第19話 このバカたれども…!!
エントランス・バックヤード・回廊・ホールという
四区画全てのデブルス清掃が完了した。
残るは美術館の顔ともいうべき巨大モニュメント
『母の像』の清掃を残すのみとなった。
浄・鐵也は左右別ルートから中央に位置するゴールを目指す。
互いの位置情報はカワイイAIと特スイ装甲の通信機能が随時報告するが
特務清掃員同士はすでにそういった機器を見てはいない。
それらが告げるよりも速く正確に互いの作業スピードや
工程が手に取るように分かる。
すべては清掃力…
そしてデブルス清掃員として積み重ねた訓練と経験の為せる業だ。
(速い!……腕を上げたな、鐵ちゃん)
(作業に無駄がねェ!……相変わらずムカつく野郎だ)
美術館屋上。
長い石造りの大階段の先は広場になっている。
その奥にそびえ立つ奇怪にして優美なモニュメント。
それが岡本太郎作『母の像』である。
各区画の清掃を完璧にこなし、相手よりも先にこの場に辿り着き
清掃庁に勝利宣言を送信した者が潔闘の勝者となる。
浄と鐵也はほぼ同時にその場に現れた。
清掃速度、そしてデブルス駆除率、すべてが互角。
後はどちらがゴールラインを踏むかで勝負が決まる。
黒と青。黒と金の装甲が、それぞれの出口から躍り出た。
廊下の中央に空いた筒状の天窓。そこが出口だ。
もはや清掃すべきデブルスの姿はない。
一歩でも早く階段を上り切った者が勝者となる。
作業装甲の機構が唸りを上げ、
凄まじいスピードで両者は最後の大階段に挑みかかった。
しかし!
「「!!」」
母の像の根元に小さな四つの人影を認め、浄と鐵也は急ブレーキをかけた。
子供たちが母の像にへばりついた何かを引き剥がそうと
『大きなかぶ』よろしく奮闘している。
「お、お前ら?!なんで!!」
「こんな所で何してる!危ないだろう!」
鐵也と浄の切羽詰まった声が響く。
見ると、先頭の子供の手はどす黒い何かの詰まった
真空パックのようなものを掴んでいた。
それは灰色のダクトテープでビッタリと立像に貼り付けられている。
子供の一人…タクトは鐵也に向かって叫ぶ。
「てっちゃん!来ちゃダメ!」
「なんだと?!」
怪訝な顔の鐵也に、子供たちは必死の表情で口々に叫ぶ。
「あやしいやつらが仕掛けてったんだ!」
「これ絶対爆弾だよ!」
「こっちこないで!あぶないから!」
鐵也の表情が一層険しくなる。
真空パックから漏れ出る禍々しい瘴気ゆえだ。
ミシッ!バリィッ!
嫌な音を立て真空パックがモニュメントから引き剝がされた。
鐵也が叫ぶ!
「バカたれ!!お前らこそ離れるんだよ!!」
鐵也は子供たちに駆け寄る。
ミシミシィッ!!
不穏な音と共に真空パックが急激な膨張を見せ、破裂する!
パァンッ!!
その一秒後、汚泥デブルスの濁流が像の根元より溢れ出る!
「わぁっ……」
子供たちの茶色い丸い瞳いっぱいに汚泥デブルスが映る。
強烈な臭気と肌にささるような嫌悪感。
『死』
その概念が幼い彼らの脳裏に浮かぶ。
しかしその時!
黄金色の光が被膜のように4人の孤児を覆い、汚泥デブルスを遠ざけた!
まばたきひとつにも満たない時間…
しかし特務清掃員にとっては充分な時間だ。
「清掃バリア展開ッ!!」
浄の鋭い声が飛び、黒い濁流と子供たちの間に黄色の台形が立ちはだかった。
清掃庁の庁章と『立入禁止』の文字が光る。
黄色に光る台形を中心に放射線状に清掃バリアが展開する。
数珠つなぎに清掃区画を囲むタイプとは異なる単独タイプだ。
その形状は蜘蛛の巣に似ていた。
駆け寄った鐵也は四人を腕の中に抱え、すかさずその場から跳躍する。
急激に膨張するデブルス濁流の圧力に、展開した電磁バリアが不穏な音を立てた。
「悪ィ!助かった」
「いいさ。それより逃げるぞ!バリアが持たない!」
二人ずつ子供を抱え、浄と鐵也は大階段を駆け下りた。
バキィィッ!!
黄色い台形の光が砕け散り清掃バリアが吹き飛ぶ。
黒い濁流が2人の特務清掃員と子供たちの背後に迫り来る!
ゴウッ!!
白く巨大な鳥のはばたきが、ドス黒い濁流を押しのけた。
風の壁が立ち塞がる!
