第22話

「うウん、説明がムつかシイんでスが『愛乃響』様は今皇国に2人いラっしゃっるんでス。

 ほラ、『愛乃』様の御血族は誅殺暗殺避けル為、親族で年齢が近しい者がいラっしゃったラ、同じ漢字を付けて暗殺者ヲ欺く事にしてイラっしゃるでショ?。

 今上陛下は『麗(レイ)』様だけど『麗(うらら)』姫ト言ウお姫様が妹姫としていらっしゃッタみたいニ。

 どノ愛乃様も普段はフードやベールなドで、顔ヲお隠しニなっていルから出来る芸当なんだけド。

 こちらノ響サマは傍流ノほうで、えーット。


 詳しくワ電車ノ中デ纏めタ書類ヲ、クラウドに上げたノで各自同期しテくださイ」

「「りょ」」

 2人はスマホをクラウドと同期し、春日が纏めたファイルを読みはじめた。

 なになに?。


「愛乃響/あいのひびき

【業魔族】

【爵位 子爵で止めたまま放置】


「本家『愛乃』では無く傍流の、言葉は悪いが廉価版である。

 我が『熾天似連星皇国 クリフォト』の主星「テネブライ」の皇都「パンデモニウム」生まれ。


 御歳 1128歳」


 ふーん。俺様が今954歳だからちょい上か。

 大卒したてって辺りだな。

 響の、ちょうど「じゅーご!」とキリが良いのか悪いのか分からないカウントを聞きつつ、海流はそんな事を考えながら読み進める。


「ご存じの通り、皇国において3家が持ち回りで皇位をいただく『三鬼神』と呼ばれる『大公爵』、『魔貴族』愛乃の血族は、『ソーテール・ベル・マルドゥク』様を神祖とし、創造神様と創世神様が相争っていた昔から続く古い血族。

 異能については『食人鬼』『吸血鬼』『吸精鬼』『魂喰い人』『喰星鬼』『侵略者』などなど様々な呼び名で号されているが、ここでは【食人鬼】を取り上げておく。


 世間では『神祖』様は基礎戦闘力が高く、殺戮を好み『人を喰らう』性質だけで他の種族から恐れられていたようだが、実際は食い殺して族滅(ミナゴロシ)した種族の能力を全て自分の異能として取り込んでしまう、この世界で唯一無二の異能を持っていた。


 その為、この血族の一極強大化を恐れた創造神様と創世神様、そして他の種族からの懇願によって、

『族滅』までは他の種族を喰らわない代わりに、この、創造神様がお造りになった世界と創世神様がお作りになった世界の隙間、『はざまの世界』を2神からぶんどった。


『まア、この方は傍流なノデ、神祖さまノ血を正シく受け継ぐ本家愛乃様ほどノ異能は持って居なイト思いまスが』」

 春日はどうしても注釈を付けたかったのか、小さなフォントでコメントを付けていた。


「にじゅー、にーじゅいち」

 海流はカウントを聞きながら、こちら側の土手にぶっ飛ばされて突き刺さり気を失った輩をひょいと避けて、ファイルに集中する。


「そうして他の種族から喰らい、奪った能力は『封印』や『黙示録』という封式で愛乃の異能の内に収蔵されており、それらを『解封』する事で取り込んだ異能を行使する。

『多重解封』をすれば各種組み合わせるなど自在に使役出来るし、喰らいつくしていない異能は、その異能者より採取した血を飲むなどして読み込む事で『解放』して行使する事も出来る」


 そうか、あの始業式の日に腰のバッグから取り出して飲んでた試験管の中身は本当に枢機卿か聖女様の血だったって訳か。それからその血の持ち主だた奴の異能を引き出す、ね?。

 海流は始業式の日の響の行動が一瞬頭をよぎる。


「なるほど、チートじゃねーの」

『ダブル』の異能持ちどころの話じゃなかったわ、そりゃクソ2神もビビるわ、うん。


 ふと、海流は迦允に食べさせられた牛肉の味を思い出す。

 そうねー。そりゃ親父も愛乃様に他種族を食い散らかされない為にコピー肉の生産や精度にこだわるわけだわ。腹減ったからってそこら辺のニンゲンをつまみ食いされたらたまったもんじゃねーからな。


