第7話

たった今視界を横切った看板。

そこに書かれていた地名を答える。

合ってるか分からないけど、

とりあえず言っとく。


じゃないとあたしが逃げたみたいだし。


いや、逃げられるものなら

こんな彼氏から逃げてみたいけれど。




『なんでそんなとこいんだよ』


「知らないし。なんかいきなり乗ってきたの」


『誰が』


「知らない」


『はあ?降りろよ』


「ムリ!だって停まんないし60キロ出してる車から降りたら血だらけじゃ済まないじゃん」




そういうのはスタントマンにでも頼んどけ。




『そいつ男?』


「そう。しらない奴」




横目でそいつを見れば、

薄くなったウィダーインゼリーのパックを

口から離した。


膝の上に落ちるそれ。


やけに手馴れてる、

というかなんかサマになってて

笑いそうになった。



彼氏の声が一気に低くなって

勘繰っているような声色になったから、

あたしはすかさず


『本当に知らない奴』と念を押して付け足す。




すると向こうで

鼻から息を吐くような長いため息が聞こえた。それから面倒臭そうな声で

「すぐ行く」と言って

一方的に電話は切られた。



こういうのを頼もしく感じちゃう。



そしたらお終いだ。



奴のはどうせ、ただの依存にすぎない。


あたしの代わりは他にもいて、

あたしは偶然「可愛い」らしい顔を

持ってるから気に入られただけのことなんだろう。


一時期の、

彼のことが本当に好きだった時を

思い返すだけで虚しくなる。


馬鹿で哀れで、

羨ましいくらいに

純粋な恋愛をしてた頃の自分はもういない。

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