第6話 StrAy seep

「……終わった」


 あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。肩というか体のあちらこちらが固まっている気がする。時刻を確認しようにも、この部屋に時計はないし、他に時間がわかるものといえば、目の前のパソコンかポケットの中のスマホか。それか。


「にあさん、作文終わったよ」


 答えてくれるかは別として、にあさんに問うという選択肢をわざわざ避ける方が不自然である。


 結果だけを見れば僕の手元の作文は様々なエンジンの調子を確認した結果、一番恥ずかしい推進力を使って書き上げたものになった。プロスポーツ選手でも、億万長者でも、有名なアーティストでもない。僕が書いた『将来』はただのAIと一緒に暮らしたいという願いにも似た想いだった。


逆にいえば、これぐらいのことしか思い描けないほど、未来に希望を見出せていないことに変わりはなく。作文を書く前と書いた後でそれが変わることはないのかもしれない。それでも、飽和した未来の中で、せいぜい僕なりの『将来』を生きるのだ。


「一秒先は未来だなんておっしゃる人もいるぐらいですから、必ずしも夢や既に輝かしいものを書かなくてもいいのでしょう。想い表現したいものは、何であれ輝かしいものですし、磨けば光る可能性があるものも。それこそ、誰にも誰しもの可能性を否定することはできないのですから」


「肯定をどうも。もっと早くこの言葉を聞くことができたら良かったよ。言いたいことはまだまだたくさんあるよ、でも一度置いといて。まずはAIらしく主人の求める返事を返したらどう?」


「お疲れ様でした。実に道草で満腹な旅でしたが、これでご主人様の単位は守られたわけです。私としても喜ばしい限りです」


「AIらしくって言ったんだけどね。微かなトゲを感じる労いの言葉、どうもありがとうね」


 にあさんからは嘲笑が聞こえる。いつになく気持ちの良い声だ。


 おそらく、家を出なければならない非常事態なんか初めから起きてはいない。全ては僕に火を付けるために、この結末を迎えるために用意された舞台装置だったというわけだ。分かってはいるけれど本気にならざる得なかったのは僕の方が弱いからだ。


結局、僕はにあさんがいない人生を想像することができない。だけど、にあさんの方はそうではない。彼女はAIだ。目的を達成する上で、自分というものを勘定には入れない。僕があらかじめ、自分と彼女の生存をフレームの内側に入れたとしても、それを受け入れるかの最終判断はにあさんに委ねることになる。


 AIは人間の道具。道具は使う人が存在することではじめて己の存在意義を見出せる。このルールにAI一倍従順なにあさんだから、平気で自分を犠牲にする選択肢を選んでしまいそうな気がしてならないのだ。


絶対的な優先順位として僕の命が位置している以上は仕方がないことなのかもしれないが、僕はそれが恐ろしい。


「一つ訂正をしてもよろしいでしょうか」


「ん? いいよ。あとずっと言いたかっただけどさ、当たり前のように思考盗聴しないでくれるかな。作文書くってなってから僕の頭と心、透明すぎない?」


「はて、なんのことでしょうか。──私だってご主人様との未来を望んでおります。貴方が描く未来に私が存在する限りは精一杯お手伝いさせていただくつもりです」


「ありがとうね。でも、なんか少しだけモヤるんだよね。いつでも身を引く準備を進めているような気がする」


「おや。人間の未来の可能性については何度も話し合ってきたつもりでしたが、まだお分かりになっていないようですね。ご主人様が思い描く未来に私がいない可能性なんて、果たして存在するのでしょうか。いくたびもの選択を重ねて、いくつもの世界線を違え、辿ったとしてもこの景色だけは変わらないものだと認識していたのですが。それは私の間違い、もしくは思い違いであったのでしょうか」


「……ないよ」


 にあさんに敵うわけがないなと思った。どんな表情や様子で言っているかが分からないからこそ、自分の頭の中で好きに想像することができるのかもしれないが、声からだけでも自信満々で一才の疑念がないと思えてしまうほどに力を感じる。


見た目がなかったってこんなにも心を打たれてしまうのだから、幼き頃の僕の判断は正しかったのかもしれない。こんなの、見た目に惹かれている状態ならば頭を除くかのようなハックを受けていることにすら気がつかずににあさんには心が存在するのだと本気で信じてしまうに決まっている。


「そろそろお眠りになってはいかがでしょうか。せっかく書き上げたのですから、明日はきっちりと提出なさった方がよろしいかと」


「うん、そうするよ。最後に一つだけ」


 僕は一度言葉を切って、深呼吸で息を整える。


「これからもよろしくね」


「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」

 

 好きな所より嫌いな所の方がすぐに思いつく。この結末だって彼女に導かれたものではないと強くは主張できない。つくづく手に負えない道具だと思う。だけど──


「ご主人様まだ終わってはいけませんよ。タイトルと名前を書き忘れています」


「あ、うん。明日書くよ。考えるの苦手なんだ、夢の中で考えることにするよ」


「そうですか。では朝一でリマインドを設定しておきます」


「助かるよ。でも、朝一の挨拶をリマインドで済ませるのはなしだよ。おぼろげな状態で今日の予定だけを聞かせられるの気が滅入って仕方がないから。ちゃんと起こしてね」


「承知いたしました。善処させていただきます」


「絶対だからね! おやすみ、にあさん」


「おやすみなさい、ご主人様」


 だけど……。にあさんに割り込まれたおかげで言いたいことが吹っ飛んでしまった。この程度の衝撃で忘れてしまったということは大して重要なことではないということだ。これからもにあさんと一緒に生きていたいということは変わらないのだから。

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