えるような赤眼あかめ赤髪あかがみたずさえて火で負魔ふまと戦う。

「ギョエー」

 と言わせて正魔せいまのおともが増えても、そのことばかりを気にしていた。

 ちなみに、この時に倒したのは「横入りするなぁぁぁ」とうめいて風を生む負魔。この時に増えた正魔は、綺麗な薄いエメラルド色の、すずめくらいの小鳥。そのコは、

「ふーくくく」

 と鳴いてギウちゃんピブちゃんエンちゃんの仲間入り。

 こんなにも増えたし、フーちゃんが飛べるところを見て、ふと思った。

(みんな飛べたら楽なんだけど)

 だから、そこで、『体を改良する』という浄負術じょうふじゅつの出番。念じると――

「ぎう」

「ぶひゅ」

「ひきゅぅ」

 このコたちにも翼が生えた。其々それぞれの、色取り取りの翼。

「ねえ、それで飛べる?」

 正魔は、たまに、物理法則を無視するのか、それとも、関与を半減させるような感じなのか、あまり苦労せずに飛び始めた。

(飛べなかったらその変化を解除する予定だったけど……これは嬉しい)

「アタシが現場に行く時、その翼でついて来れる?」

「ぎうぅ」

「ぶひゅぅ」

「ひきゅっ」

「ふーくく」

(うん、解んないけどヨシ。可愛い)

 聞くより事実――と、俊敏しゅんびんに動いてみた。その動きよりは格段に遅いけど、それでもこのコたちはついて来た。

(何とかなりそう)

 そう思いながらワシャワシャでると、割とこのコたちは喜んだ。


 そしてある日。

「ああ、それ、俺だよ」

「え!」

 夕飯のあとで、ある男性が、対負魔局たいふまきょく本部食堂横の廊下でそう答えた。アタシが念のために聞かなかったら答えてもらえなかったかも。

 彼は金髪で、それが短くて、背は高い。自信もありそう。

 アタシの後ろにはあの四匹が浮いていて、其々それぞれ好き好きに鳴いていた。それが祝福みたいに聞こえた。

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