第25話 トップモデル、アルハラする
歴史感じるレンガの街並みから一転、高層ビルが立ち並ぶオフィス街に足を運んだ僕たちは、その中でもひときわ大きく独創的な形をした建造物の地下の部屋で彼女の仕事風景を見学していた。
「ベルリアナさん、視線こっちにお願いします。……はいオッケーです!」
「次魔法効果これ使って―」
「ベル様。お顔直しますのでこちら向いてもらっていいですか?」
薄暗いスタジオの中、目が眩みそうなほどの光源が焚かれている。
パシャパシャとシャッターを切る音がひっきりなしに響いており、カメラマンの指示が忙しくなく飛ぶ。
何体ものモンスターが決して広くないスタジオ内を右へ左へと慌ただしく走り回っている。しかしやはり一等眼を引くのは光源の下でポーズを決める彼女だった。
「す、すごい……」
炎のように赤々とした彼女────ベルリアナを見つめながら、ほうと感嘆のため息をつく。
先程の広告ビジョンに映っていた彼女も相当美しかったが、生で見る彼女はもっと苛烈なオーラと暴力的な美しさを放っていた。
セットに腰掛け妖艶に微笑む彼女は蛇のそれである下半身を優雅にくねらせる。その姿はまさにラミアの元となった神に愛されし美貌の女王の体現であった。
「お仕事中のベルちゃん、本当にカッコいいですよねぇ」
「化けの皮って感じだよな」
「すごい毒吐くじゃんロイド……」
撮影の邪魔にならないようスタジオの片隅でコソコソと小声でしゃべる。ふたりは何度かスタジオに来たことがあるそうだ。そうとは知らず、明らかに一般モンスターお断りな佇まいのこの建物にズカズカ入っていったふたりを見た時は大焦りしたものだが、特に引き止められる事はなかった
むしろロイドが身分証として研究所の研究員証を出した途端、「リライヴェッジ研究所の方々!?」「リライヴェッジ研究所の研究員さん達だわ……」と色めき立ってはほぼ顔パスみたいな扱いで通されて驚いた。
リライヴェッジって魔法界で一番大きい研究機関ということは知っていたが、実はすごい権威を持っているのか……?
自分の所属している組織の偉大さに思いを馳せつつ、『身分証を持たない僕は止められたら終わる』と一度は返したロイドの白衣を再び奪って着た自分の判断を内心褒め称えていると、不意に左肩に軽い重みを感じた。
「ほーんと、好き勝手言ってくれるじゃない?ロイド」
耳元に艶やかなアルトボイスが響き、耳にかかる吐息にゾゾゾッと背中が震える。
慌てて左に顔を向けると、超至近距離にとんでもなく美しい顔があった。
「おわぁ!?」
バッと音が出るほどの勢いで飛びずさる。僕の肩を肘置きにしていた美女は、そんな僕の反応を見てニヤリと意地悪く笑った。
燃えるような赤髪、柘榴石のような瞳、豪奢な衣装に負けないほどの暴力的な美貌。今まさに話題の中心に登っていたトップモデル、ベルリアナだった。
しゅるりと愉快そうにのたくる蛇の尾を飾る装飾品がキラリと光る。
「蛇だからって脱皮した皮は被らないわよ。失礼ね」
「物理的な皮じゃなくて概念的な話してんだよ。本性隠してんのは本当の事だろうが」
「きゃあ~!ベルちゃんお疲れ様ですぅ!」
「ミモザ久しぶりね。お迎えドーモ」
ケッとばかりに冷めた目でベルリアナを見遣るロイドだが、彼女は気にした風もなくさらりと受け流し抱き着いてきたミモザの頭をよしよしと撫でていた。
纏うオーラが覇者のそれである。ま、眩しい……!
