第8話 小さな幸運、大きな不幸


――星暦2012年4月3日――




 今日も冒険者稼業やってこー!


 俺は、育ったあの森――ではない森の中をいつものロングコートをきて歩いていた。

 隣の森ではあるけど、姿は別だ。この森は赤の木々が生い茂っている。春なのにね。


 今日、この森に来たのはEランク依頼[果実採集]のクリアの為だ。

 昨日の依頼達成で、FランクからEランクに昇格したんだ。そこで今回はこれを受けることにしたんだけど……。


 ポケットから木の板を取り出す。そこに描かれた木のみを見る。

 パイナップルみたいな見た目をしているが、パイナップルではなくルンパンパの実という、人間も魔物も大好きなおいしい木の実らしい。


 取り敢えず探すかな?森の獣道を歩きながら辺りを見渡す。おっ!あった、あった。いやー、なんてラッキーな日なんだ。


 木の実を少しだけ残し、持ってきたカゴの中に収穫する。残しておくのは、森の生態系を壊さないためらしい。

 俺が育った森みたいな森は、再生力が強すぎるため気にしないでもいいが、普通の森は気にするものらしい。



「ざっと、こんなもんだろ。これで依頼――」





 次の、一瞬だった。




 身体に響くを感じる。


 茂みから、すさまじい速度の岩が飛んでくる。


 気が付き、素早く腕を横に振り、岩の軌道をずらす。その手には、【異空間】より取り出した大きな牙のような無骨な剣が握られていた。


 ずれた岩が後ろで木々をえぐってなぎ倒し、停止する。


 アルスの額に汗が滲む。そして、信じられないと言わんばかりに叫ぶ。



「おいおい……、なんでこいつがここにいるんだよっ!」



 地面が隆起し木々が弾け飛び、そうして現れた巨大な物体。こちらをギョロリと、睨見つけるのは、土と木で出来たような竜だった。



「ヴォォォォォォォォォォォォォォォ」



 身体が重くなるような鳴き声。少し違うが、種族は同じだ。俺はこいつを知っている――知っているだけではない。


 戦ったことがある。 負けたんだ。



 それだけではない。


 俺は……俺は……








()












――――――。













 町に行こうと、大きくなってきて魔法が使えるようになったユニと森の中を歩いてる時だった、こいつが現れたのは。



 種族名、徘徊する土木竜



 魔物の頂点たるドラゴンの一種。

 そいつは、高速で動き魔法を主体に戦闘した。化物のように強かった。二人で戦ったが、歯が立たなかった。


 だから、俺たちは命からがら逃げ出した。その途中で俺は。そこからの記憶はない。ただ、消し飛ばされたのは視覚できたし、ユニも見ていた。


 たが、俺は生きていた。ユニは俺の墓を掘っていて、気がついたら怪我が治っていたらしい。


 ユニの魔法ではない。確かにユニの魔法は優秀だが、死んだ俺を生き返らせるものではない。



 そして、この時からだろう。



 怪我の治りが早くなり、魔力量が少なくなったのは。あと、この髪が一部白く染って治らないのも。






















―――――――――。














 







 地面から飛翔、上から力を込めて剣を全力で振り下ろす。甲高い音ともに、鱗によって弾かれ、傷一つもつかない。



「だぁぁぁ、クソッ!硬すぎるだろが!」



 地面に着地し、飛んでくる岩を後ろに下がりながら避ける。


 あの時よりサイズは一回り小さい。相変わらず強力な魔法を放つが、あいつは動かない――いや、動けないの方が正しいのかも知れない。


 視界に映るのは、竜の足。血が出ていて、怪我で動きづらいようだ。


 竜とは言えども、あの個体に知恵はあれども、知能はないらしい。斬りかかる前に話したが、無理だった。知能があるのは上位種だけらしい。


 よし!ここまま、逃げられ……ないわ。


 一面に広がる高い壁。恐らくは町からも見えるぐらい高いだろう。何、この土で出来た壁。

 これを作る魔力で怪我を治せよ!



