第七舞  ツクリキ

 対負魔局たいふまきょく本部三階の食堂で、アタシは朝食を口にしている。そんな時、ギウちゃんもピブちゃんも隣にる。というかテーブルにあるアタシの定食のお盆の隣に居る。アタシから見て定食の右に居るのが、三本の尾を持つひとつ眼のギウ、定食の左に居るのが、背から十数本ほどのつたみたいなものを生やしている胴長の豚のようなピブ。どちらも両手には乗る。ピブの方が大きい。ギウは、尾を除いて体だけで考えると片手に収まる大きさだとは思える。

「普段はアタシの正魔力せいまりょくを食べてるの?」

 この問いに対して、ギウは、

「ぎゆっぐ」

 と鳴いた。ピブは、

「ぶひゅ」

 と。相変わらず、その意味はわからない。

「ただただ可愛いじゃん」

 ただそう言って背をでると、このコたちは、抵抗しないし、腹いになることもある。片方の肩をその場に着けるようにして倒れ、腹をこちらに見せつけることもある。そんな時はその腹を撫でる。

(このコたちにとっては、それでいいのかな、どうなんだろう)

 其々それぞれ、アタシに何があっても、人を攻撃する事は無い、正魔せいまになる前のあの力は無い? 無くなっている? そうなのかもしれない。小さいからなのか、今は育っている段階なのか。そもそも味方という考えが間違っているかもしれない……

(あれ? でも、この前、負魔ふま退治に連れて行く時、抱えた腕の中でジィ~っとしてたな。抵抗しないというか、アタシを信じてる? 気を許してる? ギウはピブのことを迎え入れたように見えたんだけどなぁ……アタシを攻撃しないし……味方だと思うんだけどなぁ……)

 ともかく。朝食を終え、いつもの――

「さ、ジムに行くよ!」

 運動をしている時に、スパーリングに誘われても、その最中のことが練習だと、ふたりは解っているようだった。アタシを守らない。見守ってはいる。

(やっぱりアタシの味方だよね。だけど人を攻撃しない。そもそも攻撃を見たことないけど。もし攻撃する力があるなら……正魔せいまとして、対するのはくまで負魔ふまだってこと? そういうこと?)


 数日後の、リトナっちとの食堂での晩御飯の時、

「お給料まだ? 私は入ったよ」

 と言われた。

「え、いつ?」

「十五日。対負魔局たいふまきょくはそう決まってる」

「ふぅん、アタシ給料まだかも。まあ確認してないんだけど」

「確認してみたら?」

 ――という流れで、シュシュを買いに八〇十号室を出た。まず銀行へ。

 少しだけ引き出す。その際に、通帳の数字に目をやった。

「おお~……」

 まあまあの金額が入っている。負魔ふま退治をするという珍しい職種、浄負術士じょうふじゅつしとして命を張っているからか。金と命は重たい。――同じ傘の下で守られるもの、だからなのかな。

(そういえば、アタシみたいに実際にその足で出動する人たちって、どのくらいの密度で担当してるんだろ)


 その日、ギウちゃんとピブちゃんがついて来る中で、リトナっちと合流後、買い物を楽しむことにした。今リトナっちは本部で見掛ける姿じゃない。浄負術士じょうふじゅつしではない時のリトナっちは、割と垂れ目で、のんびりしてそうに見える。変身トランス時と同じくらいの――二十代くらいの見た目。

 そんなリトナっちと、洋服店と洋服店の間を、渡り歩く、その最中に担当密度のことを問うと。

「ここの担当は重瑠えるちゃんと、あと、ほか数名だよ。私はもう少し離れた所」

「そうなんだ」

「うん、そう。まあ休日に出くわすことはあるけど。ほかにも大勢の術士が居るけど、その人たちは別の所に出張だね」

「出張?」

「うん、それも、地元を担当することがほとんど。その方が無難だもんね」

「ああ~……ってことは、アタシ、そういう意味でもここ担当になってるんだね」

「そうそう」

 そんな時、

「ヒギャー!」

 という悲鳴が聞こえた。

 とあるデパート『ミュー角三かくさんビル』の五階に居る時だった。

 駆け付ける。ギウちゃんとピブちゃんも共に。とはいえ、あのコたちは、後ろからついて来る感じだった。

 同じビルの三階の中央階段からすぐ横にある遊戯広場。その中央には火が立ち昇っていた。

(ビルの中でだなんて!)

 いつの間にか術士の姿に変身トランスしていたリトナっちが、先に飛び出して、

「フツルギ!」

 と唱えると、彼女の前に木剣が現れた。それが槍投げ選手の槍のように、ただ、それよりも速く飛んで行き、そして燃える火を貫いた。

 それが負魔ふまそのものだった。だけどそれはゆらりと元の火の形状を取り戻すと――こちらを見る大きな顔の形の火を作った。そしてそれが――

「どうしてぇぇぇねえぇぇオオコヤマくんぅぅぅ私だけ見てぇぇぇ」

 と、とっても個人的であろうことを言ってから炎の球をリトナっちへと。

 リトナっちはその火を受けて、

「あうっああああ」

 と、集中を途切れさせた。リトナっちの腕には火が。速く退治して処置しないとリトナっちが!

 だからアタシは飛び出した。ただ、急に爆発が!

 数メートルを吹き飛ばされて床に倒れてしまった。耳がおかしくなった。上半身の大部分が痺れているみたいになっている。なんとか身を起こして、体を改良しようとした。念じる。でも治りはしなかった。気力で立っているだけ。改良はくまで改良か。

「オオコヤマくんのばかぁぁぁあ」

 負魔がそう言って火を放っている。その先が爆発することも。その爆発がまた目の前で。

「あぐっ!」

 また吹き飛ばされて――

(うっ……嫉妬の炎と、その爆発?)

