降下

「ただいま」

 ソファで、母がうつ伏せに寝ている。たぶん起きてるかも。

「今日の弁当もまずかったよ」

 母がこちらを見る。

「塩入れ過ぎてる」

「塩は戦地では貴重なんだよ」

 何言ってんだか。


「今日は彼氏のところ泊まって、そのまま学校行くから。夜と、明日のごはん。今作る」

「おい」

 母。

「男と寝るのは許さんぞ」

「父親いないやつが男の説教すんなよ。うざいよ」

「いや、まあ、それはごめんだけど」

 母。納得してなさそうな顔。


「私の父親って、どんなひとだったの?」

「あ、ごめん。顔は覚えてない」

「クソビッチが」

「母ちゃんにも色々あるのよ」


 母。何かを思い出すような。懐かしそうな顔。


「あんたの父ちゃんはね、素敵なひとだったよ」

「顔も覚えてないのに?」

「お空のお星になったのよ。こう、ミサイルがこう」

「よくもまぁそんなテキトーなことが言えますわね」

「本当よ。本当なんだから」

 母は、それだけ言って、またソファで眠りはじめた。横には、洗濯物が転がっている。家事を頑張ろうとした、形跡だけ。どうせ洗剤入れすぎてるから洗い直し。


 こんな女の、どこがよかったのか。

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降下 春嵐 @aiot3110

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