第24話 ミモザ・ショッピング(またの名を暴走)
『───神秘のヴェールを貴方に。真実を纏え。誕生、アルカナージュシリーズNEWルージュ『トゥルースヴェール』……世界が変わる、その時まで……。』
アルバストのスメインストリートにて。
商業施設の前面に映し出される巨大な広告モニターに、妖艶な赤髪の美女が映し出されていた。
深紅のルージュが引かれた唇が艶やかに震える。纒う黒いドレスは煽情的で、燃えるような赤髪を躍らすその姿はまるで闇の妖精のようだ。
そして怪しく輝く光を宿す石榴の流し目は、見たものの視線を絶対に離さない蠱惑的な魅力に溢れていた。
この街一番の───否、広告という用途に限定するのであれば大陸一であるアルバストス広告ビジョンに映し出される彼女は、まごうことなくこの世界で王の次に有名な女であった。
「きゃああ!ベルリアナ様ぁ……!本当に何度見ても美しい……!」
「アルカナージュの新作!?やばい早く予約しなきゃ、絶対すぐに売り切れる!」
そこかしこで若い女の子モンスター達がキャッキャッと嬉しそうに声を上げていた。いや彼女たちだけではない。メインストリートを歩く何体ものモンスターが広告ビジョンを見上げては、頬を染めたり足を止めている。
「す、すごい……あれロイドの幼馴染ってマジ?」
「不本意ながら……」
メインストリートの喧騒から少し離れた場所から同じように広告ビジョンを見上げていた僕は、ビジョンに映る美女のあまりの人気ぶりに思わず傍らのアンデッドを見下ろした。
しかし視線を向けられたアンデッド、ロイドの顔には有名人の身内という自慢の色は全く見えない。むしろ本当に不本意と思ってそうな滅茶苦茶に苦々しい顔をしていた。
魔法界屈指のトップモデル。ラミアのベルリアナ。
真紅の髪と石榴色の瞳を持つ彼女は、他の追従を許さないモデル界の絶対的覇者でありながら、類まれなる魔法の才を持つ王国魔導士団所属の魔法使い。
そして、リリィの聖剣における主要キャラクターのひとりである。
彼女に関しては様々なうわさが流れている。
曰く、あまりの美貌に相対した敵は悉くその身を石のように強張らせる。
曰くひとたび目を合わせればその心のうちは全て暴かれ、やはり魅了され下僕にされてしまう。とか……それラミアじゃなくてメデューサだよなあ。
そんな彼女はどうやらロイドと同郷出身らしい。ゲームでは語られていなかった話だった為にミモザから聞いた時は度肝を抜かれた。
ご近所さんで年齢も近かった彼らは昔は常に行動を共にするほど仲が良かったらしい。その割にはロイドの顔が苦すぎる気がするが。
「あいつ今でこそあんなんだけどさぁ、昔は本当にガキ大将みたいなやつだったんだよ……何度パシりにされたことか」
「本質はあんまり変わっていない気がしますけどねぇ。でも私ベルちゃん大好きですよぉ」
にこにこと再び流れたベルリアナの広告を見上げながらミモザが言う。リライヴェッジ研究所と王国魔導士団が協力関係にあるので、ミモザもベルリアナとは顔見知りらしい。
いやそれどころか共通の趣味を持つふたりはガッツリ意気投合し、休みの日にはお忍びショッピングをしたりお茶したりする仲だとか。
「そして、ここはそんなベルちゃんがプロデュースするお洋服屋さんですよぉ」
ミモザの誘導の元、メインストリートから外れ高級店が立ち並ぶ商業ストリートを進むこと少し。
黒いシックな外壁の、ピカピカに磨き上げられた大きなガラス扉が聳える店舗の前に引き摺り出された僕は、泣きそうな顔でミモザを振り返った。
「ねえ!凄い高級感の佇まいなんですけど……!?」
「さあ入った入ったぁ」
「ちょ、無理!無理だって!」
ぶるんぶるんと首を振る。や、やめてやめて押さないで!僕検査着に白衣なんですよ!?こんな所場違いすぎてつまみ出されるって!せめてもうちょっとハードル低い店で適当な服買って着替えてからにしてほしい……!
