恋愛クソ雑魚向けの恋人

ちびまるフォイ

自分の恋愛レベルが求められる場所

「ついにこの日が来たな……」

「ああ」


やにわに教室は殺気立っていた。

それもそのはず。ついに「練習用恋人」の日を迎えた。


ネットの普及で恋愛初心者が急増し、

現在では法律で15歳4月を迎えると強制的に

練習用の恋人が国家からあてがわれる。


そのマッチングの日がちょうど今日。


「ドキドキする……」

「お願いします。可愛い子……可愛い子を……」


神に祈るようにしてアプリを立ち上げた。

相手の顔がそこに表示された。


膝から崩れ落ちるもの。

大きく拳を天に突き上げるもの。

反応はさまざま。


そして自分は……。


「ブフォッ……!! こ、こんな美人が!?」


その中でも特大の美人SSランクとマッチングした。

美女と野獣以上の落差。美女とウンチくらいの差がある。


「うお! すげぇ! めっちゃ美人!」

「しかもスタイルめっちゃいいじゃん!」

「うらやましいなぁ~~!!」


誰もが羨ましがる彼女を運いっぱつで引き当てた。

すぐに連絡を取る。初めてのデートは動物園。


「あ、〇〇さんですよね?」


「デュフ。あ、あ、あ、あ、あそそそそそうです」


「これから3ヶ月、よろしくお願いします」


「ふしぇfhwうえhふふぁだrwぎwじgw」


女子と話す機会なんてこれまでの人生でなかった。

声がうわずって、やたら早口になってしまう。

動物のほうがまだ上手く話せるだろう。


それでも彼女側からそっと手をつないだり、

話を振ったりしてくれて時間はあっという間に過ぎた。


「今日はありがとうございました、それじゃ」


「あの、あの、あの! こ、恋人だから……」


「なんですか?」


「ちゅ、ちゅ、ちゅ……く、口づけ……とか……」


「デートの初回でそれはないですよ」


「そうなんだ……」


国家から"そういうとこだぞ"といなされた気がする。

恋愛初心者は恋愛のステップなんかわからない。

保健体育の教科書にでも書いておいてほしいものだ。


その日は家に帰って部屋で今日のデートを振り返る。


「ああ、本当に……素敵だった……」


自分のしょうもない話も笑って聞いてくれた。

漫画の裏設定がどうとか、ゲームの効率的な立ち回りだとか。


女子が興味ない話ランキングの殿堂入り決めた

そんな話題をいくつも話してしまっていた。


「俺って恋愛下手くそなんだなぁ」


終わってから自覚する。

こんな状態のままだったら自力で彼女なんてできなかった。


「ああ早く会いたいなぁ……」


恋人期間の3ヶ月はあっという間だった。

最初は目も当てられない痛ましいカップルだった。


それでも必死に恋愛赤本と恋愛予備校を経て、

多少は彼氏としてマシな立ち回りができるようになった。

オタクは努力家なのである。


「今日で終わりですね」


「う、うん……」


「3ヶ月ありがとうございました」


「あ、あ、あの、これ……」


「これはプレゼント……?」


「今日でお別れだから……。それにすごく楽しかった……」


「ありがとうございます、大事にしますね」


彼女とのお別れはあっさりしたものだった。

お互いを嫌いになったわけでもない。


そして、その理由が自分を苦しめた。


「うううう……また会いたい……」


初恋の相手を忘れられないように、

事務的にあてがわれた最初の恋人の印象が強すぎる。


国家的には恋愛レベルを上がったから

これから本当の恋愛に踏み出してもらいたい狙いなのだろうが。


「諦めきれるわけないよぉ~~……!!」


初回でSS美女をあてがわれてしまうと、

もはやそれ以外を受け付けられない厄介男を生み出すことになる。


そこからの動きは完全にストーカーだった。


「この子知りませんか?」

「この子を探しているんです」


生き別れの妹でも探すテンションで聞き込みを続けた。


やがて近くの学校に通っているまで特定すると、

校門の前でレジャーシートを敷いて待ち続けた。


不審者として警備員につまみ出されるよりも先に、

ついに念願にして待望の彼女が校門から出てきた。


「あ!! ま、待って!!」


思わず声をかけた。

校門に待機していた他校の生徒。

告白かと察した友達は二人きりにしてくれた。


「あの、あの、俺のこと、覚えてる!?」


「え……いえ」


「恋人だったじゃないか!!

 最初のデートは動物園、覚えてるはず!!」


どれだけ情報を伝えても彼女はぽかんとしていた。


「失礼ですけど人違いでは……?」


「そんなわけない! 君の顔を忘れたことは無い!

 それに、ほら!! 写真だってある!」


大事に生徒手帳に挟んでおいた二人のプリクラ。

えぐめの加工で目がチワワくらい巨大化しているが、

それでも顔はちゃんと認識できるだろう。


「ほら、間違いなく君だ!! そうだろう!?」


「……あ、ああ……わかりました」


「ね! だからもう他人のフリなんてしなくていい!

 法律の3ヶ月恋人ルールなんか気にする必要ない!

 これまでどおりーー……」


「これ私じゃないですね」


「……え?」


確たる証拠を見せつけてもなお答えが変わらない彼女。

予想外すぎて自分は固まった。


「知らないんですか。国家恋愛法は倫理的にNG。

 だからクローン人間をあてがっているんですよ」


「そ、そんなこと……知らない……」


「あなたと一時的に恋人になってくれた人は、

 私がバイトでフェイスモデルを担当したクローンです。

 ほらよく見てください。胸のサイズとか身長とか違うでしょ?

 ボディモデルは別ってことです」


「うそだ……そんな……」


「というわけで、私はあなたの元カノでもなんでもないんです。

 それじゃ失礼しますね。私も練習用恋人の日なんで」


彼女は足早に去っていった。


自分の探している恋人はこの世のどこにもいなかった。

必死に集めていた自分の情報も、複製元の人でしかない。


なるほど、よくできた計画だ。


クローンであれば別れてから

自分のような未練タラタラ人間が出てもたどり着けない。

半強制的に次の恋愛をはじめなくてはならない。


本当に恋愛経験値を溜めるだけの恋愛だったんだ。


「うう……また会いたい……」


校門前で座り込みグスグスと泣き始めた。

足音が近づいてくる。


ついに警備員に見つかったかと顔を上げる。

そこにはさっきの彼女が立っていた。


「……まだ……なにか……?」


「……みたいです」


「はい?」


「恋人みたいです」


「え?」


彼女は練習用恋人のアプリ画面を見せた。

そこには恋愛弱者として登録されている自分が表示されていた。


「ああもうサイアク!

 なんで、あなたみたいな人が最初の恋人なんですか!!

 最初は高身長イケメンの王子様系って決めてたのに!!!」


「恋愛経験値が低いとそういう理想像が高すぎるから

 僕みたいな低身長ブサイクがあてがわれたのでは……?」


「うるさいなぁ!!! もうサイアク!!」



こうして彼女の練習用恋人としての3ヶ月が始まる。


練習用恋人になるということは、

自分の生まれがどこかのかを考えようとしたがもうやめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋愛クソ雑魚向けの恋人 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