作業工程6 向ヶ丘2型駆除作業(秋村翔吉)

第40話 ほっといてくださいっス…


調布市 多摩区民仮設キャンプ



 悲壮な気持ちで多摩区を離れた秋村家の二人と区民達だったが、

この時代を何十年と生き延びてきた人間は例外なくタフだ。

あっという間に避難所での優雅な生活に飽きつつあった。


 かと言って遊び歩く気分にもなれず、仮設住宅に引きこもって

ぼんやりとテレビを眺め、怠惰に過ごしていたその時だった。


「ワイドショーつまんねえな~……って!おい多摩区映ってるよ」

「『独占スクープ!飛行カメラによる撮影』だってさ」


 仮設住宅の中で寝転んでテレビを観ていた郁実と長十郎は

映像の片隅に見えた『ある物』を見逃さなかった。

がばりと起き出し、液晶画面を食い入るように見つめる。


「おじいちゃん!あれ!見た?!」

「見たよ!ったくあいつらはよ!」


 飛行カメラが映したのは枡形山付近の映像。

その片隅に黒・金・銀のライドポリッシャーが小さく、

しかし確かに映り込んでいた。



「全然電話に出ないと思ったら……バカ!!」



 

***


──『清掃上等』


そうだ。秋村翔吉の仕事部屋で見たのだ。


「じゃあ、あのまゆの中にいんのは多摩区の特スイ・秋村翔吉だってのか」

「ああ。間違いない」

「清掃力を動力とするライドポリッシャーの機動、そして生体反応……

間違いない。彼は生きているね」

「しかし秋村が消息不明になったのは一年前だろ。有り得ねえ話だ」

「いや…我々の持つ清掃力、そしてデブルスの生態についても未だに謎が多い。

この白デブルスについてもね…有り得ないことなど無いのだよ」

「とにかく、中からショーちんを助け出さないと」

「うーん……でもこのマユ、硬くてビクともしないよ」


 アキラは恐れ知らずにも、翔吉を取り込む繭を押したり引いたりしている。

浄・鐵也・響司もそれにならったが、同じ結果だった。


「中に人間がいるんじゃ清掃用具を使う訳にもいかねェし……」

「郁実ちゃんに早く知らせてあげたいよ」

「喜ぶだろうね」


ウィィィィィ!!!!


 ライドポリッシャーが再び唸りを上げた。

4人は顔を見合わせた。


「……郁実ちゃんの名前に反応したよな」

「たぶんな」

「推測に過ぎないが、あのまゆは内側からなら割れるかもしれないね」

「え~どうして?」

「風属性の作業装甲を纏う際にも、繭に似た清掃力の結晶が現れる。

あれは実は外側は堅く、内部は脆い構造になっているんだよ。

鳥類の卵と同じにね」

「じゃあ中の人を起こせばいいんだ!」


響司と鐵也は繭に向かって声を張り上げた。


「秋村翔吉くん!目を覚ましたまえ!ご家族が

キミの帰りを待っているぞ!」

「多摩区がえらい事になってンだぞ!起きろ!」


二人の声がけからややあって、繭の中から弱弱しい声で応答があった。

半ば寝ぼけているようにも聞こえる。


『……ほっといてくださいっス……』

「あァ?!」


鐵也の怒号が飛ぶ。


『オレはダメなやつっス……ほっといてくださいっス……』


「蹴っ飛ばしていいか?こいつ」

「落ち着きたまえ。正気の発言ではない可能性が高い」

「ああ。なんか夢うつつって感じだね」

「どうしよう?」


浄が何事か思いついた。


「よし。俺に考えがある」

「あ?なんだよ」

「三人とも、ちょっと内線に切り替えてくれ。作戦タイムだ」


そう言うと浄は頭部装甲の顔面を閉じた。

鐵也・響司・アキラもそれにならった。



*****




 頭部装甲の集音装置越しに、話し声が翔吉の耳に届く。

繭の中の翔吉はボンヤリと夢見心地でそれを聞いていた。


「げっへっへ!多摩区のやつらもチョロいぜ。

インチキ清掃と知らずにコロッと騙されやがってよう」

「いいカモを教えてくれたナマダの社長に感謝しかねぇな~!グヘヘ!」


 耳を疑うような言葉が続いた。さっき声をかけてきた男たちは

悪徳清掃会社・ナマダ清掃の手下だった?!

翔吉の意識が一気に浮上した。


「カモといやぁ、秋村とかいう梨園の女!

二十三区にも滅多にいねえ、グンバツにいい女じゃあねえか」

「おう。あんなマブいスケがこんな僻地にいるとはよう。

まったくツイてるぜぇフヒヒ」

「あのアマ、ツンツンしちゃあいるが実は相当な好きモノだぜグヘヘ。

今夜あたり頂いちまうか」

「俺も混ぜろよぉゲッヘッヘ!おい、おめえも来るよな?」

「あ、あ~……行けたら行くわ……」


内線で浄から鐵也に容赦のない怒号が飛ぶ。


<バカテツ真面目にやれよッ!!>

<そうだよ金城くん!!遊びではないんだよ?!>

<す、すいません……>

<私の演技はどうかね。まだ上品すぎるかな>

<いえ最高です!エクセレント!アカデミー賞間違いなし!>

<ねえ~まだ終わらないの?>

<ごめんなアキラくん。もう少しだけ我慢して>

<そうそう、通信を切って耳を塞いであっちを向いていなさい>

<…聞くなよ。教育上よくねえからな……>


 そう。この茶番は翔吉をマユからおびき出すための芝居なのだ。

普通ならこんな見え見えの小芝居に引っ掛かるバカがいるだろうか

という話なのだが、幸い翔吉はとても純朴な男だった。


(こ、こいつら……!!)


