第19話 体育祭当日

 ついに訪れたのは体育祭当日。

 校長先生の長い話が終わり、陸上部とサッカー部の部長が選手宣誓を行った後に訪れた準備体操。


 ダラダラとした動きが目立つ中、ひときわ輝くのは碧海の伸ばされた腕。

 朝礼台で見せる準備体操よりもよっぽど綺麗で、周りの視線を多く集めていた。


 だが、碧海が見るのは朝礼台に立つ女生徒でもなければ周りの人物でもない。


(めちゃくちゃボッチじゃん)


 裁縫の針で縫うかのように人の間に目を通す碧海が見つめるのは、1人で黙々と準備体操をする愁斗の姿。


 流石の体育祭と言うべきか、最初のこの場では愁斗の周りに女生徒は集まらないらしい。

 それでも視線が集まるのは、愁斗の顔の良さがあるからだろう。


 若干の嫉妬が碧海を蝕むが、昨夜みっちり話し尽くしたMINEのことを思い出して頬をはゆるっゆる。


「――碧海!碧海ってば!いつまで体操してるの!」


 突然聞こえてくるのは、背後で準備体操をしていたはずの友人の声。

 グワッと勢いよく肩を掴んで碧海の動きを止めさせるが、今の碧海の脳内にあるのは愁斗の顔だけ。


 もうすでに準備体操は終わっているというのに、未だに腕を伸ばしたり縮めたり、膝を曲げたり伸ばしたりし続ける碧海は「ふへへっ」と気味の悪い笑みを浮かべる。


「ふへっ……。私の氷野くん……好き……」

「碧海のじゃないから!というか良い加減止まってくれない!?」


 さらなる注目が集まる中、無我夢中で碧海の動きを止めさせようとするのは立花たちばな帆華ほのか


 ピンク色が目立つ髪はポニーテールに結ばれており、外ハネの毛先はまるで馬の尻尾のようにサラサラ。

 碧海よりも豊富な果実を身につける胸部は、数多の男の視線を鷲掴みにし、現在進行系でも「隣のあいつ結構良いな」と噂されているほど。


 そんな帆華は、この学園では珍しい愁斗を好きじゃない少数派の人間。

 元の性格が相まってか、どうにも完璧な人間が好きになれないらしい。


 自分がお世話をし、自分がいなくちゃダメダメで、自分がいるからこそ生きられる。

 それが帆華が探し求める男性像であり、ちょっとした癖がある部分。


 類は友を呼ぶとはこのことなのだろう。

 碧海が変人が故に、隣には変人がつく。だがまぁ、恋の形など人それぞれ。


 碧海しか知らない事実である以上、帆華は普通の女子高校生として碧海に振り回されている。

 現在進行系で。


「ほら!早く席帰るよ!」

「氷野くんと話したいぃ……。いや話す!!」


 バスケ部の希望の星とも呼ばれている人間にもなれば、帰宅部の力などいとも簡単に振りほどけるらしい。

 まるでリードを外した狂犬であるかのように勢いよく飛び出した碧海は、満面の笑みとともにぞろぞろと自責に戻ろうとする生徒の間を潜り抜けていく。


 そうして辿り着いたのは、女生徒に囲まれる愁斗の下。

 自由時間にもなれば、碧海のように愁斗のもとに走る女生徒は多くいる。


 それは場所が近い人ほど愁斗と話せる機会が増え、距離も近くになるのも必然。

 故に、女生徒に阻まれた碧海は愁斗と話せないでいた。


「ねね!氷野さん!」

「ちょっとツーショット撮らない!?」

「あっ!この後さ!」

「弁当作ってきたんだけど!!」


 四方八方から聞こえてくる提案の声にうんともすんとも反応しない愁斗はほほ笑み顔を貫いたまま。


 きっと、この場にいる女生徒の全員は現在愁斗の心のなかでどんな言葉が並べられているのか知らないのだろう。

 もちろんそれは碧海も知ることはなく、無我夢中で女生徒を押し退けて愁斗の顔を一目拝もうとする。


(だりぃ……。ガチで邪魔過ぎる)


 ほほ笑みの裏でそんな言葉を隠し持つ愁斗は、女生徒の気分だけは損なわないように小さく頷き続ける。


 そしてチラッと視界の端に映った青藍の髪。

 その髪はここ最近ずっと見ていたものであり、愁斗の中では若干見飽きつつある髪色。

 だが、今この瞬間だけは有り難かたい……


(わけがないだろ。こっち来んなあっち行け)


