第23話
呟くような呻きは始まりにして、それは終わりの合図だった。
それだけでも十分なのに…。
否。
それだけですら周囲を凍り付かせるのに足りえたのに。
同時に海流の胸にパタパタッとなまぬるい液体のようなものが羽飛んできて、散る。
何……だ?。
海流はゆっくりとした動作で胸に手を当て、付着した液体を手のひらで拭い取る。
とろりとしたその液体はほんのりとあたたかく、鉄の匂いがした。
「これは……血、か?」
正体に気づいた海流はバッ!と血の元を見やる。
そこには額の真ん中を撃ち抜かれた響が力無く崩れ落ちて行く姿があった。
「響ちゃん?!」
海流は咄嗟に響を抱き支えようとした。
しかし一歩間に合わず、響は音もなくそのままドウと地面に倒れ伏した。
「ギャハハハハハ!!」
ボスが1人、笑っていた。
響に銃口を向け、ゲラゲラと笑っていた。
「クハハ!。やってやったぜ!。
こんな事もあろうかとあの金づる様が用意してくださっていた、このアホほど警備が厳しい平和ボケした星じゃとんとお目にかかれねえ『ハジキ』だ!。
世間知らずの坊ちゃんども相手にゃ使うまでもねえと思っていたが、ここに来てぶっ放せるとはな!。
小賢しく俺達を馬鹿にして手こずらせた始末、とくとその身で味わいな!」
ボスはハンドガンを撃ち尽くすとマシンガンに獲物を持ち替え、もはや動くことはない「人の形をしたモノ」に弾丸を撃ち込んで行く。
「おら!撃て!撃て!!お前らも徹底的に撃ちまくれ!やれ!さっさとしろ!」
「あ…う?」
「あ。ああああ!!!!!」
ボスにあてられたのか、正気を失った配下の輩達も即席の転移陣から銃を取り出して追従の引き金を引く。
バンッ!。
バババ、バババババババババ!。
「し、死ね!」
「そうだ!死ね!死ね!死ねぇぇ!!」
弾丸は響だった「モノ」に、当たるところから血煙を舞わせた。
そのむせかえる血と硝煙の匂いが場の狂乱の度合いを高めてゆく。
「止めろ!」
「ダメデす!カイルさん!」
「お願イ!下がっテ!」
響が蜂の巣にされる中、それでも彼を救い出そうとする海流を東雲の兄弟は2人がかりで取り押さえ、背の高い草むらに転がるようにして身を移し、とにかく遠くへにじり下がった。
「ふざけんなよ!国際条約でこの『リル・ダヴァル』の星では他者を害する魔法の使用、ならびに櫻井の者でさえ銃火器の作成、持ち込み、所持は禁止されてるっつーのに!」
だがこの事案の首謀者である莎丹はこのリル・ダヴァル星生まれのリル・ダヴァル星育ちだ。どこかに櫻井の目が届かない場を作り、密かに隠していたのかもしれない。
莎丹の野郎、こんな物を使ってまで俺を殺しきりたかったとは。乃蒼を傀儡にするだけじゃ飽き足らねーってか!。
莎丹の狂気に海流は憤怒する。
「いケなイ!カイルさん頭を起こさなイで!」
「流れ弾に当たリマす!」
「離せ!響ちゃんは俺達を助けてくれたんだぞ?!そんな人を目の前でむざむざ殺させられっか!」
櫻井の屋敷に帰ればリザレクション・ポーションがある。
アレさえ使えば響ちゃんを復活させられる!。
「遺体を!一部分だけでもいい!回収するんだ!」
喚く海流のすぐ側にまで血肉が飛び散って来る。
銃弾の雨嵐はまだ止まらない。
早く……回収を……。だがあそこまで蜂の巣にされては、たとえ親父謹製の最高級ポーションでも五体満足には程遠い蘇生になっちまう可能性は高いが。
しかし何もしないよりはマシだ!。
「シールドヲ展開しまス!来テ!『カトプレバス』くん!」
春日がPCから地面に召喚陣を照射し、神獣カトプレバスを召喚する。
「『カトプレバス』クン『物理反射』のスキル、オ願い!」
夏日のコマンドに応えて神獣は防御結界を展開した。
結界は海流を中心に半径5メートルほどの範囲に広がって、即座に銃弾を跳ね返し始める。
流石に響にまでは効果範囲を広げる事は出来なかったが。
「ジーヤゥさんモ早く!結界の範囲に入っテ!受け入れさせまスかラ!」
春日が悲痛な叫び声を上げる。