「あのイクミって女、ちょっと前までショーちんショーちん言ってたくせによう。

今じゃ『抱いて』と言わんばかりじゃあねえかウヘヘ」

「さっさと梨と一緒に食っちまおうぜグヒヒ」


 ……ブチッ!!

度重なる低俗な会話に、ついに翔吉の堪忍袋の緒が切れた!!



ゴゴゴゴゴゴゴゴ……



 ライドポリッシャーのエンジン音とは異なる重低音…

それは激情による清掃力の高まりを告げるものだった。



バチバチバチッ!!!!バァァァァァァン!!!!



 白い繭から白銀の稲妻が凄まじい勢いで躍り出た!!

稲妻は長い裾をはためかせた白い異形の姿を取る。

その作業装甲の形状から、彼が『風』の特務清掃員だと分かった。

白銀の特務清掃員は猛然と浄に襲い掛かった!!


「テメェえええええ!!!!よくも…よくも郁実いっちゃんをおおおおおお!!!!殺してやる!!殺してやる!!殺してやるうううう!!!!」


 怒りの化身と化した翔吉は、浄に馬乗りになり全身の力を込めて首を絞め

岩が剥き出しの地面に浄の後頭部をガンガン叩きつけた。


「この野郎!!この野郎!!

地獄でいっちゃんに侘び続けろおおおおおお!!!!」

「ぐええ落ち着いてショーちん!!」

「説明させてくれたまえショーちん!!」

「そんなヤツでも殺したらムショ入りだぞショーちん!!」

「キミも特務清掃員なら冷静になりたまえショーちん!!」


翔吉は止めにかかる鐵也と響司を、力いっぱい払いのけて言った。


「ハァハァ……な、なんなんスかアンタら!!ショーちんショーちんって!!

初対面の人にニックネームで呼ばれるスジアイないんスよ!!」

「そ、それもそうだな。すまねェ……」

「ヤンキーは無駄なところで礼儀に厳しいね」



 ことの経緯を響司と鐵也は翔吉に説明した。

翔吉はもともと温厚な性格であるためか、しだいに冷静さを取り戻す。


「しばい……じゃあみんなウソなんスか?」

「おう。だからって不愉快なこと聞かせて悪かった」

「郁実さんにも我々は指一本ふれていないよ。そこの男もね」


 浄は翔吉に縊り殺されそうになったダメージで、まだ咳き込んでいる。

作業装甲がなければ首の骨をへし折られていただろう。


「し、死ぬかと思ったぁ……」

「自業自得なんだよアホ」

「ねぇ~もういい?もう終わった?」

「ああ、もういいよアキラくん」



***



 それから一行は翔吉に多摩区や秋村家の現状などを、

さらに詳しく話して聞かせた。

自分が行方不明扱いで、しかも一年が経つことに

当然ながら翔吉は愕然としていた。


「い、今多摩区はそんなことに……?!」

「ああ。そして多摩区はあと二日以内にデブルス核を駆除しなければ

 焼野原になってしまうんだ」

「えっ!そうなの?!」

アキラが驚いて声を上げる。


「アキラくんがやるんだよ?」

「とにかく、それをなんとかしようってんで俺達ァここにいるんだ」

「そ、そうだったんスね…オレ、先輩方に失礼な真似しちまって…

本当にすみません!!」


土下座せんばかりの翔吉を三人は慌てて制止する。


「ところでショーちん、体はなんともないのか?」


散々な目に遭った浄はすでにケロッとしている。頑丈な男なのだ。


「だ、大丈夫っス!!」

「ホントに?無理してない?」

「ンな訳ねェだろ。一年間飲まず食わずで昏睡してたのによ」

「この白デブルスがキミを守ったのか。

それとも白デブルスを発生させたのがキミなのか…?」

「すいません…オレにも全然わからないんス……。あ!!向ヶ丘2型は?!」

「ここから近いのか?」

「ええと、オレ向ヶ丘2型をブッ壊そうとして、失敗したんス。色々動揺して……」

「動揺?」

「……はい……その、」


ゴゴゴゴゴゴ!!!!


何度目かの強い地鳴りがダンジョンを揺るがした。


「噂をすれば、だな」


 五人の特務清掃員は、それぞれの清掃用具を構えた。

翔吉は絞り出すような声で言った。


「オレが見た向ヶ丘2型は…もうすでに2型の規模じゃあなかったっス」

「一年前からか?」

「はい……あいつは、向ヶ丘2型はただのデブルス核じゃあない。

もっと別の、とんでもない化け物っス!」


 寒気とも嫌悪感ともつかぬ不吉な空気が空洞に流れ込んできた。

白く輝いていた白デブルスの結晶が、奥底からにじり寄る瘴気に触れる端から

どす黒く染まってゆく。

ダンジョンの奥底から這い寄る禍々しい気配と悪臭。

特務清掃員たちは一斉に頭部装甲を閉じた。


「おいでなすったか」

「みたいだね」



ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!!



 縦揺れの振動が立て続けに襲う。

ほどなくガラガラと空洞のいたるところが崩れ始めた!!



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