「それで?その子が博士が言ってた子?」
「っ!!」
流し目を向けられた僕はピシリと固まった。姿勢を正し、緊張で硬くなる舌を必死に動かして昨日付けたばかりの名を名乗る。
「は、はじめまして、ラウで……え?なに?」
しかしベルリアナは僕の自己紹介を聞いているのかいないのか、上から下まで舐めるように僕の体を検分し始めた。
思わず後ずさる。執拗という言葉でも足りないくらい熱心に観察されている。
「な、なんかついてる?なんでそんな見てるの?なになに?」
「ん~、ふぅーん……なるほどね」
服はミモザの仕立てだし、おかしいところはないと思うんだけど。まさか認識阻害の魔術が切れてしまったのかと顔をぺたぺた触っていると、ベルリアナは何やら悩ましい声を出した。
何がなるほど……?と首を傾げた瞬間、突如ベルリアナは僕の太ももをその細腕でガッと掴み上げた。
「ぎゃあああ!?なに!?」
「……うん。長さよし、細さもまあ及第点ね。アンタ身長いくつ?」
「は!?きょ、今日測ったら168cmでしたが……!?」
「いいわね。ちょっとこっち来なさい」
「はい?」
掴むだけでは飽き足らず、サワサワと触り始めたベルリアナに悲鳴を上げる。いよいよ真意が分からずロイドとミモザに助けを求めようと振り向きかけた時、今度は僕の襟首がむんずと掴まれた。
そしてその細い体のどこにそんな力があるのか不思議なほどに強い力でズルズルと引っ張られる。
「なになになに!?えっちょ離し、いや力強っ!?何なの魔導士とは思えないほどのフィジカル……っ!」
「あら、アタシが魔導士ってよく知ってるわね。アタシのことはベルリアナ様でいいわよ」
「いやぁ自然に女王様ムーブされてるぅ……じゃなくて!ちょっとどこに連れて行く気!?ぅぐええ首締まるぅぅ」
尾まで使って抵抗する僕を締め上げるベルリアナ。博士といいベルといい前衛職じゃないモンスターのフィジカル強いの何なの!?
ベルリアナはそのままスタジオ撤収作業をしているスタッフ達に向かって声を張り上げた。
「みんな、再来週の撮影この子使うから。編集長いいわよね?」
「はああああ!?何言うてくれてはりますの!?僕の許可は!?使われたくないですけど!?」
突拍子もないことを言い始めたベルリアナの尾をぺしぺしぺしっと叩いて抗議する。
しかしベルリアナはまるで聞き分けのない子供を諭すような態度でため息をついた。
「しかたないでしょ?アタシと一緒に撮影予定だった子が急遽田舎に帰っちゃったんだから。丁度代理探してたのよ」
「他にも本業モデルさんがおられるでしょうが!」
「ちなみに飛んじゃった子カモシカのモンスターなんだけど」
「カモシカぁ!?」
絶対美脚だろそのモンスター!そんなんの代理に素人立てようしてんじゃないよ何言ってんだこのラミア!
初対面でとんでもない無茶ぶりをしてくるベルの尾を更に激しくタップするが、僕の声がまるで聞こえていないかのようにベルとスタッフさん達の打ち合わせは進んでいく。
誰かこのラミアを止めてくれぇ!
