第九舞  あの時の人だから

「あなたが……?」

 いつかのプールで、助けてくれたという男性。それが今、目の前に居る。

 対負魔局たいふまきょく本部の食堂横の廊下。

「そうだよ」

 と何気なく言う男性を見上げたアタシの心には、

(当然のように助けてくれたんだ……)

 という願望が生まれた。

 その金髪の下の、あまり動かないハッキリした目を、見詰めてしまう。

 そんな横から、声が響いた。

「ちょっと待って!」

 その声には、明らかに、誰かを責める怒気がある、そう感じた。

 横から女性が近付いて来た。声は彼女のものだったらしい。

 誰かと思ったら、ギウちゃんが負魔ふまだった頃の――と言ったら正しいのかな、ギウちゃんがその一部だった頃の――と言う方が正しいのかもしれないけど、とにかく――そんな負魔の退治の時に、そばに居た女性だ。

「もしかしてあなたが? それならこの人が言ったことに『ちょっと待って』って言うのもわかるけど」

 と、アタシが問うと、その人が、口をモゴモゴとし始めた。

「あ……えと、その……いや、見てただけではあって……こっそり見てただけなんですよ、こっそりと。でも、それは、私の学校が偶々たまたま同じ場所だっただけで」

「そこの生徒だったんだ」

「あ、はい」

「え、じゃあこの人は……」

「違います」

 その子がそう言うと、金髪の男性は、チッと舌打ちしてから歩いて去っていった。

(え……? じゃあ何か? まさか……)

 恐ろしさが込み上げた。あのまま話が弾んでいたらどうなっていたか。

「あ、ありがとう……えっと……」

 と、アタシが名を聞こうとしたら、彼女は自分を手で示した。

「あ、私、見山みやま美八みやです。見る山に美しい八で見山みやま美八みやよろしく」

「ああ、アタシは――」

武下たけした重瑠えるさんですよね?」

「え、コワ! どういうこと!?」

「散々追跡して、こうして本部の中にも入り込んで、聞き耳を立てましたから」

「危ない人だなあ怖がられない?」

「あはは、注意されたらやめようとは思ってますよ」

「やらないでよお」

 と、ひと笑いあってから。

「あの」

 と、言っておこうと思った。

「何です?」

「念のために言っておくけど。アタシ、元は男だから」

「え。そ、そうなんですか? でも、そうなりたかったんですか?」

「……まあ……うん」

 沈黙が流れた。

 浄負術士じょうふじゅつしが別の姿に変身トランスするのは常識で、アタシの場合はそうだった、そこに気持ちもあった。もしかしたら珍しいタイプ。絶対に異性になる訳では無い。あの設定が鍵なだけ。そんなことを対負魔局内だけでなくほとんどの人が知っている。……まあ私は忘れてたけど。あれ? なんでなんだろ。んー……まあいっか。

「そうなれてどう思いました?」

 少しだけ考えてから、口にすることにした。

「んー……まあこんなもんかって。ただ、今は自分に自信が持てるし、こうなりたかったから、存分にファッションも楽しんでるし、ん~……今は、楽しい、が一番かな」

(それにしても。違った。あの人がそうじゃなかった)

 そう思ってから、

(そうだこの人は……えっと、ミヤちゃんだっけ? 美しい八で美八みやちゃんか)

「美八ちゃんは、嫌じゃない? こういうの」

 聞くこととちょっとズレてしまったけど。

「犯罪を犯すわけじゃないんでしょう?」

「そりゃ勿論もちろん。そんな男がいたらアタシだってたたき出したいくらいだし。まあそれもできるかどうか……怖いしね。でも! 浄負術じょうふじゅつがあれば問題ないから。大丈夫。守れるよ」

「そういう考えしかないなら、嫌じゃないですよ」

「ああ、それで」

 さあ本題。

「助けてくれた人を見たの? それって誰? 詳しくはわかんない感じ?」

「黒髪の人でしたよ。背はさっきの人と同じくらいか、それよりもっと大きいかな……」

「そっか……」

 俄然がぜん、会いたい気持ちが増した。

(どんな人なんだろう)

 こう思うのは、あの時の人だから? そうなのかも。

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