「『ちなみニ。『食人欲』は創造神様お手造りノ御血族ノ櫻井家が代々謹製すル抑制薬で抑えテるんだそうでス。

 麗皇帝陛下はロリポップキャンディ、妹姫様は口紅タイプ。

 響サマは本家愛乃様も傍流愛乃様も御2人共シーシャな所を見るト、傍流の響サマも少し大人ぶリたいお年頃なノかモ』」


 はあん?確かにあのシーシャ、リラックス用って言ってたっけか。

 響の喫煙の邪魔だけはすまいと固く心に誓う海流と夏日だった。


「そシて今の所、魔術師は関係ナいと言う」

「もー!最後まデ読んデ!」

「へいへい」


「その愛乃の傍流の響氏であるが、両親は定かでは無いものの、既に宰相の地位に就いていた櫻井迦允が後見人を引き受けて家庭教師による英才教育を施された。

彼はまるで『先祖返り』をしたかのような素養を持っており、他の魔族ならば保育園に通うほどの歳……僅か62歳で皇国の大学院課程を修める。

 殊に古代魔法に並々ならぬ興味を持っており、研究者としての道を進むだろうと誰もが考えていたが、陛下に才を買われ、皇国の『特別軍事参謀官』に就任。

 国攻の最前線に送り込まれれば、それまで優勢だった敵国の将が畏怖するような戦略を打ち出して国軍を動かし、あまたの強国を次々に攻め滅ぼす功績を上げ、それをもって男爵位を授爵。あれよあれよと言う間に子爵に陞爵される。

『以後はめんどくさくなっタノか陞爵は固辞しテまスね』」


「めんどいんだー」

「侯爵もめんどいデすよー?。トくに家同士のお付き合いトか。ボク達は2人ダカらなんとかヤってマすガ」

 櫻井家は全て迦允任せなので、海流はまたしても何も知らない。


「特に人の語り口に上がるのは『リル・ダヴァル王国』の討伐だろうか?。

 創造神の加護のはあれど、永世中立星だった『リル・ダヴァル王国』がクーデターによって転覆後、殺戮武器商会に成り果てた事に心を痛めていた亡国の王子の切なる願いを受け、響は彼の星にたったひとりで降り立った。


 その時、齢115歳。

 まだまだ幼稚舎や初等部に上がるか上がらないかの年齢のたったひとりの幼児を相手に、初めは商会の者も『皇国も、ガキを送り込むとは落ちたもんだな』と馬鹿にしていた。

 しかし響は得意の古代魔法や内包していた異能を全て『解呪』して同時展開、一騎当『千』どころか『万』の武力で数万の櫻井の血族が繰り出す殺傷武器攻撃を無力化し抵抗勢力を皆鏖殺。一夜もかからず星ひとつを平らげて、長の亜鈴の片腕だけを土産に、亡国の王子にその玉座を返した」


「Est-ce à propos de mon père ?」

「落ちツいてクだサい。リル・ダヴァル語が出テマすよ。亡国の王子さまワすなわち迦允様の事デすね」


「あんのクソ親父!マジで何も教えてくれてねーから、俺様ひ、ひ、ひ、響様に盛大にやらかしちまったじゃねーか!」

 海流は頭を抱えるが時すでに遅し、である。


「そノ後ノ響さまノ躍進も言うニ及ばズ」

 春日はスマホをぶん投げた海流に聞かせる為に、ファイルの文章を読み上げ始めた。


「古代魔法界隈では、眠ってイた魔法陣や式ヲ見つケ出しては現代式ニ編み直すメソッドを作り上ゲ学会を沸かせ。国軍ニおいても常ニ最前線ニ立ちながらモ後進を育て上げる姿は、さながら愛乃ノ神祖『ソーテール・ベル・マルドゥク』サマノ再来とも言わレ、人々から『神殺級皇国魔術師』とも呼バれるようにナり、創造神サマも創世神サマも響さまノ一挙一動を注視していル」


「あの『神殺級皇国魔術師』様だったかー」

 海流はほえぇっと茫然として響を見つめる。

「やっぱり『神殺級皇国魔術師』でしタね」

「はいー、皇国でタった御一人の」

 東雲の兄弟もただただ小さく頷くことしか出来ないでいる。


「噉樣係一個誤導」


 春日の言葉を受けてか、後方から声をかけられた。

 輩か?!とビクリとした3人だったが、そこに居たのは学園で幾度か出くわした亜人の生徒、月紫釉だった。


 制服姿だが学園帰りだろうか?。

 月明かりの下、今はフードを被って居ないがヘッドバンドと一体型のイヤーマフは装着したまま、いつ見かけても抱いているウサギを抱き、美しい銀髪を惜しみなく煌めかせている。


 すぐ近くから声をかけられたので、すわエレメンタルウォールの効力が切れたのかと思ったが、紫釉は3人を見ているわけでは無く、183cmの海流より少し低い位置から、輩達と楽しそうに遊んでいる響をひたすら睨め付けていただけだった。


 その表情には強い憎悪が見え、隠そうともしない。


 響が輩達の注意を惹きつけていた事もあるが、東雲の兄弟も本来の異能をフル解禁出来るスペースや精神状態も整った為、3人はもうこちらへ火の粉が飛んでもなんとかなると判断。

