第6話 スパイ





 このルーディニア国には、母親違いの王子が三人いる。


 私のような一介の騎士では遠目からしか顔を見たことがなかったが、その微妙な力関係から三人の王子たちの話題には事欠かない。


 正妃が産んだ、バートル殿下。


 側妃が産んだ、リトリ王子。


 そして、王が手をつけて妊娠させてしまった平民出身の前代未聞の側妃から産まれた、エナ。


 バートル殿下は二十歳で次期王位継承者だが、二歳年上のリトリ王子も王の座を狙っていると噂が立っている。


 二人ともアルファであり、母親の身分の高さからバートル殿下の方が年下ながらも王位継承権が高い。


 逆に言えば、それぐらいしか二人の兄弟には違いがなかった。それぞれを推している貴族たちの数や勢力は、綺麗に二つに分かれている。


 これからどうなって行くのかは分からないが、どちらが継いでも今の愚王よりはマシだったというのが民衆の意見である。


 そんな継承権で睨み合っている兄たちとはほぼ無関係なのが、オメガの王子であるエナだ。


 エナの母親が平民から側妃になったのは、産まれた子が珍しいオメガだからであった。


 高確率でアルファを産むオメガは、政略結婚において重要な手札になる。そんな思惑と共に王族として認められたエナだったが、それ故に国民に対する露出は少なかった。


 存在は知っているが、どういう人となりかは分からない。それどころか、政治に興味がある人間ぐらいしか名前も覚えていない。そういう存在の王子であった。


「失礼いたしました!」


 私は、すぐに膝を折った。


 エナは気楽に「かしこまらなくて良いって」と言う。私は顔をあげれば、エナは笑っていた。


 エナは、やんちゃそうな十三歳の少年の顔をしている。


「影が薄い王子だっていうのは、自覚があるんだし。そこら辺は、兄貴たちの教育方針なんだけどな」


 王族とは思えないほどに、エナは気楽に喋る。自然体でいられるようにしているのは、兄たちの教育の賜物だろうか。


 エナの母は早逝していると聞いているし、あの愚王が子供の世話をするとは思えない。


「話を戻そうぜ。お前が率いてる隊の調査は、俺が引き受ける。それでいいんだろ?」


 私は、首を横に振る。


 王族と喋ったのは今回が初めてなので緊張はしたが、言うべきことは言わなければならない。それが、私の仕事だ。


 上司は冷や冷やしているだけで、味方になってくれそうにもない。エナの意見の逆らうことが、上司には恐ろしいようだ。


 流石は、それとなく自分の意見を変えていただけはある。王族に逆らうのが怖いのは分かるが、私は部下なのだ。しっかりとサポートしてほしい。


「いいえ。エナ様のお手を煩わせることはありません」


 王族が出てくれば、私の手の届かないところで事態が悪化する可能性があった。あまり考えたくはないが、十分にあり得る話だ。


 それは、よろしくない。


 スパイ行為は重罪だ。死刑もありうる罪だからこそ、下手に重要な身分の者を巻き込んで冤罪を誰かが被るということは避けたかった。


 王族や貴族を巻き込めば、そこには面子を守るための策略や犠牲がつきまとう。スパイなど見つからなくても強引な理由を付けて、罪に問われる人間が出てしまってもおかしくはなかった。


 私には、部下たちを守る責任があるのだ。冤罪で犠牲者でるようなことは避けなければならない。


「安心しろ。俺の直属の部下は、口が硬い。犯人を特定したら、最初にお前に知らせてやる」


 王子の行動に、これ以上の文句は言えない。


 エナが出してきた条件は組織の人間としては、破格のものだ。私は、エナに深々と頭を下げた。



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