第25話

 燃える。

 魔力回路がオーバーヒートして焼き付けを起こし、海流を責め苛む。

 体内を巡る血液が煮えたぎり、沸騰し、蒸発しているかのようだ。


 だが海流は負けなかった。

 決して屈しなかった。


 俺は成る。

 愛する両親だけがその『未来』を信じてくれたから。

 母上が剪定し、父上が整えてくださった道の先に、今、行くんだよ!!。

 

「その意気よ海流、頑張って」

 どこからか、声をかけられて海流は意識の奥底で周囲を見渡した。

 

 その声に、海流は聞き覚えがあった。

 ずっと昔に聞き、ずっと聞きたかった声だった。


「母…上?ですか?」

 再会の喜びに震える声を抑えて問うと芝蘭の意識体は

「はい」とにっこり笑って頷いた。


「わたくしは『幾多居るあなた達』の母の芝蘭の集合体よ。あなたはこの『未来線』の海流ね?。

 ざっくりとここのあなたの人生を『視』てみたけれど。あらあら、まあまあ。こんなにもひねくれもせず心根の真っすぐな子に成長したこと!。

 とっても素敵よ。それに迦允様似だし、かっこいいわね。ちょっと触ってもいいかしら?」

 芝蘭は海流に近づくと、その顔をぺたぺたと触る。

「うふふ。もちもちではなくなってしまったけれど、間違いなくわたくしの可愛い海流だわ。良い『未来線』を『視(み)』つけて掴んだわね。いい仕事よ、わたくし」

「あ、あの、母上?」

 頬を頭をぺたぺたもちもちと容赦なく撫で繰り捏ね回され、想像していた再会の喜びの場面とはちょっとずれていたので海流は戸惑う。


「あら?引いちゃってる?。うふふ。ごめんなさいね。

 だって並行世界だとあなたったらこの歳に至るまでに自死してたり、裏社会に入ってたりして可愛らしさのカケラもなくなってしまうのだもの。

 それが『ここ』からの『未来線』ならどの並行世界でも80%の確率で海流は『錬石術師』に更なる変化と繁栄をもたらす『者』に成るのよ?。なんて胸がすく眺めなのかしら!」

 芝蘭はつま先立って額に手を当て自分を取り巻く世界の『未来』に感極まったのかぴょこんと跳ねる。

「もう少しいいでしょう?海流。頑張ってこの『未来線』を掴んだわたくしセルフご褒美をあげても?」

「う、うん」

「ありがとう!やっぱりわたくしの海流はいい子ねぇ」

 引きながらも返した海流に芝蘭は満足げにニッコリ笑顔でひたすら海流を撫でくりまわす。

 そうして気が済むと芝蘭はようやく海流を開放した。


「あ、あの。此処は一体どこですか?」

 海流は母に自分の深層と繋がっていたこの空間の説明を求める。

「ここ?此処は『世界の根源』の中でもっとも深い深淵。原初の泉が湧く広間。

 わたくしが『視』ている『未来線』の一つよ。まだわたくしの寿命で固定していない『未来線』だから、歴史と言う大河の浅瀬程度、『お小遣い稼ぎ』の為に軽く『近未来』しか『視』たことしかなかった海流でも接触できたようね。

 ああ、でも。あなたがこの深淵に到る事が出来た『対価』については安心してちょうだい。

 もともとこの『未来線』を生きているあなたはただ、わたくしがこの『未来線』を覗き『視』に来た瞬間と、タイミングよろしく海流が『自己の深淵に沈み込んだ』時が嚙み合ってしまって、同調(シンクロ)したせいで引っ張りこまれただけだもの。

 つまりわたくしが引き込んだようなものだからそれほど寿命は削られてはいないはずよ。

 ただ、代わりに他の何かを持っていかれているかもしれないわね。どうかしら?」


 言われて海流は自身に意識を返すと、6百万を優に超えていた魔力をごっそりと持っていかれていた事に気づいた。

 手を握り、開くを繰り返して残存魔力を確認すると海流は芝蘭に返答する。


「魔力を持っていかれたよう……です。しかし救国級皇国魔術師が保持している程度の魔力は残されていますが」

「そのようね。あなたは持て余していた魔力だけど『この為に貯めさせた魔力なのでした☆』と、並行世界のわたくしが言っているわ」

「必然……だったのですね」


「『します・させます・させません』。

この3つが『聖良』の標語なの」

芝蘭はクスクスと笑った。


「まるでゲームのTASさんの用語みたいだ」

 海流も釣られ、この場所にきてようやく笑みを浮かべることが出来た。

 状況を理解し心に余裕が生まれた瞬間、海流ははたと自分が置かれていた『現在』の状況を思い出した。


「そ!そうだ母上、母上ほどの異能ならあの先生に放たれた凶弾を外らせる『世界線』に改編出来るのではありませんか?!どうか今一度異能を発揮してください!」

 海流の嘆願にしかし芝蘭はあっさりと「しないわ」と首を振った。


「あなたの『錬石術師』の異能を完全開花させるトリガーが『絶対強者のあの子が凶弾に斃れる世界線』だったとようやく『視』ることが出来たのですもの。いくら海流のお願いでも拒絶します」

