第20話 必殺!!洗浄!!



 錫杖に似た形状に変じた電磁モップが地面に突き立てられた。

光の波が駆け抜け地面に黄金色の結晶が敷き詰められる。


 ドロドロの汚泥デブルスは結晶によって地面から引き離された。

清掃力の晶洞と化した広場はデブルスからしたら焼けた鉄板の上だ。

白い光の粒子とドス黒い飛沫を撒き散らし

汚泥デブルスはのたうち回った。

 

 通常のデブルス清掃ならここで終わっていただろう…

しかし赤紫の怪しい光が汚泥の中に無数に光った。

砂利状のデブルス核だ!

小粒ながらおびただしい数のデブルス核が混ぜ込まれていたのだ!

汚泥は見る見るおぞましい怪物の姿に変貌してゆく。

その姿は群生するホヤによく似ていた。


 それらは『母の像』に取り着き、

その奇妙で優美な姿をただただ醜く変貌させた。


「…小賢しい真似をよ…」

「さすがに特務清掃員二人が相手だって事は、計算してたみたいだね」


ズズン…ッ!

 デブルスに汚染されたモニュメントが生命を得たように動き出す。

遠く米国の『自由の女神像』がデブルスに浸蝕され、

マンハッタン島を火の海にした事件と同じ現象だ!


「デブルス核は中二十五個、小四十個ってとこか」

「一気にカタをつけねェと、あのデカブツに美術館をブッ壊されちまう」

「……鐵ちゃん。頼みがあるんだ」

「あァ?」


 浄と鐵也はデブルス獣が吐き出す瘴気と毒液を躱しつつ会話を続ける。

その内容は特務清掃員同士の機密通信チャンネルで行われるため、

我々には聞こえない。


「……正気か?」

「ああ。頼む、鐵ちゃん」

「ヘドロデブルスの弱点は海水だったな。水属性のお前なら余裕だろ」

「確かにね…でも海水に含まれる塩分はこの緑地の植物を枯らしてしまう。

今は清掃力と洗剤が漏れないよう養生マスキングしているヒマはない。

…鐵ちゃんも見ただろ?」

「……」

「この緑地も…多摩区も、まだ生きてるんだ」


 鐵也の脳裏に浮かんだのは、潔闘前に見た生田緑地の樹々であり、

川崎区に生きるデブルス孤児達の顔であり、

先日自分に向かって頭を下げた郁実の姿だった。

浄が何を思うのかは、賢明な読者諸氏には言うまでもあるまい。


「……チッ!分かったよ!」


 鐵也は鋭く舌打ちする。そしてなんと、その場から撤退した!!

鐵也の姿が見えなくなるのを確認し、浄は電磁モップを鋭く構えて

複雑な儀式的動作で振るう。

青白く長く光る紙幣とよく似た姿に変じた穂先は

∞(無限大)の形に光の尾を引いた。


「……『瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の』……」


 浄は淡々と音声コードを口にする。

それに従い広場に巨大な光の円形が浮かぶ。

直径二十メートルはあろうか。


「『われても末に』……『逢はむとぞ思う』!」

『  動作コード・音声コード確認 』


マメ公のカメラアイが強く発光する。


『 B級特務清掃員 最大レベル広範囲洗浄 使用申請 承認 』


 電磁モップの柄尻が地面を叩く!地面に清掃力の波紋が幾重にも広がる!

地に現れた巨大な茅の輪……

それは大きな円を小さな八つの円が取り囲む文様『九曜紋』に酷似していた。

九つの円はリボルバー式拳銃の弾倉の如き回転を始める。

凄まじい勢いで清掃力の蒼き激流が天に向かい迸る!

 

 それは大気圏を貫かんばかりの勢いで地上から噴き上がり、

モニュメントにびっしりと張り付いたデブルス獣の群生を剥ぎ取った!


 ベリベリと剥がれたドス黒いデブルスは水流に天空高く吹き上げられ、

その表皮を削られながらも、無数のデブルス核を怪しい赤紫に光らせていた。

まだそのおぞましい生命活動を止めてはいない!


 その時、シン岡本太郎美術館の屋上から

黄金に輝く光が上空に凄まじい速度で跳んだ。

宵の明星めいた強い輝きの星の周囲に、無数の星々が群れをなして輝く。

星々のひとつひとつは鈎爪と錐を合わせた形状…

密教法具『独鈷杵とっこしょ』のそれに酷似していた。

一番星の輝きを放つ装甲を纏った人影は上空で一回転し、跳び蹴りの体勢を取る!


「必殺!!洗浄!!」


 網膜を焼く灼熱の眩い光の群れが地上に、

清流に噴き上げられたデブルス核の群れに降り注ぐ!!



「ダイヤモンドぉ!!クレンザああああああああああ!!!!」



 鐵也が叫ぶこの名称も国内メーカーの開発した対デブルス洗剤の名称である。

A級特務清掃員の渾身の清掃力、そして言霊の力で

それは通常の百倍の洗浄力を発揮する。

 ひときわ大きなデブルス核を鐵也の急転直下の飛び蹴りが粉砕し、

他のデブルス核も星々の群れに砕かれてゆく!


