第3話 アイドル様との出会い

 春風が心地よい四月の初め、ついに今日から俺は高校生となる。

 長いようで短かった今日までの月日を振り返ると本当に忙しい春休みだった。

 父からアイドルのマネージャーに任命され、そのアイドルの現マネージャーの日高翔陽ひだかしょうようさんから泣きつかれ、あれやこれやと丸め込まれて、俺の抵抗も虚しく、トップアイドル日高彩葉ひだかいろはのマネージャーをすることになった俺はこの春休み中にアイドルのマネージャーとはなんなんたるか、翔陽さんに徹底的に叩き込まれた。言うなれば短期集中型の新人研修だ。この新人研修期間には事務所の先輩との挨拶はあったが、当の本人である日高彩葉との顔合わせは無かった。寧ろ翔陽さんのマネージャーなのかなと勘違いするくらいに翔陽さんとベッタリだった。そんな春休みを過ごした俺だが今日の放課後にはようやく日高彩葉との顔合わせがある。


「ネクタイよし、カバンよし、髪型よし、っと」

 

 入学早々恥を晒したくはないので身だしなみのチェックは入念に行う。

 よし、完璧。

 

「行ってきます」

 

 玄関から誰も居ない部屋に向かって挨拶すると、玄関の扉を開く。門前に人影がちらつくのを確認すると、俺はいつものようにその人影に向かって声をかける。

 

「よお、とおる。今日も早いな」

「おはよ、耀よう。お前は相変わらずのんびりだな」

 

 俺の幼馴染兼親友である綿谷透わたやとおるとはご近所さんということもあり小学生の頃からずっと登校を共にしている。嬉しいことに透とは高校も一緒だったためこうして今日も登校を共にしているわけだ。

 

「それにしても耀の親父さんよく一般科に進学すること許してくれたな。あの親父さんだったら芸能科に進ませても文句言えなそうだけど。耀、顔だけは親父さんに似て良いし」

「顔だけって聞き逃さないぞ、こら。まあ実際芸能科への進学を勧められたよ。それでも俺の強い希望あってこうやって一般科に進学できたわけだけど」

 

 俺たちの入学する高校は近所のマンモス校で様々な学科がある。その中には芸能科もあったので俺の父はどうやらそこへ進学させたかったらしい。父はどうやら俺にアイドルをさせたいようだったがそうはいかんぞという強い意志で一般科への進学を勝ち取ったというわけだ。まあ、アイドルのマネージャーの件は父に負けをとったが仕方がない。その分俺は高校生活を謳歌するんだ。

 

 学校が近づくにつれて俺たちと同じ制服を着た学生が目立ち始める。校門が見えてくるとその数は一層に増え、マンモス校の賑わいが窺えた。

 

「ん?耀、あそこなんだか人だかりができてないか?」

「本当だ、まあ芸能科があることだしどうせ有名芸能人でもいるんじゃないか」


 校門と校舎を結ぶ大通りにできた人だかりに目をやる。どうせ芸能人慣れしてない新入生が芸能科の生徒を珍しがって群がっているんだろう。

 

(新学期早々気の毒にな)

 

 そう思いながらもスルーして校舎へ足を伸ばすと、その円の中心からこちらに向かって手を振りながら「ちょっと、そこの君!」と声がかかる。自分の周りを見渡してお手を振り返すような相手はいない。もしかして、俺か⁉︎

 すると今度は「ちょっとごめんね」と言いながらその円の中心が人だかりをかき分けながら出てきた。藍白の長髪に白藍の瞳、少し控えめな胸にキュッと引き締まった腰回り。何度も事務所のポスターで見た、見間違えるはずがない。

 

(日高彩葉じゃねーか⁉︎同じ学校だったのか⁉︎)

 

「ねえ、ネクタイの色を見るに君も新入生だと思うんだけど、芸能科の校舎ってどっちかわかるかな?迷っちゃって」


 どうやら目の前の相手が自分の新マネージャーだとは気付いてないらしい。ここでそんなことがバレたら余計面倒になりそうだなと思った俺は素直に道案内することにした。

 

「あー、こっからじゃ少しややこしいんっすよね。よければ案内しましょうか」

「ありがとう、助かるよ。隣にいる眼鏡の子も一緒にどうかな」

 

 眼鏡の子とは恐らく有名アイドルを目前に固まっている透のことを言っているんだと思う。日高彩葉からの一言で意識を取り戻した透は「いや、僕のことは気にしないでください!僕は先に行ってるのでっ」と答える。

 

「良いのか?お前の大好きな有名アイドルとお近づきになるチャンスだぞ」

「いやいやいや!あのキラキラオーラに俺は敵いそうにない!お前一人で行ってくれ」

 

 小声で会話する俺たちを不思議そうに見つめる日高彩葉と、そんな彼女をよそに俺の肩をガッチリ掴んで「健闘を祈る」とだけ告げて校舎に向かって透は走り去ってしまった。なんなんだ、あいつ。

 

「あいつのことはほっといて大丈夫です。じゃあ行きましょうか」

「うんっ!ありがとうっ」

 

 俺には勿体無いアイドルスマイルを浮かべる日高彩葉。

 そう、これが俺、橋本耀と日高彩葉との出会いだった。この出会いが俺の学生生活を百八十度変えてしまうだなんて、この頃の俺は知る由もない。

 

 

 ***

 

「はい、ここですよ。もう迷わないでくださいね」

「えへへ、ありがとっ」

 

 やはり地元でも有名なマンモス校だ。歩いて十数分と言ったところだろうか。芸能科の校舎までは時間がかかった。これならば芸能科と一般科が学内で交わることもなさそうだ。

 そう一安心していると日高彩葉が「あのっ」とこちらに目配せする。

 

「お名前教えてくれませんか?お世話になった方に何もなしと言うのはいけません!」

「あー、俺のことなんかはどうでもいいよ。日高さんの役に少しでも立ったなら」

「わっ!私のこと知ってくれてるんだ!えへへ、嬉しいなぁ」

 

 お前の新マネージャーだからな、という言葉をグッと飲み込み「そりゃ有名アイドルですから」とはぐらかす。

 

「あと、日高さんだなんて敬語使わなくていいよ!同級生でしょ?」

「はぁ、じゃあ敬語はなしで、日高さん」

「あー!また日高さんって言った!」

 

 ぷくぅと頬を膨らませてみせる彼女に不覚にも可愛いな、だなんて思ってしまう。

 いやいや、これはアイドルとしての仕草。俺がマネージャーだなんてしたら豹変するのがオチだろう。

 

「じゃあ、ありがとね!またどこかで!」

 

 放課後すぐに会うけどな。

 そう思いながらも手を振りながら笑顔で校舎に駆け込む彼女に俺も手を振る。

 

「さあ、俺も一般科に戻るか」

 

 そう言って俺はきた道を引き返した。

 この後、透からの質問責めにあったことは言うまでもない。

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トップアイドル様に推されすぎて困ってます! 小鳥遊まほ @takanashi_maho

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