 余裕が出来ると紫釉の言葉が気になってしまった海流は夏日にスキルを解除するよう指示すると、姿を見せて紫釉に聞き返した。


「さっき、お前何て言った?」

「噉樣係一個誤導、真相係隱藏咗嘅」

「ちっ、何語だよ?。皇国語が聞き取れんなら皇国語しゃべれや」

「唔肯」

 紫釉は突然現れた3人に驚く事も視線を向ける事も無く、しかし有名なストラッツァの彫刻にも劣らない美貌を顰めたままだったが言い直しはしてくれた……理解はできなかったが。

 その間も白銀のまつ毛の下から凍るように冷たい紫の瞳をただただ響に向けている。


 あいも変わらず寝不足なのか?クマが深いが。あれだけ居眠りしてるくせに何なんだこの野郎?。

てかコイツ、響様の正体を知っているようだがそれでもなお睨み付けるとか、一体何様よ?。まあ答えられてももう俺様のいたいけな脳みそのキャパの空きはもう0だが?。


「音声翻訳かけマした!。

『それは違う、そんなものは目くらましにすぎない』

との事デす」

「後、皇国語を話す気は無いソうでス」

「いちいち翻訳めんどくせーな、オイ」


「しゅーくんじゃん!」

 カウントは150を超えていた。更に言うと響は海流たちがファイルを読んでいたたったそれだけの時間であの200人近く居た輩のうち、なんと5分の1ほどを残してみな意識を刈り取っていた。

 紫釉に気付いた響はキャるんと跳ね、即座に紫釉の元にかっ飛んできた。


「しゅーくん何してるのー?あ、お散歩?。そう言えば下宿先が立川だってサクライに聞いてるー!。転移陣があったって遠いんだから響みたく学園寮に入っちゃえば良いのに。そしたらまた昔みたいに遊べるよ?」

「收聲」


「ちょ、ま!バレる!俺らの居場所バレっから!響(ひびき)様!」

 東雲の兄弟による迎撃は出来る状態だが、しないで済むならしない方がいいに決まっている。

 海流は慌てて両手で大きくバツ印を作る。


「さま?……ありゃー?もう身バレしちゃった?」

 響は「あはは!」とカラリと笑い

「『ゆら』で良いよ?」とウインクした。


「『ゆら』って呼び名は元々響が市井に遊びに出る時だけ使ってた通り名なんだけど、以外としっくり来てたと言うか?韻きが可愛いし?。

 何よりしゅーくんと出会った時に名乗ってた名前だからお気に入りでさ。しゅーくんとは幼い頃に離れ離れになっちゃったけど、再会も出来た事だし?。これからは『ゆら』の方を名乗って行こうと思って、最近はみんなに『ゆら』って呼ぶように言ってるの。

 だからー?。君達にも『ゆら』って呼んで欲しいなぁー?」


 響は戦闘中だとは思えないほどの暢気さで手を後ろで組み、紫釉を背にして海流を下から、東雲兄弟には目線を合わせてあざと可愛くおねだりして来る。

【食人鬼】だと知らなければ速攻でお持ち帰りしてしまう可愛さだ。

 だが、今は存じ上げてしまった3人なので選択肢は1つしかない。


 強制ですね?分かります!。

 3人はコクコクと頷く。


「「「ゆらチャン」」」


「わぁい」

 響は顔を綻ばせて笑む。覗く白い歯と鋭い犬歯が眩しい。

「素直な子達だね。よい子よい子☆」

 響はゴキゲンで「よく出来ました」と3人の頭を撫でる。若干強めが過ぎて首がグラングランするが、力加減はしてくれてコレなのだろう。


「……頂你個肺」

 紫釉は響から目を背けて吐き捨てる。

「ふざけてなんかないもーん。

 てゆっかー、しゅーくんはもうご飯食べた?。どーせ居眠りが過ぎて放校時間過ぎて学園の警備員さんに追い出されたんでしょ?。何か食べに行こーよ?。

 それか、コンビニなら血液パックくらいは置いてあるから、ついでにサンドイッチでも買って2人で晩御飯しよ?。ウサギってレタス食べる?」

「唔好摸」

「やだー、もう離さないし!」

 響は愛らしく頬を膨らませて、鬱陶しがる紫釉の袖を引き、纏わりつき始めた。

 残りの3人は完全に蚊帳の外である。

 どうしたもんだろうか?。

 海流達は目を見合わせて戸惑うしかない。


 その時。

 空を切り裂くように「パン!」と高らかな音がした。


「あ……」

 響の額に「赤い証」が落ち、口から小さな音が溢れて落ちる。

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