 碧海の方向にほほ笑みを浮かべながらも、眼力を強めて訴えてみるのだが、当然のように碧海の動きが留まるわけがない。


 愁斗は愁斗なりにそれなりの修羅場を乗り越えてきた。

 だからよく分かるのだ。この場で碧海が登場し、愁斗と仲良く話す姿を公開した後のことが。


 碧海に敵対心が向くのはもちろんのこと、体育祭の種目なんてそっちのけで愁斗に質問攻めが来るということも。


 だからこその愁斗の願いだったのだが、案の定碧海は目の前に来てしまった。

 現時点ですら押し退けてやって来たせいで周りからとんでもない目を向けられているというのに、気にしまいと言わんばかりに満面の笑みで口を切った。


「ツーショット撮ろ!あとちゃんと弁当は手作りだよ!」

「……」

「あれ?氷野くーん!おーい!」

「…………」

「なんでニッコリ笑みだけなのー!」


 当然のように無言を決め込む愁斗に首を傾げ続ける碧海。

 周りからの目を気にしないのは、碧海のメンタルの強さが故のこと。


 周りの目を気にしないのは、何事に対しても大切になることが多い。だが、時には周りの目を気にし、空気を読まなくちゃならない時がある。


 例で言えば、香川県のうどん屋をイメージすれば良いだろう。

 うどん屋というのは回転率が求められる。特に香川県のうどんは安く、たくさん売らなければ売上は早々に伸びない。


 それでもうどん屋さんが潰れないのは、沢山の香川県民がうどん屋を利用し続けるから。

 1玉でも2玉でも3玉でも、香川県民はうどんを食べ続け、うどん屋の利益を伸ばし続けている。


 それでも1日に100人以上に来てほしいと願ううどん屋さんは多い。

 それはもちろんお客さんである香川県民も分かっている。


 故に、香川県民は異常に食べるスピードが早いのだ。

 早い人で3玉を3分で食べ終え、遅い人でも15分かかれば良い方。


 それは、待っているお客さんをすぐに席につかせるためでもあり、うどんはそれほどまでに食べやすいため。

 ひとつの親切心から来るものであるその行動は、はたして碧海にもできるのだろうか。


 そして、空席を待つお客さんの立場である他の女子生徒たちは、うどん屋で長居する碧海のような存在にどんな感情を抱くだろうか。

 答えなんてたったひとつ。

『怒りが湧き上がる』それだけに尽きるのだ。


「……あの子調子乗り過ぎじゃない?」

「馴れ馴れしすぎ……」

「私押し退けられたんだけど……」


 所々で巻き上がる愚痴の数々。

 流石の碧海もその愚痴には気づいたようで、ピタリと止めた表情は愁斗のほほ笑み顔を見つめるだけ。


「そろそろ自席に戻ってくれるかな?君たち。競技が始められないんだ」


 明らかに雰囲気が悪くなるこの場に顔を挟ませてきたのは、愁斗にとっては救世主のような存在の飛彩の声。

 悠然だった髪の毛は、きっと夏鈴にいじられたのだろう。


 黒いリボンで止められた髪はハーフアップにされており、赤いハチマキにはハートのピンや『LOVE』という文字がペンで描かれていた。


 初めて見る生徒会長の姿があまりにも滑稽だったのだろう。

 吹き出してしまうのは1人だけではなく、続々と笑みを浮かべていく。


「会長って結構ギャルだったんだ……!」

「めっちゃ陽キャじゃん!」

「えっ!私もデコレーションしてみたい!」


 はたして飛彩はこの状況を狙っていたのかどうか。その真意はこの場の誰もわかることはなく、注意が飛彩に逸れたことでホッと胸を撫で下ろす愁斗は考えることすらしていない。


 だが、横目に碧海に目を向け、


「応援しろよ」


 ほほ笑みなんてなんもなしに、それだけを残してこの場を去った。

 愁斗はただ、誰かに詮索されるのが面倒くさいだけであり、友達としての交友は素直に嬉しくある。


 それ故に発した言葉は、当然のように碧海の表情を満面の笑みにさせ、


「うんっ!もちろんっ!」


 弾ませた言葉が運動場いっぱいに響き渡った。

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