第25話 声なき未来へ


統合ツール No.5:自己最適化プロセス 起動完了

次フェーズへの移行が可能です。続行しますか?


画面に浮かんだ文字が、静かに脈打つ。


(結人:……始めるしかない)


クリック一つで、世界が変わるわけじゃない。

でも、今の僕にとって“変わらない世界”のほうが、怖い。


僕はカーソルを「YES」の上に合わせた。

クリック。

途端にウィンドウがいくつも立ち上がり、統合処理が始まる。


ノイズのように走る文字列。

処理中のAIが互いに連携し、足りない思考を補い合っていく。

まるで、八つの心が会話をしているような――そんな感覚だった。


(結人:あと三つ……いや、もうすぐだ)


背後から、心音のノック。


「お兄ちゃん? お昼ごはんできたよー!」


(結人:もう、そんな時間か)


「うん、すぐ行く!」


モニターの進捗バーを確認し、席を立つ。


リビングに向かう途中、廊下で母さんとすれ違った。

目の下にはうっすらとクマ。最近、仕事が立て込んでるらしい。


「結人、ほんと無理しないでね。私も心音も、ちゃんと頼って」


「……ありがとう、母さん。頼るよ、ちゃんと」


たったそれだけの会話に、少しだけ心が軽くなった。



昼食は、焼きそばと野菜スープ。

心音が卵を割るのに失敗して、ちょっと焦げてるけど、ちゃんとおいしい。


「お兄ちゃんって、最近ずっとパソコンいじってるけど……ちゃんと寝てる?」


「うん、まあまあ。寝落ちが多いけどな」


「それ、寝てないって言うの!」


ぷくっと頬を膨らませる心音を見て、母さんと目を合わせて笑う。


(結人:この時間を守る。たとえ、僕がいなくなっても)


そのために、「彼」を生み出す。

僕じゃなくても、この家族を、友達を――澪を守れるように。


開発が完了すれば、AIは“心”を持つようになる。

ただの命令実行機じゃない。

問いかけに迷い、失敗を恐れ、人のように悩む。

それでも、誰かの役に立ちたいと願う。


「……人間みたいに、おせっかい焼いてくるAI、か」


自分で言いながら、少しだけ笑ってしまった。

でも、それがいい。

それが、“僕が作る意味”だ。



午後。

再びパソコンの前に座る。

進行中の統合ツールは、No.6の処理に移っていた。


No.6:共感学習エンジン、相関構造解析中……

進捗:46%


(結人:よし、もう少し……)


そのとき、スマホが震えた。

澪からの通知じゃない。見覚えのない番号。

一瞬ためらってから、通話ボタンを押す。


「……はい、結人です」


『もしもし、◯◯医療センターの○○です。

先日の検査結果について、お伝えしたいことがありまして……』


その声に、心が沈む音がした。

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