第26話 ひとりで、抱えてはいけないこと

「……わかりました。確認します。ありがとうございました」


通話を終えたスマホを、結人はそっと伏せた。

ディスプレイが裏返る音が、やけに大きく響く。


(結人:やっぱり……)


検査結果は、予想していた通りだった。

進行性神経変性疾患――MN症候群。

治療法は確立されておらず、発症すれば数年以内に機能障害が進む。


「……知ってたよ、そんなこと」


声に出した瞬間、胸の奥がズキンと痛んだ。

でも、誰にも聞かれてない。

誰にも知られてない。


だからこそ、苦しかった。



日が傾きはじめた夕暮れ。

結人は一人、自転車をゆっくりと漕いでいた。

行くあてもなく、ただ風を感じたくて。


(結人:この体が動くうちに、やれることをやるだけだ)


視界に広がるオレンジ色の街並みが、どこか懐かしい。

この道も、澪と何度も歩いた。

中学の頃、ふたりで缶ジュースを分け合ったベンチもまだ残っている。


ふと、そのベンチに見覚えのある後ろ姿が座っていた。

セミロングの黒髪。制服のリボンが風で揺れている。


「澪……?」


名前を呼ぶ前に、彼女が気づいた。


「結人……?」


「こんなとこで何してるんだよ」


「そっちこそ」


どちらともなく、ふっと笑い合う。


「今日は心音の家行こうと思ってたんだけど……結人のとこ寄るつもりだったから、ちょっとだけ待ってた」


「心音には?」


「まだ言ってないよ、秘密」


そう言って、彼女は少し寂しそうに笑った。


「なんかさ、結人って最近、遠くにいるみたいでさ。

近くにいるのに、どこかに行っちゃいそうな感じ。……そんなの、やだなって思って」


その言葉に、結人は一瞬だけ目を閉じる。


「……ごめん」


「謝らないでよ。私、結人の全部が好きなんだから」


一瞬、言葉を失う。


「それって……」


「うん。そういう意味だよ」


夕焼けが、澪の横顔を照らしていた。



帰り道、ふたりで並んで歩く。

何も言わず、何も聞かず。

ただその沈黙が、あたたかかった。


結人は思う。


(こんなにも、誰かに必要とされるのなら――

僕がいなくなっても、ちゃんと守ってあげたい)


そのために、アイを完成させる。

自分の想いごと、残すために。

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