第21話 だからテメーが嫌いなんだ、俺ァ
「は~…さすがに最大出力は疲れたぁ」
飛び去る飛行カメラを見送り、浄は装着していた作業装甲を解除する。
鐵也もそれにならう。装甲は輝くナノ粒子に変じて消えた。
正しくは清掃庁の清掃用具整備課に返却されたのであるが。
「やっぱ長く着るもんじゃないね。肩こっちゃった」
のん気に伸びをする浄を鐵也は睨みつけ、低い声で咎める。
「無茶な真似しやがって」
「何が?」
「俺が必殺洗浄をしくじったら、テメーは放り投げたデブ公と
自分の清掃力に圧し潰されてたんだぞ」
「しくじらないさ」
「なんでそう言える」
浄はけろりと応える。
「君が俺の知ってる金城鐵也ならね」
「……ふん」
憮然としてみせる鐵也だが、満更でもない気持ちがどこか隠し切れていない。
改めて鐵也は圧縮デブルスの消えた広場を見た。
先ほどまでヘドロデブルスで溢れていたとは信じられないほど、
清浄な空気で満ちていた。
「俺らは最悪殺されるとこだったって訳か」
「ああ。『向ヶ丘2型』の駆除を成功されたらマズいって奴らがいるのさ」
「で、悪徳清掃会社のバックについてンのも同じだってのか」
「そのとおり。まあなんにせよナマダの件で動いてた公安が、
この潔闘にも妨害があると踏んで張り付いてくれてたはずだ。
犯人捜しとかはそっちに任せよう。『餅は餅屋』だ」
「テメー……まさか俺を巻き込んだのは」
ジト目で睨む鐵也に浄はかまわず飄々としている。
「いやいや。まあ何か仕掛けて来るだろうとは思ってたよ?
でもここまで派手にやられたのは、さすがに予想外さ」
舌打ちの後、鐵也は心底忌々しげに吐き捨てた。
「だからテメーが嫌いなんだ俺ァ…」
「本当は好きなくせに」
「嫌いだッつってんだろッ!!」
「まあまあ、これ見て機嫌直してよ」
浄が右手の人差し指を振ると、マメ公のカメラアイがチカリと光った。
次にシバタローのカメラアイが同じく光り、
チャリーン♪と小気味よい電子音を響かせる。
『入金 だワン!』
「あ?」
鐵也は特スイブレスから自らの銀行口座を手元に小さく投影させ、
険しく眉を寄せた。
「……なんだこの金」
「秋村さんから鐵ちゃんを雇うために預かってたお金。
それと俺の貯金。まあ着手金だと思って」
「全ッ然足りねェんだけどよ……」
「足りない分は、この件の後で俺が働いて返すよ。
特務清掃員を一人タダでこき使えるんだぜ?
大きな仕事をいくつも請けられるしさ、悪い話じゃないと思うんだけど」
「……はァ」
鐵也は溜め息とも返事ともつかぬ応えを返した後、気怠げに問うた。
「なんでそこまでする?」
琥珀色の眼光が浄を射る。浄はそれを怯まず受け止めた。
「生まれ故郷でもない、縁もゆかりもない土地のためなんかによ」
「郁実ちゃん」
「ん?」
「カワイイだろ?」
「ふざけんな」
「ふざけてないよ。…死んだ特スイは彼女の従兄弟で恋人だった」
「……」
「どうにかしてあげたかったけど…俺じゃハンカチ代わりになるのがせいぜいでね」
「ハハッ!フラれたのかよ!」
「そ、そんなにはっきり言わないで…」
あからさまに愉快そうな鐵也に、傷口を抉られた浄は心底しょげ返った。
「まあ俺がただの流しのギター弾きなら、ここまでしないさ。
でも俺は特務清掃員だから」
「……」
「なりゆきとはいえ、関わっちゃったからね。
出来る限りのことはしたいんだ」
「……ふん」
「っていうのが一番もっともらしい理由だけど…」
「あ?」
鐵也の納得し切っていない空気を察してか、浄は言葉を続けた。
本心を隠して抱き込めるほど簡単な男ではないのだ、この金城鐵也という男は。
たとえ根拠のない世迷言にしか聞こえなかったとしても、言葉を尽くさなくては。
「なんか放っておいちゃいけない気がするんだ。この件は」
「……清掃員第六感てヤツか」
「ああ。何の裏が取れてる訳でもない。
説明できるほど明確に言葉にできる訳ない…でも」
「……」
「嫌な予感がする。どうにかしなければならないのは分かるのに、
俺一人の力じゃ足りない」
蒼く真摯な双眸が鐵也に向けられる。
「だから君に協力して欲しい。
頼む。力を貸してくれ、鐵ちゃん」
「……」
浄は鐵也に頭を下げた。
その様をしばらく見つめた後、鐵也は深いため息をついた。
「……わぁったよ。やってやる」
「いいのか?」
浄は喜色を隠さず頭を上げる。鐵也は再び小さくため息をついた。
「『危機管理とは極まれば未来予知である』
清掃大学でウンザリするほど聞いた言葉だ」
「そうだっけ?よく覚えてるね」
「主席が忘れてんじゃねえよ!
