第8話
だけど今は違う。
彼女っていう名詞のつけられるモノを
そばに置いといて、
好きなときに好きなように引っ張り出す。
都合のいいおんな。
だからあたしも、そんな束縛が強いだけで所有欲の塊みたいな男には愛想が尽きてた。
それでも怒ると怖いから
テキトーにヘラヘラしとくけど。
本当にどうして
こうなっちゃったのかわからない。
「聞きたいことがあるんだけど」
運転席から声がした。
膝から顔を上げる。
おそるおそる、運転席へ目をやる。
男の、そのゆるく開かれたまぶたの奥で、
じれじれとした甘さを感じさせる目が
あたしを見ていた。
「……な、なに?」
不意打ちで視線を浴びてしまって
焦ったあたしは、無言で男から目を逸らした。
「この辺にホテルみたいのある?」
みたいなもの、とは。
それよりも、ホテルって。
行きずりのあたしとこいつが?
キャミソールの隙間から
溢れそうな胸を無意識に隠しながら、
もう一度、品定めするように
男の容姿をざっと見た。
仮に指一本でも触られたとしても、
ショックで動けなくなったり
動揺することなく抵抗できるかを考えながら。
男は髪を染めていたり、
やたらと装飾品を身につけているとはいえ、
その身なりからは清潔感が感じられて。
つまり、
ひどい身なりだと思うことはなかった。
…………。
あぁまぁ、うん。
まぁ。
いいか、な。
でも
金蹴りでもかまして
財布奪って逃げてやろうと思った。
そんなに安い女に成り下がった覚えはない。
囚われの姫を演じるつもりはなかったし
顔がいいからって自惚れてる男を
その辺にのさばらせておくのも嫌だった。
外の景色を眺めたあたしは
少し黙ってから「あると思うけど」と
短く返事をして進行方向を力なく指差した。
「もっと先かな。この辺はなんもないから」
よく見れば
記憶におぼろげにもある景色だった。
彼氏と——京介、と来たことが、ある。
とりあえずどっちの味方もしてない。
ただなんとなく、ぬるま湯みたいな日常に
シゲキを持ってきてくれるんなら
大歓迎してやりたいと思った。だけ。
あと、彼氏の困った顔がみたい。
あわよくば、そう。
あたしを自由にして欲しい。
なんて。
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