第十四話

 なんだか眩しく感じて、紫は目を覚ました。目の前には、ピンクゴールドの髪と金色に輝く人もを持つ少女がいた。

「…私?」

思わず首を傾げる。彼女の顔と紫の顔は、全く同じだったのだ。一重であり吊り目で、金色の瞳を持つところまで全く同じ。肌の色すら、ほぼ一緒だ。少女はにっこりと笑った。

「大丈夫よ、おいで。」

その言葉に反対側に首を傾げて、ハッとする。大丈夫、という言葉に、昨日の記憶が蘇ってきた。箱から飛び起きて、周りを見渡す。金髪の女性が一人、寝かされていた。綺麗に拭かれているが、服にこびりついた血はまだ残っている。

「母様…」

予想していた結末に唇を噛み、今度は入口の方へ向かう。そこには乾いた血痕があるだけで、他には何もなかった。

「父様…?」

不安になって、外へ飛び出す。そして広がる光景に、言葉を失った。

「嘘…!」

綺麗に拭かれているが、怪我がところどころに見える村の仲間たちが、地面に寝かされていた。その中には、王国の騎士団の鎧を着た人たちが数人混じっていた。しかし、いくら見ても敵国の人は見当たらない。

「まさか…」

手で口を覆う。呼吸が浅くなり、うまく吸えない。体に力が入らなくなる。目の前が暗くなってきた時、ふとふわりといい匂いがした。

「大丈夫よ。ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて。」

声に合わせて、荒ぶる呼吸をなんとか整えていく。ぎゅっと目を瞑って、何も溢れて行かないように抑え込む。力が戻ってきた手を胸元で握ると、柔らかいものに包まれた。

「怪我をしてしまうわ。」

先ほどと同じ声に、紫はそっと顔を上げた。いつの間にか目の前には、先ほどの少女がいた。全てを慈しむような瞳を直視できなくて、空を見上げて目を瞑る。

「私は癒綺というの。あなたは、紫さん、で合っているかしら?」

名前を言い当てられたことに驚きながら頷くと、癒綺はふわりと微笑んだ。

「あなたの服の端に、紫と書いてあったの。ごめんなさいね、勝手に見て。」

紫はフルフルと首を振って、また空を見上げた。今日はどうやら、快晴のようだ。本当に嫌になる天気だ。空から目を逸らして今度は俯くと、急に重心が崩れた。慌てているうちに、温かいものに倒れ込む。

「泣くのを我慢していいのよ。涙は心を癒してくれるわ。泣けるうちにいっぱい泣いておきなさい。」

いつか、泣けなくなってしまうから。そう呟いた癒綺は、紫の背中を優しく摩り始めた。

「大丈夫、大丈夫よ。」

何度も繰り返されるその言葉に、気が緩んでしまった。この口癖は、母のものと同じだった。

「母、様…父、様…」

ポツリと二人のことを呼ぶ。しかし、その声に応えてくれる人は誰もいない。

 やがて泣き止んだ頃、癒綺は紫から離れた。真剣な瞳でじっと見つめられ、紫はたじろぐ。

「私は革命軍のリーダのだけれど、一緒に来ない?」

今まで泣いていたことも忘れて、紫は目を見開いた。さらりと言われた情報は、かなり重要なことだった。革命軍のリーダーといえば、最近狂い始めたという王が探しているのではなかったか。そういえば外で聞こえた怒鳴り声の中に、癒綺を云々というものがあったような気もする。

「…いいの?」

癒綺は頷いた。そしてそっと紫を抱きしめる。紫も、そっと癒綺を抱きしめ返した。

 癒綺と紫は、とてもよく似ていた。顔も瞳の色も、髪の長さも、声も、体格すらもほぼ同じだった。

「まさか、私用のオーダーメイドの服をなんの問題もなく着られるなんて…」

他人だし立場も違うから体格は特に全く違うはずなのに、なぜか同じという不思議な現象が起こっていた。

「ところで今後なのだけれど、予定通り護衛として、でいいのかしら?」

「…影武者に。」

紫が言ったことに、癒綺は驚いていた。確かに似ているとはいえ、さすがにそこまで考えているとは思わなかったのだ。

「でも、それは危ないわ。」

「普段は護衛、緊急時は顔を晒して盾になり、敵を一人だけ逃がしてリーダーが死んだと思い込ませます。」

悲しそうな表情で紫を見つめる癒綺を見つめ返す。これは、根比べだった。しかし、紫には勝算があった。同じ顔で見つめられることに弱いのだ、癒綺は。

「…いいわ。でも普段は危険だから、顔を晒さないで。あとでお面を届けさせるわ。」

「はい。」

癒綺なりの、紫を守るための最大限の譲歩だった。にっこりと笑ってこれ以上は受け入れないと伝えてくる癒綺に、紫は頷いた。

「いいわね、海炎。」

有無を言わさぬ声音に、海炎はため息をついて頷いた。

 側についてから、海炎と紫は仲良くなった。と言っても、紫が海炎を揶揄うのが常だが。

「…馬鹿。」

「!?誰が馬鹿だ!」

「…負け犬の遠吠え。」

「なぁにが負け犬の大声だ!」

「海炎、遠吠えよ。」

「…馬鹿。」

「ぐっ…」

海炎が言葉に詰まって今度は追いかけっこをし出す。平穏な日常が続くものではないということなど、とうの昔に分かりきっていたことだったのに。

 会議室の入り口付近で爆発があった日、事件はもう一つ起こっていた。癒綺の襲撃である。紫が癒綺の元に辿り着いた時には、すでに遅かった。襲撃者がまだ道の中にいるのを気配で感じ取って、死んだのが紫だと思わせるために声を張り上げた。

「紫!どうして…!私のふりなんかして!どうして…!死んでしまったら、意味がないのよ!」

襲撃者が去ったのを感じ取り癒綺の方を向く。全身から血を流し、立っているのもやっとの様子だった。

「どうして、呼んでくださらなかったのですか…?」

聞こえるかどうか怪しいくらいの声量で、問いかける。すると癒綺は穏やかに微笑んだ。

「うふふ…信じてたもの、最期には間に合うって。」

しん、と静かになる。紫が何も言えなかったからだ。そして癒綺は、何かを耐え忍ぶようにじっと無言だった。

「癒綺さま!紫!」

海炎がやっと到着した。癒綺が倒れ込む。パシャリと、水音がした。

「これを…」

癒綺はいつの間にか取り出していたものを、震える手で差し出した。二枚あるそれをそっと受け取って松明に照らしてみると、遺言状と書かれている。落とさないようにしっかりと握りしめ、海炎は涙ぐんだ。

「あぁ、長かった…」

癒綺が呟く。さらに続けようとしているのを見て、二人はそっと癒綺の顔に耳を寄せた。そうでもしないと、囁くような声を聞き取ることができない。

「海炎、後は頼んだわ…」

「はい…!」

「紫、あなたは強いから大丈夫…頑張って…」

「はい…!」

紫はそっと癒綺の手を握った。海炎も、その反対側の手を握る。冷たいその手は、もう手遅れであることを示していた。

「この国を、お願、い…」

かくりと、癒綺の体の力が抜けた。紫はそっと懐から黒い染粉を取り出すと、癒綺の髪にこすりつけ始めた。海炎が目を伏せている間に、自分の髪にもゴールドピンクの染粉を塗りつける。普段つけている面をとれば、完全に癒綺と同じ姿になった。海炎がマントを外し、遺体を包む。二人は地下通路を歩き始めた。どこかで水が落ちる音が、空に響いた。

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