「間に合ったようだね」
「白鳥さん!」
いや、白い鳥ではない。純白の外套めいた作業装甲!
S級特務清掃員だ。
押し戻ってきた濁流も分厚い風の壁に阻まれている。
風の防壁の向こうで荒ぶる濁流。
三人の特務清掃員はそれに鋭い視線を向け、
子供たちは身を寄せ合って恐怖に震えている。
「こりゃ潔闘どころじゃないね」
「あァ、同感だ。しかしありゃあ……まさか」
風の壁がジリジリと濁流に押されている。
「そう……『圧縮デブルス』だよ」
「昔、無差別テロに使われたという?」
「そのとおり」
電磁モップを握る響司の掌がギリギリと音を立てる。
純白の装甲の間隙から滲む怒りが
大気に触れたそばから激しく燃え立つようだ。
よく分からないが、今の彼は冷静さを欠こうとしている。
そう判断した浄は響司に子供たちを引き渡す。
「白鳥さん、この子達と職員・関係者…
必要ならば近隣住民を避難させてください」
「…しかし」
端正な意匠の頭部装甲の奥に隠れた
白鳥響司の顔を真っ直ぐ見据え、
浄が改めて彼に告げた。
「S級特務清掃員の貴方にしか頼めない事なんです。どうかお願いします」
「こいつの始末は俺と皆神が、必ず」
二人の後輩の冷静な物言いに、
白鳥は徐々に生来の落ち着きを取り戻してゆく。
「……分かった。任せてくれたまえ」
S級清掃員は頷き、落ち着いた声で応えた。
鐵也は片膝を地に着き、子供たちに目線を合わせて言った。
「このバカたれども……!!」
「どうしてもオーエンしたくて、ごめんね」
「てっちゃん、ごめんね」
「ごめんね、おこらないでぇ……」「ごめんね……」
しっかり者のタクト、賢いレン、繊細なハルキ、武闘派のヒマリ。
孤児たちの痩せこけた身体を、鐵也はその腕の中に抱きしめた。
「お前ら、俺がやったお守り、ちゃんと持ってんだな」
「うん!もちろん!」「トーゼン!」「ねるときももってる!」「おふろでも!」
子供たちは服の中からペンダントを手繰り出した。
革紐の先に金色の結晶が光る。
先ほどの光の被膜と同じ、暖かな色合いをしている。
「よし。絶対そいつを離すなよ。デブ公から守ってくれるからな」
「てっちゃん…」
「掃除が済んだら全員ゲンコツだからな!行け!」
四人の子供たちが鐵也の腕から離れる。
白鳥の清掃力が起こす風に乗り、子供たちはふわふわと宙に浮かんだ。
「うわ~すげえ!」「たかい~!」
「イヤ~!こわい!」「た~のし~い!」
「さて少年少女諸君、ちょっと高いが辛抱してくれたまえよ」
白鳥は浄と鐵也に優雅に一礼する。もういつもの彼だ。
浄と鐵也も礼で応えた。
五つの人影は鳥の群れのように一瞬にして遠く飛び去った。
もはや何の憂いもない。
浄と鐵也、二人の特務清掃員は
風の壁の向こうで荒ぶる汚泥デブルスに向き合った。
「さて、どうしようか、これ」
「は?なんか手があるんじゃねェのかよ」
「そんなのないよ。圧縮デブルスなんて実物見たの初めてだもん」
「まあそいつァ俺も同じだけどよ…。じゃああのスカしたS級に
残ってもらえば良かっただろうが」
「……それはやめといた方が良さそうだったから」
「どういう意味だ」
「まぁ、昼ご飯の時にでも話すよ」
「なんで一緒に食う前提なんだよ!」
デブルスの濁流は徐々に水分を失い、ドロドロとした粘性を帯びてゆく。
やがてはカチカチに固まるのだろう。セメントと同じ原理だ。
そうなってはお手上げだ。
特務清掃員であっても数か月がかりの難しい仕事となる。
汚れというのは経過する時間が長ければ長いほど、除去が難しくなる。
強力な洗剤を使うよりも、日々に小まめな清掃がものを言うのだ。
「あの子達がいなきゃ、俺たちはゴールと同時にあいつに飲まれて、
今頃仲良くデブ公漬けだったって訳ね」
「ふざけやがって…どこのどいつの仕業だ」
「一応心当たりはあるんだけどね」
「訳アリとは思ってたが…誰だ」
「これも後で話すよ。怖かったら逃げてもいいんだぜ?鐵ちゃん」
「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよォ…」
黄金と蒼、二つの電磁モップがそれぞれ独自の弧を描き、構えの姿勢を取る。
「無粋なデブ公がよ…一気に片付けンぞ!!」
「おう!!」
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