しかしミモザはいい笑顔で僕をグイグイと店舗の中へと押し込もうとする。なんなら蔦まで使い始める始末。僕を着せ替えさせることへの熱意がやばい。ヒイイお出迎えしてくれる店員さんの視線が痛いよぉ怖いよぉ。誰か助けてよぉ。
ちなみに「終わったら呼んで」とかなんとか言って逃げ出そうとしていたロイドも、ミモザに襟首掴まれてばっちり捕獲されていた。目にも留まらない速さだった。
「さあさあさあ!待ちに待ったお着替えタイムですよぉ!死ぬほど買いましょうねぇ!」
本気のミモザの目に、哀れ生贄の子羊のように震える僕は「死なない程度にお願いします……」と掻き消えそうな声で訴えることしかできなかった────。
◆
アルバストスについてから何時間が経過しただろうか。
大量の荷物を抱えて店を出た僕たち一行は、メインストリート沿いのそこそこ賑わっているカフェのテラス席でしばしの休憩を取っていた。
「いやぁいいお買い物ができましたねぇ!そのお洋服とってもお似合いですよぉラウちゃん」
「うん、その……お疲れ……」
「ウン……ウン……アリガトウネ……」
チーンという効果音が聞こえそうなくらいにぐったり突っ伏している僕の前に、ロイドが飲み物が入ったカップをそっと置いてくれた。わぁいココアだぁ……。
いやね?勿論僕も女の子ですし、買い物に出掛けることは度々あります。女子の買い物が長いのはもう重々承知していますし、正直今までそれを苦に思ったことはなかった。が、ミモザはそんなレベルじゃなかった。もう本当にすごかった。
とりあえず片っ端から服を見繕っては僕が試着し、そしてそれを買い物かごに入れ、また服を持ってきて僕が試着する……というループを少なくとも100回は繰り返した。
最終的に買い物かご経由せずにレジにダイレクトインして店員さん総出でレジ打っていた。あんな光景僕見た事ないよ。
ミモザ以外のメンバーがあまりにも場違いすぎて当初警戒心バリバリの接客態度だったが店員さんも、金に糸目をつけない客と悟るや否やミモザに便乗してあれもこれもと色々持ってくるものだからより収拾がつかなくなってしまった。
しかもミモザも店員さんも非常にセンスが良いので口を出すこともできず、もはや僕は黙って服を着替えるだけの人形と化すことしかできなかった。
ちなみに今の僕はその店で買った黒のノースリーブハイネックに細身のスキニー、丈の短いジャケットというシンプルな服に着替えている。
しかしシンプルだからと言って侮ることなかれ。未だかつて触って事がないほどに生地の触り心地が高級である。汚したら絶対アカンやつ。
雪が未だに積もっているヴィオレットとは違い、アルバストスは春らしい陽気なのでこれくらいでちょうどいいらしい。あんまり寒さ感じないから分からないけど。
でもお陰で日用品なども一通り揃えることができたので助かった。ふたりに改めてお礼を言うと「こちらこそですぅ」「よかったな」という優しい言葉が返ってきた。
ロイドが買ってきてくれた飲み物を飲みながら一息つくことしばし。大量の荷物を一足先に荷物を研究所に持って帰らせようと、スケルトンたちを数体喚び出し荷物を運ばせていたロイドが「そういえば」とおもむろに口を開いた。
「ミモザ。ラウにマギホ渡したか?」
「え?……あああ!ごめんなさい、忘れてましたぁ!」
ワタワタとカバンを漁るミモザ。僕は聞き慣れない単語にきょとんと首を傾げた。するとロイドがポケットから携帯端末機を取り出してみせる。
「これのこと。色々機能が付いた端末機。お前さんも似たようなの持っていただろ?お前さん用にカスタムするようにミモザに頼んでたんだよ」
「お買い物に舞い上がってすっかり忘れていましたよぉ。はいどうぞ。すぐに使えるように設定してありますからねぇ」
「え、わ!ありがとう」
「何かあればすぐに連絡してくださいねぇ」
手渡された携帯端末機……マギホは、見た目はそのままスマートフォンだった。紫色のカバーがついている。
ミモザから教わりながら画面を触ってみる。
通話機能に、メッセージ機能。ネット検索機能にカメラ機能……うん、どうやら使い勝手もそんなにスマホと変わりなさそうだ。この分ならすぐに操作を覚えられるだろう。
それにしても、ふたりにはなんだかんだと色々とお世話になりっぱなしで恐縮してしまう。この恩はいつか返せるときが来るのだろうか……。
いくらこの世界に来たばかりで何もかも持っていないとはいえ流石に不甲斐なさを感じてしまう。
小さくため息をつきながら紙コップを傾けた時、不意に軽快な電子音がテーブル上に響いた。
「ん、ごめん俺だ」
ロイドが携帯端末を再び取り出した。電話だろうかと静かにしながら様子を伺っていると、突然ロイドの顔がしおしおとした顔になった。
「え?なに、どした?」
「いや……博士……」
「ああ……」
ミモザの顔もしおしおになってしまった。ふたりを一瞬でこんな顔にする博士……やはりやばいな。
「はい。なに?……いや今ミモザと合流してアルバストス。うん、ラウの買いもん……え?カード?限度額?………………………………………いやぁ知らんな~~~マジで何のこと言ってるのか俺分かんな~~~い」
つっけんどんに電話に出たロイドだが、二、三言葉を交わした後突如可愛くきゃぴきゃぴし始めた。それだけで全てを察した僕は口の端を引き攣らせる。いや流石の博士もそれじゃ誤魔化されないのでは……?
横の下手人ならぬ下手モンスターを伺うと、同じく電話の内容を悟ったらしくえへぺろっ☆と舌ペロしてウインクしていた。うーん可愛い、無罪。
博士との通話はまだ続いている。取り替えずカードが限度額に到達したせいで使えなくなったっぽい件は一旦置いとかれたのか、今は別の話をしているようだった。
「ええ……いやまあそうだけど……うーん……そうだな。……確かに都合良いか……。はい分かった。どーも」
ロイドが携帯から耳を離す。通話を切りる間際、マギホから『あとラウの私服の写真撮っておいt』とかなんとか聞こえた気がしたが、言い切ることなく通話は終了された。
僕も何も聞いていないことにした。
「何かあった?」
「ああ。もう一件寄るところができた。────ベルリアナの仕事場に行くぞ」
そう言ったロイドの顔は、電話が終わったというのにしおしおとしたままなのであった。
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