第6話 雨あがる(最終話)

 学校帰りの田んぼ道。僕たちはぬかるむ泥の上を四人揃って歩いていた。


 僕は結局、紙山さんのあの言葉を信じることにした。彼女は放送室で「原町くんとは仲良しじゃない」と答えてくれた。だったら紙山さんの気持ちを無視してまで、本を貸した理由を知る必要などないと思った。


 わかれ道が近づいてきた頃、紙山さんが立ち止まって言った。


「藤咲さん、私が原町くんに小説を貸した理由を天野くんにも教えてあげたいの。だってこの中で事情を知らないのは、天野くんだけなんだよ?」


 紙山さんの真剣な眼差しに藤咲さんの顔がこわばった。


「で、でもさ……」


「俺は別にいいよ、天野は親友だし」


 戸惑う藤咲さんの横で、原町くんが田園風景を見つめたまま呟いた。


「わかったよ、原町くんがそう言うなら……」


 藤咲さんが観念したように頷くと、原町くんがふたたび口を開いた。


「じゃあ天野、理由は俺から説明するよ」


 どうして紙山さんが原町くんに本を貸したのか。種明かしはこうだ。


 先日、藤咲さんが実家の本屋で店番をしている所に原町くんが現れた。だけど彼が欲しかった例の小説は在庫がなくて、取り寄せるにも時間がかかりそうだった。そこで藤咲さんは紙山さんが同じ本を持っているのを知っていたので、「貸してもらえるように私から頼んであげようか」と彼に提案したのだという。原町くんは初め遠慮したけど、藤咲さんの猛プッシュによって仕方なく承諾したらしい。


「だけど、どうしてそこまでして委員長が原町くんに?」


 いくら藤咲さんが委員長でも、クラスの男子のためにそこまでするのは不思議だったので聞いてみると、原町くんが頭を掻いてから答えた。


「じつは俺たち、少し前から付き合っているんだ」


 藤咲さんが二人に口止めしていたのには、それなりの理由があった。


「だってクラス委員に彼氏がいるって知れたら冷やかされるでしょ? そうなったら男子がさらに言うことを聞かなくなるじゃない」


 言われてみればそうかもしれない。クラス委員長のゴシップは、男子にとって彼女を攻撃する都合のいい燃料になる。だから僕はこの秘密を誰にも喋らないと、藤咲さんたちに堅く誓った。


 原町くんたちと別れた後、僕と紙山さんは二人で舗装された道路を歩いていた。


「さっきは本当のことを教えてくれてありがとう」


 僕は彼女に感謝の気持ちを伝えた。


「でも本当は……放送室で聞かれた時に答えるべきだったよね」


「紙山さんは悪くないよ。委員長の気持ちも良くわかるし」


「あっ……」


 紙山さんが上をむいて手のひらを天にかざした。僕も一緒になって見上げたら、冷たい粒がポツポツと顔に当たった。


「大変。傘持ってきてないんだっけ?」


 彼女は今朝の放送室でした会話を覚えていて、自分の傘を開くと差しかけてくれた。


「なんだか朝からずっと迷惑かけててごめん」


 僕は情けない気持ちになって彼女に頭を下げた。


「困った時はお互いさまだよ。それに今日は私も助けてもらったし」


「僕が紙山さんを?」


「私が男子に責められた時、原町くんと一緒に立ち上がってくれたでしょ。味方してくれて嬉しかったよ」


 そう言って紙山さんが微笑んだ。考えてみれば、放送室以外で彼女と二人きりになるのはこれがはじめてだった。それも相合傘だなんて。顔から火が出るほど恥ずかしかったけど、僕にはこの場で、どうしても彼女に伝えたいことがあった。


「紙山さん。よかったら今度、お薦めの小説を貸してくれないかな。いつもはあまり読書をしないんだけど、君が好きな本なら読んでみたいんだ」


 勇気を振り絞って、これまで言えなかった気持ちを自分の言葉にして告白した。短い沈黙の後、紙山さんはコクリと頷いた。


「本当はね、天野くんに薦めたい本がたくさんあるの。だからこのあと、私の部屋で本棚を見ながらお話ができると良いんだけど……どうかな?」


「もちろんおじゃまするよ。えっと、それとね……」


「なに?」


 僕は傘を持っている彼女に手を差し出して、遠慮気味にこう尋ねた。


「傘を持つ役目は、僕が代わってもいいかな?」


「うん、ありがとう……」


 紙山さんが頬を赤く染めて呟いた。


 彼女から傘を受け取った後も、雨はしばらく降り続けた。それでも隣にいる紙山さんは太陽のように眩しくて、僕の心にはひとすじの晴れ間が覗いていた。

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ノスタルジック・ノート 元樹伸(もときしん) @Cryrock

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