第十三話
戦いは、永遠と言っていいほど長く続いた。一人、一人と確実に急所を狙う。しかし、あまりにも数が多すぎる。いくら体力があり、効率の良い動きをしていようとも、疲労は確実に蓄積されていく。元々、彼女の戦闘法は対多数ではないのだ。守るために習得した、どれだけ早く反応し、その元を断つかを競う暗殺術からの派生。長時間戦闘に向いておらず、短期決戦型。さらに今は、殺さずに気絶させているだけ。体力はあるし傷を負うこともないのだが、それでも疲れるものは疲れるのだ。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ」
まだ半分ほど残っている騎士たちを見てぎゅっと目を瞑る。顎から滴り落ちる汗を拳で拭い、滑る短剣を握り直す。
「ふうぅぅぅぅ」
息を整え、宇恭をキッと睨みつける。何も気づいていない宇恭は、息を切らして疲れている様子を見せる彼女に対して余裕の笑みを浮かべていた。重い甲冑を着て、倒れている仲間の体を乗り越えながらなんとか進んでくる騎士たちを見て、大きく息を吸う。
「僕は!紫だ!」
突然突拍子もないことを言い出した彼女に、全員の動きが止まる。宇恭でさえ、驚きのあまり固まっていた。
「雑魚どもを殺す趣味はない!仲間を連れて、とっとと帰れ!」
ざわめく騎士たちを睥睨して、紫は再び大きく息を吸った。
「宇恭!お前ならわかるだろう!僕が癒綺なのかどうか!」
「癒綺!ついに狂ったか!」
なんのコントをやっているのだろうか。宇恭は自身が狂っているにも関わらず、何か変なものを見るような目で彼女を見た。
「お前たちが最初に滅ぼした衣冨村の!唯一の生き残りだ!」
雷牙はハッとして、紫をじっと見た。しばらくして、目を見開く。まさか、というつぶやきが漏れる。
「あの時の将は、雷牙!お前だった!」
込められた殺気に、雷牙の身が震える。ここに、あの時の生き残り全員が集まっていた。あの、悲劇の生き残りが。
紫は、そこまで裕福ではなかったが、ただの娘だった。金髪碧眼で村一番の美人である母と、茶色の髪と瞳、浅黒い肌の父に囲まれ、黒髪のせいで忌避されながらも幸せに暮らしていた。
しかし、そんな日々にも終焉は訪れる。
その日、気がつけば箱の中にいた。外で何かを切る音、水が飛び散るような音、そして叫び声が聞こえていて、怯えて震えていた。箱の蓋を開けるためにグイグイと押せる面は押してみるが、ギシギシとなるだけでぴくりとも動かない。真っ暗闇の中、悲鳴をあげそうになる。しかし、声帯が凍り付いたかのように声が出ない。
「起きたのね、紫。」
ハッとして、声の出所を探す。やがて、頭の少し上の方に穴があるのを見つけた。手を突っ張って、ずりずりと移動する。
「母、様?」
まるで海をそのまま落とし込んだかのような瞳が、片方だけのぞいていた。それが安堵に細められる。
「静かにしていてね。」
意味がわからず首を傾げていると、またどこかで悲鳴が聞こえた。びくりと肩を揺らして、体を抱き抱える。
「大丈夫よ、紫。」
落ち着いた母の声が聞こえ、少しだけホッとする。しかし連続的に聞こえるそれに、やはり怯えはおさまらなかった。
「母様、何が起こっているの?」
母は今にも泣き出しそうな瞳で、紫を見つめた。紫は、ただ母の答えを待つ。嫌な予感に、今にも叫び出しそうになるのを堪えながら。
「大丈夫だからね、紫。」
そうじゃなくて、と言おうとした時、父の声が聞こえた気がして紫は耳を澄ました。母もわずかに緊張している。誰か、他の人の声も聞こえた。
「ここは、通さない!」
「うるさい!」
村の子供達が取っ組み合いの喧嘩をしているような、しかしそれよりも激しい音。喧嘩、なんて生やさしいものではない。むしろ、これは。
「ごめんねぇ、ごめんねぇ、紫。」
紫の思考は、そこで止まった。なぜ謝るのか、理解ができなかった。父と誰かが戦っているが、その戦いの原因が、母なのだろうか。ザシュッと何かが切られる音がすした。
「大丈夫よ。大丈夫だからね。」
何度もそう繰り返す母は、涙ぐんでいた。声は震えていて泣きそうなのに、必死に堪えているようだった。何度も、何かが切られる音がした。一際大きな音を立てた後、父の声が聞こえなくなった。
「父、様?」
「静かにしてて、紫。」
囁くような声に、思わず黙る。うまく呼吸ができない。何が起こったのか詳細に知ることはできないが、それでもなんとなくはわかった。父は、おそらく。
ドスッ
鈍い音がした。かなり、近かったように思う。何度も、何度も連続して聞こえた。
「大丈夫っ大丈夫だからっね。」
母が何度も、息を詰まらせながら囁く。外で何が起こっているのか、完全に理解した。どこかで、誰かがユキと叫んでいる。
「私がっ守るからっ大丈夫、絶対っ大丈夫だっからね…」
一際大きな音がした。それを境に、母の声は聞こえなくなった。唯一見えていた瞳も、いつものようにキラキラと輝いてはいない。
次の瞬間から、記憶はない。
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