第24話

 話になりゃしねえ!。

 海流は響に何もしてやれない口惜しさのあまりガリガリと手で地面をかいた。

 爪の間に小石が挟まり血がにじむ。


 情けなかった。

 親友を、自分を!助けてくれた響がただの肉塊に成り果てて行くのをただ見ているしか出来ない自分自身が。


 クソ、クソクソクソ!クソッタレが!!。

 今この瞬間、たった一度でいい!。

 俺が櫻井の、錬石術師の異能が使えたらこの状況をひっくり返してやれるのに!。

 海流は血がにじむ手に全神経を集中するが、精霊は何も答えない。

 2神も沈黙を貫いている。


 そうかよ……、どいつもこいつも、誰も助けちゃくれねーんだな。

 海流の心は一層深く、闇に沈んだ。


 心の底、闇の底。

 阿頼耶の深層で海流は誰かの声を聞く。


「――なら、どうしましょう?」

「――それならもう、『奪いましょう』?」


「クハハ」

 海流はいつかどこかで聞いた事があるような懐かしい声へ仄暗い笑みを返した。

 なんだ、簡単な事じゃねーか。


「『請い』、『願い』、『祈り』。

けれど誰も、『与えて』くれないのなら。

俺様は『持てる者』から『奪え』ば良い。それだけの事だ」


 たったそれだけの事になんで今まで気づかなかったんだ?。


 海流は精神を研ぎ澄ますと、まずは加護をかろうじて受けていた精霊とのか細い魔力回路を有り余る魔力でこじ開けた。

 そこに、奴らが『不味い』と拒絶した有り余る魔力を、全力で流し込む!。


「ああああああああ!!!」

 回路を逆しまに焼き尽くす壮絶な痛みが海流を襲う。


「海流サン?ドうしマシた?!」

 突然絶叫を上げた海流に、夏日は戸惑い海流に触れようとして春日は

「だメでス!」と夏日の腕を掴んで引き留めた。


「ナんで止めるの?海流サンがコんなに苦しんデるのに!」

「わからなイ?夏日。カイルさんから溢れル魔力ノ逆巻き方……ただごとじゃなイ」

「ア……」

 春日の言葉に夏日は「モしかシて」と手で口元を覆った。

 互いに頷き合い、同時に答えを放つ。


「『魔触転生』」

 2人はこの皇国の成り立ちを思い出していた。


 ――世界はある日、出し抜けに、創造神と創世神がそれぞれ好き勝手に作り上げて誕生した。


 創造神と創世神。


 どちらが先でもない。どちらが優でもない。

 似ているが相反する世界はぶつかり合い攻めぎ合い、衝突を繰り返していた。

 そんな血で血を洗う戦乱の中、どちらの神のお手づくりだったのか今はもう辿りようもないが「愛乃」の神祖「ソーテール・ベル・マルドゥク」は産声を上げた。


 その姿は些か特殊だった。

 生まれた時から魂だけの存在だった彼は、かけられる言葉の全てに傷つき苦しんだ末、苦労して外殻を作り血肉を得てやっと人並みになれた。


 そうして出来た彼の友は創造神の手勢に殺され、仲間は創世神の一派に惨殺された。


 ソーテールは激怒した。


 その争乱を完膚なきまでに打ち砕くと、死んだ者達に、友に、固く誓った。

 ソーテールの異能は「食人鬼」だったので、その異能をもってソーテールは創造神の手勢も創世神の一派も誰彼構わず喰らいつくした。


 その頃の世界は2つの世界がぶつかり合う衝撃で、魔力の元である「マナ」が生じ、溢れかえっていた。

 ソーテールが誰かを喰らう時、その「マナ」も知らず取り込んでいた。


 体内に蓄積した「マナ」は彼の肉体も精神をも侵食し、やがて臨界に達した時、ソーテールの身体の中で暴れ回った。

 彼がそれを力尽くで捩じ伏せた時、異能に変化が起こった。


 ソーテールの異能は「殺し、喰らった相手の異能を自分の異能に取り込む」異能に変化し、彼はそれを良しとして受け入れた。

 のちの者はこの変生を「魔触転生」と呼ぶ。

 

 ひとつの一族を喰らったらもうひとつの国を。喰らい喰らい行き、ひとつの星を。流れやがては銀河に喰らい付き、小宇宙を飲み込んで。

 いつしか彼は創造神と創世神と肩を並べる勢力となり、今の皇国の母体を作り上げた。


 2神はこうなってからようやく焦り始めた。

『恐怖』を知り、ソーテールに停戦を、許しを求めた。

 ソーテールは許しの代わりに代償を求めた。

 

 創造神からは、のちにこの「はざまの世界」と呼ばれる世界を割譲され、

 創世神からはお手作りの血族「聖良」を譲り受けた。


 2神がソーテール恐れるなら他の神も追随する。

 冥界の神からは「天使」の血族を。

 数多の神々からは建国の寿ぎを。

 そうして、自身の血族の名を「愛乃」と改めた後も皇国は常に2つの世界に睨みをきかせる一大国家として今も君臨している――




「ソの『魔触転生』が海流サンにも起きテいると言うの?」

 夏日は終わりのない痛みに苦悶している海流を心配そうに見つめながら春日に尋ねる。

「うン。カイルさんはソーテールと同じク、創造神さまニも創世神さまにも嫌われテ、内からノ膨大な魔力を昇華モ発散モすルすべも無く生きてきタ。

 だから海流さんにだっテ神祖ト似タような変化が起きてモおかしくないヨ。

 見届けよウ?」

「ウん」

 夏日の頷きに春日も返した。


「僕たちは神話ノ再現ノ場ニ立ち会っていルんダ」

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