「『堕ちろ』【身体強化】」



 アルスの姿が変わる。白メッシュの部分は金メッシュへと変容し、王冠の色は銀色だ。向きを反転し、駆け出す。


(俺!覚悟を決めろ!相手はあの時よりも小さく、魔力量は少ない!さらに怪我をしてる!勝機はある!……多分!)


 剣を強く握り直す。



「さぁ!リベンジマッチと行こうじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「ヴォォォォォォォォォォォォォォォ」



 応えるかのように竜は唸る。竜の周りに岩が大量に浮く。そのまま、アルスを潰すべく全てが飛翔する。


 アルスは走りながら持っている剣を銀色の魔力で包み込み、このまま竜に向かって投げ飛ばす。


 放物線すら、描かずに直線に飛んてだ剣は岩と激突する。双方が崩壊し、砕け散る。


(今の俺の素の身体能力じゃ、あいつには勝てない。だから……)


 左手で指を指を鳴らす。


 砕けた瓦礫を盾に、地面の倒れた木々を銀色の魔力が支配、光り、先が竜を突かんと鋭くなり高速回転する。

 アルスは、息を深く吸う。



「他の手段でぶち殺すっ!!『堕ちろ』【スター統治ガバー】」



 アルスが振り下ろした左腕と共に、ソニックムーブが起こり竜の顔に、光った木々が激突する。

 竜の顔がよろめく。



「ヴォォォォォォォォォォ!」


「効いたか!?」



 竜は、こちらをギョロリと先程よりも強く睨見つける。殺気や立ち上る魔力の量が段違いだ。

 アルスの顔に冷や汗が浮かぶ。



「効いてないよねー!!」


「ヴォォォォォォォォォォ!!!」



 叫びながら【異空間】の魔法陣を右手で描き、別の剣を取り出しながら竜に向かって走り出す。


 激昂した竜が、自分の足元の地面から木や土で出来た棘を幾つにも生やし、棘はそのまま進行。アルスの目前まで迫る。


 対するアルスは、地面より大きく飛翔、回避する。追跡する土の隆起に、右手に握っている剣を当てて身体を空中でずらし流す。


 剣が砕け散る。素早く、宙で【異空間】を左手で描き、刀を取り出し握る。


 落下するアルスの真下より、アルスを串刺しにせんと、竜は鋭く魔法を生成。さらに、再び飛ぶことのできない上側を除き、全方からも突き刺す。


 スローモーションにも感じられるこの時間。アルスは素早く、落ち着き足元の一番太い棘に向け、刀を腰に構え息を深く吸う。

 そして吸った空気は――声で還元する。



「剣聖流抜刀術:半月斬り」



 魔法を輪切りにする。

 切り離した上部を蹴飛ばし、それと衝突した正面の棘は途中で砕ける。アルスは断面に着地。

 そして、抜き身の刀に銀色の魔力を纏わせ、腰の位置は低くする。

 キュィィィィィィィン、と刀から音が鳴る。



「ヴォォォォォォォォォォ」


「剣聖流刀術:塵芥ちりあくた



 目の前に迫っている魔法を切り裂く。切り口から銀色の魔力が浸透し、辺りをえぐり取り塵芥にする。それを繰り返す。


 前を斬って、横を斬って、後ろを斬って、下を斬って、斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って、斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って、全てを叩き斬る。


 突然、アルスは違和感を感じる。


 あの時の竜が起こした魔法に比べると、込められた魔力から発生する魔力の波動が弱いのだ、いとも簡単に切れるくらいに。


(こいつ、もしかして―――っ!)