紫釉の頬を流れた銃弾が掠める。が、それを気にする風もなく紫釉はゆっくりと地面を見渡すだけで動かない。
「逃げろ!馬鹿か?!」
海流の声に、立ち尽くしたままだった紫釉はようやっと動いた。
ように見えた。
しかし紫釉は傍らで撃たれ続けている響には目もくれず、少し離れた所に移動してしゃがみ込んだ。
視線の先には小鳥の巣があった。
「こんな時まで動物優先かよ!」
「雀仔重要過佢」
紫釉は海流も無視し、ヒバリの巣を異常がないか確かめている。
残念な事に流れ弾が当たったのか巣は崩壊していた。
卵も当然割れている。
紫釉の瞳が怒りに染まる。
「魂よ、黄泉還れ」
コマンドだけは皇国語なのだろうか?。紫釉は拙い滑舌ながらも皇国語でコマンド呟き、割れていた卵に手をかざした。
するとどうだ、卵が光り輝いたかと思うと元から割れてなどいなかったかのように殻は元に戻り、ころんとした丸いフォルムを取り戻したではないか。
こいつ……ヒーラーか?。
『白魔道師』か『聖職者』なのか?。はたまた時を巻き戻す『タイムターナー』か?。
この際何でも良いと海流は思った。
「頼む!そいつを響ちゃんにかけてくれ!。少しは痛みが違うだろ?!」
しかし紫釉はすげなくプイと海流からそっぽを向く。
「唔係必要」
返答した瞬間、新たな弾丸が飛来し、紫釉のこめかみを浅く掠めた。
衝撃でヘッドバンド一体型イヤーマフが千切れて銀髪が夜風に舞う。
風は紫釉の頬を撫で、イヤーマフに押し込んでいた亜人の……ハイエルフ特有の長い耳を月明かりの下で露わにした。
と同時に、とさりと地面に落ちたイヤーマフの下に隠されていたもう一つの秘密に3人は瞠目し、息を呑んだ。
紫釉のそこ、額には。
漆黒から紫に、そして怒りの赫へとグラデーションしている第3の瞳があった。
ただの瞳では無い。真白の瞳孔を激怒のあまり十六夜の月のように細める姿は見間違えようがない。
「トリニティムーン」だ。
「『天使(あまつか)』様……」
3人は誰とも無く呟いた。
「我叫 月紫釉」
だが紫釉は決して己は『天使』などでは無いと冷たく言い放つ。
「我會再講多次,我叫月紫釉」
いっそ恐ろしいまでの狂気を吐いて、紫釉は己を「ユッ・ジーヤゥ」であると存在証明せんとする。
「ソ……デすね」
あまりの迫力に3人は圧倒される。
「まさカ『天使』様が亜人ノ血を受けテイるなんて」
「ソれも、高度な神位魔法素材とシても、ソの姿の美シさやアの……具合の良サからも男女共に最高級の性奴隷とシても珍重サれテ全宇宙で狩りつくサれた末に、絶滅危惧種とシて保護指定サれテいるハイエルフだナんテ」
「『亜人奴隷解放宣言』が発令されてからまだたったの2千年しか経ってねえ。
貴人優位の世界で亜人の血を色濃く受けてるこいつを第1皇位継承者に推したくも、『天使』様とて今の今までひた隠したくなる訳か」
だ、だがその異能があれば響ちゃんを冥界から喚び戻せる?。
海流は気づいた側から叫ぶように言った。
「わ、分かった!アンタが月紫釉様なのは分かったから、響ちゃんにさっきのアブソリューション・ヒールを!『黄泉還り』の奇跡を起こしてくれ!。今ならまだ間に合う!」
「唔係必要」
海流の嘆願に、しかし弾丸の嵐の中、紫釉は先ほどの言葉を重ねて言うだけだった。
それからウサギと巣と卵を大事そうに抱き、再び異能を行使する。
「大気よ……我等を守れ」
とたん、紫釉の周囲の大気が輝きを放ち、固まり、飛来する弾丸を弾きはじめた。
「て、てめーもシールド張れんのかよ!。なんで響ちゃんに張ってやらねーんだよ!!なんで?!」
海流が吠える。
「唔係必要」
紫釉は重ねて重ねて否定すると、大きく首を振る。
言葉はわからないが声音に孕まれた怒気に、断固拒絶の意思を見る。
響と紫釉の間にどれほどの事があったらそこまでの憎しみを生じ抱えているのか?。
そんな事を考えている間にも、響は人としての形を、尊厳を破壊されていく。
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