 と、思ってすぐ、また声が。

「ふたりで岩石観光したぁぁあの時みたいにぃぃぃ過ごしたかったぁぁぁ」

 むしろ、裏切られた、という気持ちの方が強そうだ――というその負の念を、払う、そのために――立ち上がろうとした。でも、今度は難しかった。頭がガンガンする。手も腕も痛い。手足を思い通りに動かせるかどうかさえわからない。

「そう……よね……っ! そんなことしつつ栗金団くりきんとん饅頭まんじゅうでも食べていたいよね! 穏やかな生活ラブ!」

 苦痛の顔を見せるアタシの腕に、正魔せいまのピブちゃんが心配そうな顔でくっ付いた。

(心配してる? させちゃってごめんね)

 と思っていると――そのピブちゃんが、アタシの腕に吸い込まれた!

(え!)

 そりゃあもう吃驚びっくりで。

(ピブちゃん! なんで! 消えた!? アタシの中に!? 腕の中に!? どういう……力……!? これがホントの腕力かいなぢから! ってボケてる場合じゃないよね!)

 なぜか、力が湧いた気がした。それが自分の中の正魔力だというのを実感した。しかも――

(え、なぜか私の背中から何かが……! ピブちゃんのロープ状のアレだ! もしかして!)

 だからアタシは念じた。

 すると――目の前に、水が生まれた。大量の水。ただただその空間をめ尽くす水。

(リトナっちにも!)

 その火が消えた。

「あ、ありがと……」

 火を消そうとしてしゃがんでそでなんかを床にたたき付けながら苦しんでいた、そんなリトナっちがそう言って、それから立ち上がった。

 それを確認したその目を、あの火の負魔ふまに向けると――

 周りにダバーッと流れて行こうとするその水の中で、消滅しようとする赤いメラメラとした負魔が見えた。

「あぁぁ……」

 と、その声が小さくなっていく。

(どうか浄化されて――)

 とアタシが願うと――また、目の前に、赤い、ちょこんとした、手乗りイタチのような姿のモノが。それも正魔せいまなんだろう。

「ヒキュゥ」

 その鳴き声を聞いたからか、ギウが「ぎゅう」とけ寄った。ピブちゃんはアタシの腕の中に入ったまま……。ピブちゃんは一体……。

 ケータイが鳴ったから出た。でもそれは出動要請のもので、それはここのことだった。

「もう大丈夫です」

「ならよかった」

 という事でスマホを切ってから、

「どういうコトなのかな」

 というリトナっちの声を耳にした。

「さあ……わかんない」

 そう言うことしかできなかった。


(あの力を私が使えたのは、一体どういう……?)

 リトナっちの服が一部焼けたこともあって、それを機に解散した。アタシと一緒に帰ると、リトナっちの住んでいる所まで、対負魔局たいふまきょく本部だということが簡単に多くの人に知られてしまう、その可能性が高まるから解散を選んだ。

「じゃあね、また」

 と言ったリトナっちに、

「うん、また」

 と言ってから帰って、一人になってから、部屋で、力を確かめてみようと考えた。ピブちゃんのことも、どうなったのか気になるし。それに、まあ多分、リトナっちも本部のどこかにはいるんだろうけども。アタシがひとりで確認しても、解ったことがあったら、あとで言えばいい。

 念じると、まず、スクリーンのように、白く淡く光が現れて、その中に緑の文字で、『背筋を伸ばし胸の前で合唱の姿勢を取ると体が改良される』が浮かんだ。隣に、青緑の『強く短く息をくと氷が生まれ動く』も浮かんでいる。そして――

 赤い、『ツクリキと唱えると力が付く』の字も、それらの上部に浮いている。

(ツクリキ? 唱えると力が? 何これ……。でも、『力』が、『付く』って……これがもしかしたら原因?)

 ともあれ。あの瞬間を思い出す必要にられた。

(そんなことアタシ言った? あまりおぼえてないけど、でも、言ったんだな……それで、多分、ピブちゃんの力が、アタシに……付いたんだ)

 その時だ、ピブちゃんが、ポンッと、アタシの胸の前に現れた。急に。そして浮いた状態から着地した。

「ピブちゃん! ああ、もう会えないかと思った!」

 まずは抱き締めた。それから身を離した。

「解除というか、出てくることはちゃんとできるんだね。……どうなってるんだろうね、コレ」

「ぶひゅ」

 ピブちゃんはそう言っただけ。ギウちゃんも、

「ぎうぅ」

 と、いつもと同じように、よく解らないだけだ。

「でもどういうこと? アタシの力、二つじゃなかったの?」

 そもそも、言ったことになっている『ツクリキ』なんて、いつ言ったのか――

 思い出してみた。

『そう……よね……っ! そんなことしつつ栗金団くりきんとん饅頭まんじゅうでも食べていたいよね! 穏やかな生活ラブ!』

(あの直前は、そんなことを言った気はする。そこら辺ってことだよね……)

『――そんなことしつつ栗金団饅頭でも食べていたいよね――』

『――コトシツツクリキントンマンジュウ――』

『――ツクリキントン――』

「あ! そこかぁ!」


 納得したことを、その夜、食堂でリトナっちに会うことがあったので、彼女に言うと。

「えー、気付き難く言うダジャレチャレンジみたいだね」

たとえ独特だね」

 そう返してから笑い合った。そして詳しく話すと、リトナっちは――

「どうして三つの力があるんだろう、それは私にも解らない」

 と。

 だから思った。

(誰かにいてみないと)

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