第14話 お祭りの準備をするっすよ

 やほー、どもども。リリナっすよ。え?何?師匠じゃなくてなんでお前なのかって?まあ良いじゃないっすか、たまには。今師匠は牢獄に行って、海賊さんに会いに行っているっす。あたしは城に行って、お祭りの準備っすよ。

 昨日の会議を受けて、師匠は早速牢獄に行ったっす。もちろん海賊を仲間にする説得の為っすね。アメインも一緒っす。あたしはソロ活動っす。


「いやー、ここはいっつも忙しそうっすね」

「そう?まあ確かに忙しいけどさ」


 またココンさんに案内、というか目付の人として一緒にいてもらっているっすよ。広い廊下を抜けると、もうすぐ厨房の入り口。鼻の奥に、肉を焼く香ばしい匂いと、焼き立てのパンの香りが混ざって届いてくる。鉄鍋がぶつかる音や、包丁がまな板を叩く音も響いていて、ああ、戦場ってこんな感じかもって思うっす。……それは言いすぎたかもしれないっすね。

 このお城で働いている方たちの料理を全て作っているという厨房――いやー、この前来た時も思ったけど、やっぱ凄いっすね。料理人たちが何人も並んで、それぞれ違う料理を手際よく進めていて、誰も邪魔にならない動きしてるんすよ。あたしも将来はこうなりたいっす。


「さて、やるっすよ」


 『製菓』のスキルが無くっても、あたしはいつか師匠に追いついてみせる。だからあたしは一緒にいるっす。ま、まあ、バイトしかしていなかったからお母さんに働けって言われてもいたっすけど……。でも今は、ちゃんとやるべきことがあるっす。

 王城のキッチンの隅に作ってもらった作業スペース。白い大理石の作業台と、小さなオーブンも借りて、材料もきれいに揃えてもらっている。ここに立つと、ちょっと職人になった気分っすね。


「えっと今日は……シフォンケーキってやつっすね」

「なに?それ」

「ふわふわのケーキっすよ。上手く作れたら分けるっす」


 お祭りの出店まではまだ少し日にちがあるっす。だから今日作るのは試作品。上手く出来れば日持ちもある程度するし、売り物にもなるはず……たぶん。問題は、スキルが無いとどこまで出来るかっすね。師匠には「大丈夫かな?『製菓』無くても……」とは言われたっすけど、きっと大丈夫っす。教えてもらった成果、今こそ見せるっすよ。

 まずは卵を割って、黄身と白身に分けるっす。黄身はボウルに、白身は別の大きめのボウルに入れる。


「おー、卵黄がつやつやでいい色っす」

 砂糖を少しずつ加えて、泡立て器で混ぜると、黄色がだんだん淡くなっていく。この色の変化、見てると楽しいっすね。

 次は油と牛乳を投入。ゆっくり混ぜ合わせながら、小麦粉を入れる。粉が舞って、鼻先がくすぐったくなる気がするっす。


「ふふん、ダマもほとんどないっすよ。順調順調」


 別のボウルでは、白身に砂糖を数回に分けて加えながら泡立てる。師匠から借りた魔法の泡だて器!これなら楽々っす。


「おー、いい感じにツヤが出てきたっす」


 出来上がったメレンゲを黄身の生地に少しずつ混ぜ合わせていく。白と黄色がゆっくりとひとつになって、ふわっとした生地になる。この時点では、見た目も手触りも完璧っす。


 型に流し込み、オーブンへ。扉の向こうで生地が膨らんでいく……あれ?


「なんか膨らみが悪いような……?」

「ほんとうはこうじゃ無いの?」

「そうっすね。もっと膨らむはずっす」


 焼き上がり。型から外すと、ふわふわのシフォンケーキが現れる。香りも悪くない。切り分けて、ひと口かじる。


「……ん?」

 うーん……。甘さもある。でも、師匠の作るやつとは何かが違う。ちょっと硬い気がするっす。どこか、軽いだけで味が薄い感じがするっす。

 ……見た目は同じでも、やっぱスキルの差ってこういうとこに出るんすね。

 自分の舌は、ごまかせないっす。もっと作って試したいけど、材料には限りがある。手を止めて、ふっと息を吐く。


 ――少しだけ、昔話をさせてほしいっす。

 あたしのお父さんは冒険者だったっす。……って言っても、娘のあたしが言うのもなんすけど、そこまで凄い人じゃなかったっす。普通、冒険者っていうと酒場で豪快に飯を食べるのが定番っすけど、お父さんはいつも家で、あたしの手料理を食べてくれたっす。

 お母さんだって料理はしたっすけど、「あたしが作りたい!」って言い張ると、にこにこしながら台所を譲ってくれたっす。

 それで、お父さんは必ず言ってくれたんすよ――「美味しい」って。

 ……その言葉が、今もずっと頭の中に残ってるっす。

 でも、お父さんはもういない。魔物にやられてしまったっす。『勇者』が魔王を倒してからは魔物も減ったけど、それでも時々、手に負えないほど強いのが現れるっす。

 気づけば、あたしは料理から離れて、商人ギルドの手伝いばかりしてたっす。……もしかしたら、逃げてたのかもしれないっすね。あの時の味や笑顔を、もう二度と作れないって思って。

 でも今は違うっす。ここで立ち止まったら、また後悔するに決まってる。

 何度だってやってみればいい。あたしには目標があるっす――師匠に追いついて、胸を張って「一緒にやっていく」って言えるようになるために。

 だから、くじけるわけにはいかないっす。

 その時――頭の中で声がしたっす。


『スキル製菓進化。従業員追加』


 な……なんすかそれー!?