「それも必然だと仰るのですか?」

 思わず顔をしかめた海流に芝蘭は悪びれずもせずに答える。

「いいえ。『必然にする』と言っているの。わたくしはそうやってこれまで、欲しかったものは全て異能(ちから)づくで手に入れてきたもの。どれだけ寿命が削れても後悔はしないわ」


「母上は……意外と物騒な方なのですね」

 誰に対しても『優しかった』と記憶している母の本性を垣間見てしまったようで海流は少し落ち着かない。

「そうよ?三鬼神のうちで『聖良』は直接的な武力は行使できない地味な異能だと思われがちですけれど、『視』れる『世界線』に生ける者すべてを冷徹に『剪定』して切り落とす異能ほど怖いものは無いと思うわ。

 わたくしだってこの海流の『未来線』に辿り着くまで、どれだけの生命を刈り取って来たのかしら?。

 海流も絶対に『聖良』だけは敵に回してはだめよ」

 芝蘭は軽い調子でしれっと恐ろしいことを言う。


「ですが、母上の異能に頼れないならあの先生を救う術はありません……」

「もう、海流。しっかりしなさい」 

 肩を落とした海流の頬を芝蘭はツンっとつついた。

「この先の『未来』であなたは『錬石術師』に成るのでしょう?」

「あ……」

「思い出した?」

 芝蘭はクスリと笑った。


「さて。わたくしが『視(読ん)』だ『未来(ものがたり)』はここまで。

 この先の『ものがたり』は海流自身が『編』みなさい」

「私自身が?」


「そうよ。

 この『世界線』で


 迦允さまは今日この日までわたくしの『未来視』を信じて疑わなかった。

 海流はたった1日も錬石術師に成る為の鍛錬を怠らなかった。


 この数百年もの間、1日も1日とてよ?。

 それはとってもすごい事なの!。

 こんな『奇跡(未来)』、わたくしは二度と『視』られない、掴めない!。

 わたくしは持てる命が今尽きても、この『世界線』に繋がる『未来線』だけは絶対に、

 神さまにも聖良の誰にも剪定なんてさせないわ!」


 芝蘭が叫ぶと同時にどこかでガチャリと鍵がかかったような音がした。

 おそらくはこの瞬間こそが、海流が記憶しているあの母が臨終の際に『視(み)』ていた「未来」なのだと肌で理解した。

 もはや誰にもこの「世界線」に至る『過去』に介入する事は出来ないのだ。


 芝蘭と海流の間に見えない障壁が足元からゆっくりと、しかし確実に離断しようと生じている。

 次第に厚くなってゆく壁にぼやけて遠くなる二人の距離に、芝蘭は声の限りと海流へ叫ぶ。


「『ここ』の記憶は、残っていた寿命をかき集めて対価にして『過去』のわたくしと共有しておいたわ!。ただ、あまりにも寿命が少なかったからキーポイント的な時間軸のわたくしにしか伝えられなかったし、記憶の更新のスピードが、あなたが歩んだ時間に間に合わなかったらごめんなさいね。

 まあ、でもQue sera, sera!きっとなるようになるわ!」

「ご心配には及びません!そうなって今、私はそうしてここに立っているのですから!」

 海流も叫び返すと「頼もしいこと!」と芝蘭は嬉しそうに頷いた。


「さあ、聞かせてちょうだい。

 わたくしの可愛い『錬石術師(ストーリーテラー)』さん。

『物』に語るゆえ『物』語。

 あなたの編む『物』語が未来を創造するさまを!」


「はい!」

 返答と同時に。海流は芝蘭がロックした、今は既に『過去』の『線』から完全に弾かれる。

 

 海流の意識が、ゆっくりと浮上する。


「らああああああああああ!!!!!」

 海流は再び咆哮を上げた。


 切り苛まれるような痛みの果て。

 海流はとうとう魔力の暴流で以って、回路の末端にて逃げ惑う精霊共を、捕捉した!。

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