第2話


「久しぶりだなラビ・ラ=パン。見送りの挨拶とは、殊勝なことだ」

「ああ。死出の道へと旅立つ貴殿らに、最後の別れを告げに来た」


 片や内乱と侵略を退けた『灰燼王かいじんおう』フレイオ・カリヨン。片や革命軍に寝返った王国最強の騎士、『討滅騎士ヴォーパル・ナイト』ラビ・ラ=パン。


 今は亡きカリヨン王国の歴史に残る英傑二人は、夜の森で互いに臆することなく堂々と相対した。


「ほう? 随分と遅い挨拶だ。俺を捕えた時にでも言えば良かっただろう?」

「武器を持たぬ相手を討つのは騎士の誓いにもとる。それに」


 陛下の問いに答えるラビの視線が、俺へと向けられる。


「紋章官殿がいなかったからな」


 ――あ? 俺?


「紋章官殿は灰燼王フレイオともども討ち取らねばならぬ。どちらを討ち損じても、新たな国の妨げとなるからな」

「……王国最強の討滅騎士ヴォーパル・ナイトが、一介の文官を随分と恐れるのですね?」


 俺はラビとの会話で時間を稼ぎながら、自分の円牌メダイユにマナを込め、気づかれぬよう周囲に魔法を展開していく。


 自慢じゃないが、俺は単なる凡人だ。まあ城勤めが出来る程度には物覚えと要領はいいが、王城に仕える人間なら珍しくもなんともない。

 たまたま学生時代に陛下と面識があったから、側仕えが許されていただけのこと。


 そんな大した取柄のない俺に向かって、ラビは油断なく突撃槍を構えたまま静かに吐き捨てた。


「ただの文官が俺より多くの人間を殺められるものか」


 俺は肩をすくめながら、大袈裟に溜息を吐いて見せる。


「内乱で雇われた荒くれ共、帝国の連中が肉盾にしていた戦争奴隷、農具を片手に貴族の屋敷に押し入り火を付けた革命軍の連中……どれもろくに訓練も受けていない暴徒を魔法でしただけですよ。戦場で数多の将兵を正面から打ち破る騎士の武勲には遠く及びません」


「死体も残さず消し飛ばしておいてその言い草か。やはり貴殿は捨て置けぬ」

「なら、騎士道など気にせず始末すればよろしいものを」

「俺は貴殿ほど恥知らずにはなれぬ」


 ラビの言葉に、俺は思わず噴き出した。


「恥ですって? 戦場でそんなものを気にしていたら、命がいくつあっても足りませんよ。私なぞ所詮、運よく陛下に見いだされただけの男。凡夫が王の隣に立ち続けるのに、恥や外聞を気にする余裕などありません」


