第9話

× × × ×




久々に入った。


どこに?



……ラブホに。




「このホテルの受付、特殊だったな」


「…………」


「ま、なんにせよ助かったぜ。今日のところはここで一泊できそうだし」


「…………」



え?冗談だよね?


と眉を寄せるのはあたし。


だって白い生クリームみたいな色の、

パウンドケーキみたいに

ふかふかなベッドの上で、

ご丁寧にキャミワンピの肩紐片方下ろして

待ってやった、、、、、、のに。


襲ってもこない。

押し倒してもこない。

触ってもこないし、ほとんど見てこない。


部屋を選んで受付を離れてから、

まともに見ることすらしない。


誘いに乗ってこないってどうなのそれ。




現金を抜き取って

京介と再開することを考えていたあたしは、

男の行動がまるで理解できないことに

苛立ちを覚えていた。


挙句、部屋から出て行こうと

背中を向けたそいつに

「なに置いてこうとしてんの」と吐き捨てる。



せめて自己紹介くらいしやがれと思った。



なのに振り向いたそいつは、

蛍光カラーのペンキをペタペタ塗った服で


「いってきまーす」


と真顔であたしに言ってきた。




違うんだってば。




「いや『いってきます』じゃなくてさ。誰なの?いきなり車走らせてホテル連れてくとか」


「あー」


「説明ぐらいしてよ。まず、誰?」


「俺?」


「ほかに誰がいるの」



刺々しく答えるあたしに対して

奴は「うーん」と軽く唸る。


そして出会った時と変わらない

柔らかな雰囲気を漂わせて「セカンド」と、

晴れ晴れとした声で言った。


さらに続けて「フロアホール」と言う。


そして口角をじわりと持ち上げて

ベッドで硬直しているあたしを見下ろした。



セカンド?

フロア?

ホール?



「そんな珍しいものでも見るような目、すんなって」



不自然なほど笑みが絶えない男を前にして、

あたしは確信した。




ヤバい奴に絡んでしまった。

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