 考え事をしていたからだろうか、それとも疲労からなのかは、分からない。だが、横から魔法の波動に察知にワンテンポ遅くなる。


 避けるのにも察知が遅すぎる。


 刀で弾こうにも左腕は移動に間に合わない。


 この絶望にも思えるこの状況下、アルスが咄嗟に取った策。



「魔法陣発動【異空間】!」



 【異空間】を右手で描き、巨大な盾を取り出す。左手の壊れかけた刀をしまって、右手で地面に盾を刺し、魔力を纏わせ強度を高め、全身で衝撃に備える。


 衝突の時がやってくる。


 地面より太く、鎚のような形状をした土の塊が襲ってくる。今までの魔法の中で一番、魔力の波動が強い。


 轟音と共にアルスが吹き飛ばされる。


 持っていた盾はひしゃげてかろうじて原型が分かる程度になる。

 咄嗟に盾を出さずに、魔力を纏わさなければ一撃で全身が砕け散っていただろう。それほどの威力を擁していた。


 しかし、反省や自画自賛は後にしなければならない。相手に吹き飛ばされたのだ。


 上手く着地しなければ結局は――死だ。



「糞んだらぁぁ!!」



 歯を食いしばりながら、魔法陣【異空間】を左手で素早く描き、先程の攻撃によって役割を果たせなくなった鉄の塊をしまう。


 両腕に先程と同じ大きさの盾を取り出す。


 地面との接触寸前、左腕の盾を勢いよく斜めに叩きつける。それによって生じた衝撃で、身体を回転させて身体の右側を地面側にする。


 サーフィンのように地面を盾で滑り、受け身をとる。その際、摩擦により火花が散り、地面の跡が盾の形にえぐれ、伸びている。


 そもそも、何故こんなにもアルスの【異空間】に武器があるのか。


 それは、この街に着くまでの盗賊狩りが理由だ。


 盗賊の持っていた物は、捜索願いの出ている物品以外は貰えることになっている。


 昔は、依頼がないと報酬が貰えず危険な野良の盗賊が放置されることが多かった。そして、騎士団等だけでは手が回らなくなり、政府が苦渋の策として、捜索願い以外は貰えることになったのだ。


 武器に捜索願いが係ることは数少ない。故に、アルスの手元には大量の武器が残ったのだ。

 それでも、武器の消費はとてつもない。



「くそっ、この剣ももうダメだな……っ!」



 盾サーフィンで着地した後、煥発入れず迫ってくる竜の魔法を【異空間】から取り出した剣で応戦していたのが、剣にヒビが入る。

 アルスは悪態をつき、剣を槍に交換する。


 2年前から成長し、【身体強化】の出力が上がった今では、武器に魔力を纏わせなければ全力の一撃で壊れてしまう。


(クソッ、壊れづらい武器があればいいんだが……)


 そんなものは今はない。


 槍を両手で持ち、魔力で覆う。そして、迫る竜の魔法に槍の先端で当てて、軌道をずらす。何度も迫りくる魔法に、連続ラッシュ。


 ズレた魔法は地面に突き刺さり、土の破片を辺りに撒き散らす。数が数なので、空気全てが埋まるんじゃないかと思った。それほどの量だった。


 湧き出てくる違和感、疑問、不審点。


(一つ一つの魔力の波動がさっきよりも軽い?じゃあ、これは牽制……違うな。波動は本気だ、ってことは……!)