ズシャアッ!!

 重い音を立て、鐵也は危なげなく着地した。

デブルス核破壊と同時に巻き起こる謎のエネルギー嵐

『オーバードライブ』」が広場に巻き起こり、それは天にそそり立つ

バベルの塔のごとき竜巻となって吹き荒れ、

荒れ狂い……

やがて消えた。



 汚れたデブルス雲にぽかりと開いた

直径百メートルほどの大穴に、白い光の粒子が吸い込まれてゆく。

大穴の向こうには抜けるような青空が顔を覗かせていた。

昼前の太陽があたたかな光を投げかけ、

さながらこの地に神の祝福がもたらされているかのようだった。

 

 ざあっ

柔らかな雨が生田緑地に降り注ぐ。浄の最大出力広範囲洗浄の名残りである。

降り注ぐのは真水に限りなく近い清掃力の結晶だ。

それは生田緑地に生き残る動植物たちの恵みの雨となった。



「おねえちゃん、おじいちゃん!見てあれ!」

「てっちゃんだよ!てっちゃんが勝ったんだ!」


 その様はS級清掃員・白鳥響司の誘導によって

登戸駅周辺まで避難していた数世帯の近隣住人、清掃庁職員達、そして川崎区のデブルス孤児達と身を寄せ合う秋村家の二人にもはっきりと見えていた。


「飛行カメラからの映像!来ました!」


 興奮気味に清掃庁職員が叫ぶ。

画面の向こうには、元通りの姿に美しく輝く美術館と母の像…

そしてその足元に立つ二人の特務清掃員の姿があった。

 

 黄金と黒の作業装甲…

鐵也は「やれやれ」といった風情で肩を回している。

背の高い蒼と黒の作業装甲…

浄は旋回する飛行カメラに気づくと投げキッスをした。

清掃庁女性職員達から黄色い歓声が飛ぶ。


「ったく、浄さんはよぉ……」

「よかったぁ……」


 歓声を上げ喜んで飛び跳ねる4人の孤児たちの隣で、

郁実と長十郎はへなへなと地面に座り込んだ。

飛行カメラ映像の向こうで二体のカワイイAIが電子音声を響かせる。

 

 『 清掃完了 !! 』

 『 清掃完了 だワン!! 』




***



 一方。煤けた白のワゴン車がひび割れた道路を走る。

乗員はいかにもガラの悪そうな中年男性が二名。

二人ともかなりの年期ものらしい薄汚い作業服を着こんでいる。

胸元の『ナマダ清掃』のミシン刺繍は、ボロボロにほつれていた。


「なんだ?空が……」

「知るか!とにかく俺たちゃ言われたもんを言われた場所に仕掛けた!

後の事なんか知るかよ!」

「それもそーだな。…金、まだ振り込まれてねえけど」

「あ?」


 行く手を物々しいバリケードと装甲車両が阻む。

検問だ。自衛隊員と特殊車両が陣取っている。


「止まって止まって~!」

「……橋渡りたいんだけど」

「すいませんね。通行止めです」

「は?そんなのニュースじゃ…」


窓を開けると自衛隊員の後ろから、ダークグレーの影が歩み出る。


「悪徳清掃会社に流すニュースは無いんでね……!」


 ダークグレーのスーツに身を包んだ男は

その痩身に見合わぬ剛腕で運転席の中年男を窓から引きずり出し、

機械めいた体捌きで男を地に叩き伏せた。

漆黒の手帳を眼下の悪徳清掃員に示す。

そこに輝く庁章は…


「せ、清掃庁…てめェ清掃庁公安か!」

「潔闘妨害及び殺人未遂の容疑で逮捕する。

……連行しろ」


 犯人達は音もなく現れた

同じくダークグレーの集団に護送車に押し込まれ、

どこぞへと連れ去られて行った。


「……ご協力ありがとうございました」

「いえ、任務ですので」


深々とした礼に、陸自防疫隊員達は折り目正しい敬礼で返した。


痩身の男は陸自隊員達から離れ、携帯を操作する。


「完了しました」

『ご苦労。すぐ戻ってくれ』

「了解」


 捜査官は、やはり淡々と通話を切った。

日本政府直属・対デブルス清掃機関・清掃庁。

日夜デブルスと戦う清掃員達の作業を妨げる悪徳清掃会社を始めとする

反社会組織、デブルスを悪用し世の安寧秩序を乱す犯罪者…

いわゆる『人間のゴミ』を清掃する、影のプロフェッショナル。

それが清掃庁公安部捜査官だ。


 濁った空に開いた大穴から澄んだ青空が顔を見せている。

水道橋の上では若い自衛隊員たちが

青空をバックに記念写真を撮ろうと騒ぎ、分隊長に叱られていた。


捜査官の死神めいた陰鬱な面持ちも、この時ばかりは僅かながら和らいだ。






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