 陛下付き紋章官への登用のきっかけだって、些細なものだ。学生時代に陛下から賜った靴を履き続けていたのが、たまたま陛下の目に留まった。

 ただ、それだけのこと。


「だからこそ。如何なる方法であろうとも、私は、私に出来る全てを全うするのみです」


 それに、と俺は続ける。


「恥知らず具合なら、あなたの亡きご友人の方がよっぽどでは?」


 次の瞬間、俺とラビの間の空間が

 槍を構えて突撃したラビが、俺の展開した魔法を刺し貫いたのだ。


「――チッ! 【幻鏡】か……っ!」


 忌々し気に舌打ちしたラビと、俺の視線が交わる。


 ――新たな国の妨げだぁ? 私怨だろ、馬鹿が。


 そんな思いを込めて嘲笑ってやれば、ラビの瞳が憎悪に燃えた。


「【獄焔】」


 隙を晒したラビに、間髪入れずフレイオ陛下の黒い焔が襲い掛かる。

 触れたものを命尽きるまで焼き尽くす呪いの焔は、ラビの浮遊盾に直撃。供給していたマナを焼き尽くされた盾が落下し、黒い焔が下草に燃え広がっていく。


「陛下」

「仕留めるぞ、サンデル。後顧の憂いはここで断つ」


 ここでラビを撒いたとしても、追手が掛かれば逃げきれない。それならばこの場で討つ方が良いと判断したのだろう。


「御心のままに」


 ならば俺は、従うのみだ。


 円牌メダイユに煌めく十二の貴石ルース。その全てにマナを満たす。そして――


「「【変身】」」


 詠唱と同時に、俺と陛下の身体をマナの奔流が包み込んだ。


 ◆


 魔法は、肉体に宿る神秘の力の源――『マナ』を触媒に流し込み発動する。


 触媒なしにマナを直接魔法に変換すると肉体に大きな負荷がかかり、特にいくつもの魔法を同時に使うともなれば、使用者の命が耐えきれない。

 研究者たちはその負荷を軽減するため、長い年月をかけて数多の触媒を開発してきた。


 そして試行錯誤の末辿り着いたのが、マナで作り上げた鎧――『源鎧マナ・アーマー』だ。


 源鎧マナ・アーマーを構築する術式を刻み込んだ触媒である円牌メダイユに、魔法を発動するための触媒となる貴石ルースを嵌め込む。

 これにより、肉体の負荷を限りなく抑え込みながら、最大十二の魔法を使うことが可能となるのだ。


 円牌メダイユから溢れだしたマナが術式に従い、実体を得て鎧となる。


 白地に銀の刺繍が入ったシャツとベスト。側面に同じく銀のラインを入れたズボン。銀色に輝く籠手と長靴、王国の紋章を刻んだ肩当て。膝丈のコートに首元の襞飾りジャボ。前面を鏡面硝子で覆った白銀の兜。


 俺の源鎧マナ・アーマーの構築が終わると同時に、フレイオ陛下もまたマナの奔流から姿を現す。


 纏うのは、目が覚めるような鮮やかな真紅。『灰燼王』の二つ名にふさわしく、焔の意匠を施した重厚な全身鎧に、金糸で王家の紋章が縫い取られたマント。頭上には兜ではなく王冠。右手には幾多の命を焼き払った、身の丈に迫る片刃の大剣が握られていた。


「【護焔:強化】【獄炎:付与】」


 真紅の鎧が紅い焔を纏い、大剣から黒い焔が吹きあがる。魔法ダメージを軽減する【護焔】で源鎧マナ・アーマーの強度と機動力を上げ、継続ダメージを発生させる【獄炎】を纏わせた大剣を携えた陛下が、先程燃え広がった黒い炎の向こうに居るラビに向けて駆け出した。


「【旋月:放出】」


 力の方向を操る月属性の魔法が、ラビを囲む獄炎を吹き飛ばし、余波で陛下の脚が一瞬止まる。王国最強の騎士はその隙を逃さず、突撃槍を構えて即座に距離を詰めた。


 ――させねえよ。


「【呪鏡:追従】、【隠鏡:付与】」


 フレイオ陛下に迫るラビの前に、一枚の黒い鏡を割り込ませる。破壊した者に継続ダメージを与える鏡の前で今度はラビが足を止め、方向転換を図ったタイミングで、陛下の大剣がラビを襲った。

 間一髪で躱して距離を取ったラビが、俺の姿を捉えようと視線を走らせるも、陛下の追撃がそれを阻む。


 ――精々、俺を探して陛下に隙を見せてくれ。


【呪鏡】と同時に発動させた【隠鏡】。周囲の景色を映しとって姿を隠す鏡の魔法を、源鎧マナ・アーマーに付与している。探知系の魔法で俺を探すことだけに集中するならともかく、戦いながら今の俺を見つけるのは不可能だ。


 俺の使う鏡属性は、在るものを映しとり、投影する魔法。本来は攪乱や隠蔽などに使われるが、俺の場合は少しばかり違う。


「【魔鏡:蓄積】【幻鏡:増幅/マナ】」


 俺はフレイオ陛下とラビの戦いの影で、次の一手の構築を始めた。


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