 アルスは弾くのをやめて、後ろにステップする。身体を投擲の形にし、魔力を槍の先端に大きく込める。そのまま、ぶん投げる。


 ほうき星と化した槍は、竜の魔法をすべて突き破り、消し去った。しかし、耐久が零となる。


 結果、槍は崩壊した。


 投擲したことによりアルスは、手ぶらの状態になる。攻撃を防ぐことはできない。

 しかし、不気味な程に焦りが見当たらない。

 竜は警戒する。だが、アルスは肩を震わせているだけだ。竜はきょとん、とする。



「………ヴォ?」


「……はははっ…………あはははははははっ!思いついたわ!勝ち筋がぁ!」



 突然、アルスが笑う。

 足を地面に叩きつける。爆音と共に大きく飛び散った破片から、銀色の光が出る。破片は一つではない、となったもの、すべてだ。


 破片は集まり、巨大な魚群のようにアルスの周りをうねりだす。


 ロングコートは所々汚れ、頬や全身アチラコチラが薄く切れて血が流れている。


 竜は突然笑い出したアルスに、唖然としている。そして、突然ロングコートを脱ぎ投げ捨てるを警戒しつつ、睨見つける。


 アルスは不安そうに、困ったように、どこか悲しそうに……そして、楽しそうに笑った。



「大切な物なんでな?これ以上、汚す訳にはいかないんだ……『堕ちろ』【スター統治ガバー】」



 銀色の魚群が高速で空を駆け巡り、驚いている竜に辿りつく。

 同時に俺は身体強化の出力をあげて地面を蹴り、駆け出す。頬から白い煙が立ち上り、怪我が塞がっていく。


(驚いているということは若い個体、つまりは戦闘経験と魔力量が比較的、他の竜よりは少ないということ。あいつの怪我と魔力消費量……俺の残有魔力でいけるか?)


 よし! 覚悟の再確認。


 右手で【異空間】の魔法陣を描き、体制を低くする。速度がさらに上がる。

 身軽な状態の両手を、音楽団の指揮者のように振るう。


 アルスは、光の魚群を操作し、目をつぶそうとする。に対し竜は目を瞑り、ガードする。


 大丈夫、想定内――狙い道理だ。


 左手を下に流し、右手は止める。

 魚群――操作中の【スター統治ガバー】はぶつかっている前半部分はそのまま、後ろの部分で足元――傷口をえぐる。



「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」



 痛みの余り叫ぶ竜。


 周りなど気にしないかのように大声だ。


 しかし、腐っても魔物の頂点……ドラゴン種だ。その瞳には――この隙を好機とみて、下に潜り込む小さな人間の影ははっきりと映っている。


 竜は、魔力を全て解放し、魔法を発動する。

 地面より硬く鋭い棘を無尽蔵に素早く生成。それらで影をめった刺し、打ち上げる。


 これは、瞬きの時間、一瞬で行われた。


 打ち上げられた物体は、金髪の少年――アルスの姿そのものだった。脱ぎ捨てたフードを除き、服はボロボロ。身体中、風穴だらけ。


 誰もが死んだと思った。


 しかし、誰も死んだとは思わない。


 この物体からは――血が一粒たりとも流れていないからだ。



「それ、幻想だよ?」


「―――!?」



 上から声が聞こえる。竜が上を向く。

 そこには、左手を銃のように構え、平たい銀色に光る物体に乗っているアルスの姿があった。


 アルスの――その目に映っているのはただ一つ。


 痛みで大きく開いた……竜の口。



「『堕ちろ』【星屑スターダスト】✕【スター統治ガバー】」



 光が凝縮、うねり発射される。

 すさまじい速度で移動、竜の口に吸い込まれるように入っていっく。


 そして竜に……何も起こらなかった。



「……ヴォ?」



 流れる沈黙。アルスは着地し、姿が元に戻る。

 そして、僅かに笑う。しかし、時々咳き込み、口からは血が少し垂れてくる。



「ごほごほっ―……はぁ〜、足りないかと思ったけど、足りて良かった〜」



 何も起こらない。

 故に、竜は何が起こっているのか理解ができなかった。しかし、目の前の無防備な敵を見逃しはしない。しかし、魔力はもうない。


 だが、体当たりすれば小さい人間などいとも簡単に潰せる。


 竜は、重たい腕を上げる。

 そして――



「ヴォォォォォォォォォォ」


「あっ、お疲れさまでした」



 アルスが自分の左手で口に付いた血を拭き取り、右手を竜に向けて拳を握る。



 

















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