第十二話

 ピンクゴールドの髪と、王族の証である金色に輝く瞳を持つ癒綺は、母親に似てとても美しかった。一重で吊り目であるが故に少しきつい性格のように見えてしまうが、一言二言交わすうちに、すぐに優しい人であるとわかる、そんな少女だった。そして燃え上がるような真っ赤な髪と瞳を持つ少年が、従騎士として側に付き従っていた。

「お父様!お花の冠です!海炎と一緒に作ったんです!」

歩いている途中に不恰好な花冠を手渡された宇恭は、一瞬目を見開いてからしゃがみ込んだ。護衛の騎士たちが慌てて、マントが汚れないように持ち上げる。

「そうかそうか、かわいいなぁ。癒綺によく似合いそうだ。」

癒綺はぷっくりと頬を膨らませて、首を振った。そして手を伸ばして、宇恭の頭の上に花冠を乗せる。

「いつもお仕事を頑張っている、お父様にご褒美です!」

目をパチクリさせた宇恭は、公務中からは考えられないほど緩み切った笑顔を浮かべて癒綺を持ち上げた。

「ハハハハッそうかご褒美か!」

くるくると回る。癒綺が目を回してしまう前に降ろし、宇恭はにっこりと微笑んだ。そして、頭を撫でて少し寂しそうな顔をする。

「残念だが、お父様はもうお仕事に行かなければならない。あとでたくさん遊ぼう。できるだけ早く戻ってくるから、待っててくれよ!海炎、頼んだ。」

久しぶりに遊べると知った癒綺は、それは美しい笑みを浮かべて首が取れてしまいそうなほど激しく頷き、海炎は姿勢を正していい返事をした。

「はい!約束ですよ!」

「はい!わかりました!」

花冠を被ったまま会議に出てその場の空気を緩ませた宇恭は、家族を愛し、大切にする良い男だった。

 狂ってしまう前までは。

 ある日突然、宇恭は変わった。癒綺が十歳になってからだ。金色の瞳と髪を持ち、目鼻立ちの整った王子、耀真が、生まれてから。

「お父様!花冠、今日も作りましょう?」

無邪気に微笑んでいつも通り父に甘えようとする癒綺を、彼は冷たく見下ろした。びくりと震えた彼女を無視して、そのまま歩き去る。

「お父様!待ってください、お父様!」

追いかけて何度も呼ばわると、宇恭はやっと足を止めた。ギロリと睨みつけ、怒鳴りつける。

「うるさい!邪魔だ!」

ひゅっと息を呑んだ癒綺に構わず、宇恭はさらに罵倒する。海炎は、咄嗟に癒綺の前に出た。

「先ほどから何だ!子供の分際で、邪魔をするな!」

「お、おとう…」

「うるさい!」

「ふ、ふ、ふええええぇぇぇん!」

泣き始めた癒綺を見捨てて、宇恭はスタスタとどこかに歩き去ってしまった。慌てて、側に仕えていた海炎が宥めようとする。しかし父親に拒絶された事実は、ひどく彼女を傷つけた。今思えば、これが全ての始まりだった。

 やがて癒綺が宇恭に関わろうとすることもなくなり、耀真と共に散歩をし始めたころ、宇恭は再び現れた。

「お父様!」

自分の方に向けられた視線に、もしかしたらと希望を込めて呼びかける。しかし宇恭は、彼女を無視して耀真を睨みつけた。

「お前は、何だ。」

低くしゃがれた声に、二人は怯えた。耀真は見慣れない男に急に話しかけられたために癒綺のドレスにしがみつき、癒綺はそんな耀真を少しでも安心させようと頭を抱く。海炎は二人を守ることができるように、そっと距離を詰めた。

「わ、私の弟です!」

宇恭は眉を顰めた。聞こえなかったのだろうか、と癒綺がもう一度口を開こうとすると、宇恭は腰にさげていた大きな剣を抜いた。ブラン、と右手に下げ、耀真の腕を強く掴んで癒綺から引きずり離す。まだ従騎士である海炎は、王には逆らえず動けなかった。

「耀真!」

「うわあぁぁん!」

「王!おやめください!」

耀真は火がついたように泣き始めた。宇恭は顔を顰めて、怯えて動けない癒綺の代わりに耀真を助けようとする海炎の目の前で、逃げようとする耀真に向かって剣を振り翳した。鋭い刃が、太陽に照らされてギラリと光る。

「やめてえぇぇ!」

「王!」

ザシュッ ボトッ ゴロゴロゴロ

顔に、生暖かい液体が張り付いた。耀真の頭が、なぜか地面に落ちている。宇恭が剣を振って血を払った。ゆっくりと広がる真っ赤なモノが、それがどこから出てきているのか、うまく理解できなかった。ただ、理解できたのは。

「耀真ー!」

もう二度と、耀真と話すことができない、と言うことだった。騒ぎを聞きつけて、メイドや騎士たちが集まってくる。真っ赤に染まった宇恭の服と、海炎に縋り付いて泣き叫ぶ癒綺を見て、騎士たちは全てを察した。

 次の日、癒綺と海炎は城から消えていた。いくつもの噂が流れた。王が殺したのではないか、耀真が死んでしまったために後を追いかけたのではないか、海炎と共に心中したのではないか、と。

 そして二年後、革命軍が誕生した。そのリーダーは、ピンクゴールドの髪と金色に輝く瞳を持つ女性で、その補佐は燃え上がるような髪を持った男だという。そのことを頬もこけて瞳が落ち窪み、十年ほど老けたように見える宇恭が知った時は、酷かった。

「ピンクゴールドの髪に、金色の瞳!?燃えるような赤髪だと!?」

宇恭は、落ち窪んでなおギラギラと輝く瞳をさらにぎらつかせた。苛立ちのまま、報告してきた騎士を切り捨て、ダンっと強く机を殴る。机の上にあった書類の山が一瞬宙に浮き、数枚がパラパラと床に落ちていった。机の上に置いてあったインクがこぼれて机を汚す。

「今すぐ…今すぐに、そいつを殺せ!」

戸惑う騎士たちを傍目に、宇恭は怒り狂っていた。

 すぐに追っ手が出された。とある村を滅ぼしたという報告の後、その部隊は壊滅した。それからすぐのことだった、革命軍のリーダーに、黒髪で狐面をつけている子供が護衛として付き従うようになったのは。王が革命軍を潰すようにと騎士団に命じたのも、その頃だった。

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