半島に日が昇る

@makaz

第1話 始まりの演説

 その日は、この国において最大の衝撃だったかもしれない。 チーバ自治区の認定された日だ。 さかのぼること22年前。変異型麻疹の大流行により日の国は国家崩壊の危機に陥った。死者は推定で100万人を超えた。世界中が、原発事故以上に注視した。海外へと飛び火することがあれば戦争になってもおかしくないほどの狂騒となった。一説によればアメ—リア合衆国は核による殲滅さえも一つのプランとしていたと言われる。 そして、この変異型麻疹のはしりがチーバ県だった。 SNSでそのことが拡散されると大きな非難が巻き上がった。毒をまき散らしたと言われ、原発の放射能以上に差別にあった。現に目に見えて麻疹にかかるだけに風評とは違った現実的な問題だっただけに、人の噂も…というわけにはいず、政府は大々的な隔離政策を行った。 その際にチーバ県の県庁所在地であるチーバ市付近である北緯36度線を境として、発病者を全てそれ以南に移動処置を行った。そして壁を作ると県知事は明言をした。 それが大いに評価された。政府も支援をすると表明をした。人道に悖ると抗議する団体もあったが、代替案のない声はメディアにより黙殺された。 しかしここで政府も国民も想像しないことが起きた。 一人のカリスマ性を備えた若者が、南を独立国家にしようと動き出したのだ。そのカリスマによる言葉は、差別、隔離により荒んだ南に住む者の心をつかんだ。もともとその土地にいた者、隔離で追いやられた者、その家族、果ては犯罪者も捕まる前に逃げろとばかりに南へと移り住んだ。 その数は約120万人。その数が日の国に反旗を掲げたのだ。 政府は独立を認めるわけにはいかないと声明をすぐさま発表したものの、隔離政策をやめるわけにもいかず、また壁の建設は大手ゼネコンとの裏取引も囁かれながら速やかに行われていた。 苦渋の決断として自治区として認めることになった。 その若者は一躍英雄として崇められるようになった。 なにより彼は医学部であり、麻疹研究をしていたために変異型に最初に対処し、壁が完成する頃にワクチンを完成させた。そして、自治区成立と共に麻疹の猛威は去った。 陰謀論が当然のように持ち上がり、英雄か世紀の犯罪者かと両極端に意見は割れた。だが、南の者たちは差別され隔離された傷を抱えていて、それを救ってくれた英雄として彼を自治区代表とした。 こうして、暴走半島の乱とも言われた狂騒曲は終焉を迎えた。そしてそれから22年。島国であった日の国は地続きで二国が共存するような形となった。いつしか半島と大陸と呼び合うようになる。 半島は、アメ—リア合衆国と親密になっていき、それまで蜜月であったはずの大陸はアメ—リア合衆国と距離を置き、逆に海を渡った大陸の国と親密になっていく。 これはお互いに大陸として厄介な半島に悩むことにより近づいたと思われた。 22歳で英雄となった若者——金田一五(かねだいちご)は44歳となった現在も代表であり続けた。それは独裁であった。メディア統制が行われ、外からの情報を制限することにより権力を保持し続けた。しかし、それはそれで半島に住む者たちには悪くはない平和が確かにあった。 風向きが変わったのは、金田が核装備を謳い出した頃からだ。 世界は生温い目で見守っていたのをするどい鷹のような目で見るようになり、非難を声にするようになった。 南チーバ半島は改めて独立国家となるべく声明を発表した。


「22年前の災厄を忘れてはならない。そしてあの時の政府の対応を忘れたことはない」 金田は10万人集まったチーバ自治議事堂前の広場で演説をした。「我々、感染者、隔離者は日の国に、政治的にも経済的にも、規制をうけるいわれはないはずなのに、日の国の政府は独立を認めず自治区という位置づけを強いて、税金をとりたてて、それをあろうことか私腹にしている。 大陸への移動は厳格な規制があるにも関わらず莫大な税金を徴取されつづけている。 これは、我々サウスチバリアンが、日の国の腐った政府のために働き収奪される存在であって、命あるものの扱いをうけていないことを意味する。 かつての災厄の時にわたしが発明した金田ワクチンの権利を奪われたこともあった。ワクチンにより利益は大きな富を彼の政府に産み落としたと聞く。しかし、この南半島の自治権を得るために引き換えにした。我々の魂を守るためにはしかたなかった。しかたなかったと思う。だけど申し訳ない。本当にすまない。 だが、ここで新しい世代が産まれ始めた今、その鎖から解き放たれるべきである。新たな体制を自らの手で獲得しなければ、命をもたらされた動物にもなれない。 我々は、大陸とそれに関与する組織の利益のために生きているのではない。普通に生きるための権利を持とうではないか。我々は人間だ。感染者ではない。感染者の末裔ではない。我々は死から生き延びた新人類なのだ」 


 10万人の雄たけびが空に舞った。 

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