…それに、嫌な予感ってのは大体当たる。事にテメーのはな」
「…ありがとう!助かるよ」
「それにしたってよォ…
それなら最初からそうやって素直に頭下げりゃいいだろうが!
なんか俺が面倒くさい奴みたいじゃねェか!」
至極もっともな鐵也の主張に、浄はいつもの調子でへらへら応える。
「え~?だって卒業以来四年ぶりの再会だよ?つまんないだろ、
平和にお話ししてOKしてハイ終わりなんて。…それに」
言葉を継ぐと浄は鐵也を真っ直ぐに見た。
「もう忘れちゃった?」
「あァ?」
「卒業前に最後の勝負をしようって約束したのにさ。
いろいろあって流れちゃっただろ」
鐵也は眉間に深く皺を寄せた後、苛立たしげに目を逸らした。
「……憶えてたのかよ、テメェこそ」
「当然でしょ?今さらだけど、そのお詫びの意味もあったわけ」
「……」
「ずっと気掛かりだったんだよね~約束果たせなかったの。
…卒業後の俺があるのは、鐵ちゃんのお陰なのにさ」
──なぁんて!
浄は少し神妙な声音で告げた後、笑みをカラリとしたものに変えた。
鐵也は言葉に詰まった。
全身を覆う鋼鉄の鎧は矢も刃も防ぐが、降りしきる雨粒は防げない。
そんな心地がしたからだ。
……昔からそうだ。
目の前の男…皆神浄と関わると、何度もこんな思いをする羽目になる。
少し黙ったあと、鐵也は吐き捨てるように言った。
「……だからテメーが嫌いなんだ、俺ァ…」
「素直じゃないんだから~本当は好きなくせにぃ」
「嫌い!!だッ!!つってんだろッ!!」
皆神浄と金城鐵也…
デブルス清掃員養成国公立機関・日本清掃大学の元同級生にして、
同期の特務清掃員。賢明な読者諸氏はすでにお察しのとおり、
この二人の間にはまあまあ色々あったのだが…
それを語る機会は次に譲るとしよう。
「浄さん!大丈夫?!」
「てっちゃん!てっちゃーん!!」
秋村家の二人、デブルス孤児たちの声が響く。
避難先から清掃庁の車で戻って来たのだ。
彼・彼女らは各々の愛すべき清掃員たちの元に駆け寄った。
その様を実況の清掃庁職員と白鳥響司は離れた場所で見守っていた。
「清掃五原則の最後ですが…」
「あっ!そういえば!!」
「『⑤
特務清掃員が作業したことで、この美術館には清掃力によって
コーティングが施されています。再びデブルスに汚染されても
以前よりその速度と深度は落ちるでしょう」
「そうなのですね…では隕石さえ駆除できれば、この緑地も美術館も」
「ええ。自然と親しみ芸術を楽しむ多摩区民の憩いの場という、
本来の姿を取り戻すでしょう」
いくらか瑞々しさを取り戻した森から、
本来の羽色に戻った野鳥の群れが飛び立つ。
ヘドロデブルスに取り憑かれた影響で展示位置が若干変わったものの、
それ以外は元通りの姿で輝く奇妙で優美なモニュメント『母の像』。
その前で互いの無事を喜び合う特務清掃員と仲間達。
デブルス清掃を終えた美術館を見て昔を懐かしむ近隣住民たちの姿。
「まぁ~すっかりキレイになって」
「うちの子が小さい時はよく連れて行ったよ」
「このカフェでよくお茶したわぁ」
「この壁の顔!久々に見たぜぇ~懐かしいなぁ!」
汚染雲に穿たれた大穴から覗く青空。
それも今夜のデブルス嵐によって塞がれ、明日には消えてしまうのだろう。
しかし多摩区にはそんな束の間の希望すら見出せない時が長く続いたのだ。
緑地に集う人々が喜び合うのは、今この時だけに対してではない。
かつての美しかった緑地の姿を…
そして未来への希望を思い出したからなのだ。
A級特務清掃員・金城鐵也が仲間に加わった!
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