――

 はい、ミナモです。私は今、王国の牢獄に足を踏み入れています。目的はひとつ――ゴローマさんに協力をお願いするためです。

 ナギには別件で動いてもらっているので、今日はアメインと二人。ばあやに渡された地図を片手に、石畳の通りを抜け、鉄格子の影が落ちる建物まで歩いてきました。

 アメインはいつものように、ぴんと立った耳を小さく揺らしながら私の隣を歩いています。牢の前に立つと、鼻先をひくつかせて「うわ、ここ……すごい匂いするね」と小声でつぶやき、肩をすくめました。その何気ない仕草が、少し緊張していた私の心を和らげます。

 ゴローマさんは、薄暗い牢の中でも存在感を放っていました。痩せてはいるのに無駄のない筋肉が服越しにもわかり、組んだ腕や背筋には長年鍛えた者の力強さが宿っています。あぐらをかき、頬杖をつきながらも、その視線は鋭く、まっすぐ私を捉えて離しません。睨んでいるわけではないはずなのに、気づけば私の背筋は自然と伸びていました。

 隣のアメインも、猫のように尻尾をゆらりと揺らしながらも、わずかに耳を伏せ、彼の視線を警戒しているようです。


「……んで、ミナモちゃんよ。雇える当てはついたんか?」


 低く落ち着いた声が、石壁にこだまして耳の奥に残ります。


「えっと……実は、そのことで……」


 勇気を振り絞って口を開くと、ゴローマさんは片眉をぴくりと上げました。


「お?」


 ごくりと唾を飲む。湿った石の匂い、牢獄特有の静寂、鉄格子の冷たいきらめき――その全てが、口から言葉を押し出すのをためらわせるようでした。

 アメインが私の袖を軽く引っ張り、無言で「大丈夫?」と視線を送ってきます。その仕草に小さくうなずき、私は口を開きました。


「アーニャたちの……護衛をお願いしたいんです」

「護衛?」


 短く切り返された声は低く、地面を這って響くようです。

 ゴローマさんは頬杖をやめ、ゆっくりと身を前に出し、目の奥の光がこちらを探るように揺らぎます。アメインはすっと私の横に詰め寄り、いつでも動けるような体勢をとっていました。


「……なんでまた、そんなことをわしに頼むんや?」

「レガシア商会には、昔ゴローマさんの味方だった方が多いって……この前、刺客から聞きました。きっと、その人たちも力になってくれるはずです」


 私の言葉に、ゴローマさんは目を細め、しばらく黙り込みました。


「ちょ、ちょっと待ってくれや。なんで姫?商会長?……落ち着いて説明してくれや」

「ああ、そうでした。ここまでの流れを全部お話ししますね」


 そこから私は、これまでの経緯を一つ残らず語りました。ゴローマさんは腕を組んだまま、時折うなずき、必要以上に表情を動かさず、じっと耳を傾けています。

 やがて話し終えると、ゴローマさんは鼻を鳴らします。


「ほぉ……あの会長の思惑を潰すっていうのなら、悪くない気持ちや。だがな――」


 一瞬、口角がわずかに上がりかけ――すぐに引き締まり、鋭い視線が私を貫きました。


「……裏切るってことは考えへんのか?」


 その問いに、私は間髪入れず首を横に振ります。


「考えません。あなたなら……大丈夫だと思います」


 胸を張って言い切ると、ようやくゴローマさんの口元に笑みが戻りました。


「……ほぉ。そう言い切るたぁ、肝が据わってんな~」


 深く息を吐き、彼は背もたれに体を預けます。


「まぁ、あの会長はいつかぼっこぼこにしてやりたいと思っとったんや。……協力したるでぇ!」

「……! 本当ですか!」

「おうよ。ただし、見返りは必ずよこせや!」

「もちろんです! 本当に、ありがとうございます!」


 全身の緊張が一気に解け、胸の奥から安堵の息が大きく漏れます。固まっていた肩が、ゆっくりと下がっていくのが自分でもわかりました。アメインも「よかったね!」と笑い、小さくガッツポーズをしています。


「ふう……なんとかなった……」


 ――その瞬間。


『――スキル【製菓】進化。従業員が追加されました』


 頭の奥に、久しぶりにあの透き通った声が響きます。


「……え?今の……久々にシステムボイス……?」


 ぽかんと口を開けたまま、私は固まってしまいました。隣でアメインは首をかしげ、「どうしたの?」と耳をぴくぴく動かしています。


「ううん、なんでも無い」


 なにが……起きたんだろ?

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