「あ~……ラウちゃん身長高いしスラッとしてますからねぇ。お眼鏡にかかってしまいましたかぁ」
「ご愁傷さまだな。……博士に報告だけしておくか」
ぎゃーすかスタジオのど真ん中でモンスターに囲まれて騒ぐ僕を、ロイドとミモザは苦笑いで眺めていたのだった。
◆
「それじゃ改めまして。世界が誇るカリスマトップモデル魔導士のベルリアナよ。よろしくねラウ。ちゃんと再来週のこの日空けておきなさいよ。研究所まで迎えに行くから」
有無を言わせなさすぎるよこのラミア……。
変装しているにも拘らず隠し切れないオーラを放ちながら隣を歩くトップモデルを、僕は胡乱気な眼差しで見ていた。
もういい加減陽も沈み、空には僅かな星と色を濃くしたオーリライトの輝きが瞬き始めた頃。
街道脇に設置されたお洒落な街灯が未だ数の減らない道行くモンスター達の顔を照らす中、僕らはベルリアナの先導の元石畳をせかせかと歩いていた。
「ねぇ本気?僕素人だしそんな美女とかじゃないんだけど」
「今の魔法界のトレンドは『ミステリアス&アンニュイ』だから。目元を隠した謎に包まれし狐モンスターとアタシってだけで注目間違いなしだわ。あとは足見せてなさい」
僕の価値は足だけかい。フォローどころか鋭利な刃物の心を傷つけられた気がする。褒められていないことだけは確かだ。
ベルリアナによって強制的にマギホのスケジュールアプリに入れられた再来週の予定にため息をつく。
大体スタッフ達も止めてくれればいいのに何故かノリノリだった。ベルリアナが僕のことを『リライヴェッジ研究所のフリント博士の娘【公式】』と紹介した途端、懐疑的な視線を送っていたスタッフさん達が手のひらを返したようにやんややんやと囃し立て、しまいにはやれこの衣装が似合いそうだの、差し入れの弁当はどこのがいいかだのと言って外堀を埋めてきたのだ。
しかもその後、編集長なる鳥のモンスターにも「ぜひ私からも頼むよ!」と肩をバシバシ叩かれる始末。博士の影響怖すぎるしそもそも僕やるなんて一言も言ってないけどね!
「っていうか、これっ、ぜぇ、どこに向かっているんですかぁ!?はぁっ」
「あら、ミモザごめんね。急ぎすぎたわ。もう着くわよ」
「ごめんミモザ。早かったよね」
早歩きならぬ早滑りで雑踏を抜けるベルリアナに、息も絶え絶えのミモザが追い縋った。
そもそもアルラウネとは地面に根を生やして自然の力を吸って生きる植物系モンスターのため、移動が苦手だ。今のミモザは蔦を編んで疑似足を作って対応しているが、ずっと早歩き状態では大変だっただろう。
「あれ?ロイドは?」
気を遣えていなかったことに反省しつつ、ふとロイドは大丈夫だろうかと辺りを見渡すが姿が見当たらない。僕の隣には僕と同じくらいの背丈のスケルトンが一体立っているだけで────スケルトン?
「ん、いるぞ」
「おわぁぁ!?何その移動方法びっくりした!」
ロイドはまさかのスケルトンに背負われていた。思わず二度見した僕は往来のど真ん中ということも忘れて大声で叫ぶ。
「もう疲れたんだよ……午前中はお前さんと鬼ごっこだったし……」
「それはごめんだけど。その絵面成年男性的にオッケーなん?」
「自らの魔法を上手く有効活用している素晴らしい図だろ?」
いやぁ、どっちかというと遊び疲れてお父さんに背負われる子供の図じゃないですかね。
しかしロイドは気にした様子もない。スケルトンに全身を預けてポチポチマギホを弄っていた。まあ本モンスターがいいならいいのか……?
「ちょっと、折角ファンやらなんやらに捕まらないように急いできたのに注目集めるようなことしないでよ」
「文句はあっちのアンデッドに言ってくださる?」
どう見ても悪いの僕じゃないでしょ、と訴えるが、ベルリアナは「アイツの怠け癖は今に始まった事じゃないわよ」と鼻を鳴らした。
そのまま慣れた足取りで路地に入っていく。疲れ果てぐったりしているミモザを抱え、ロイド背負いのスケルトンと並び立っててついて行くとそこには二階建ての大衆居酒屋が構えていた。
既に客が入っているのか、店の中からワハハハと大きな笑い声が聞こえる。
「こっから裏は入れるから。ついてきて」
「ついてきて、ってまさか……」
「なによ?仕事終わりにすることなんて一つしかないでしょうよ」
スルスルと裏手に回るベルリアナが、悪い笑顔で振り返った。
「飲み会よ。アタシの酒に付き合いなさい、アンタたち」
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