煉獄のサンドリヨン~逆行悪役主従の亡国阻止戦線~

鳩藍@『誓星のデュオ』コミカライズ連載中

ある悪役主従の最期

第1話


「亡国の王なんてなるもんじゃねえよなあ」


 虫の声ひとつしない真夜中の森。碌に整備されていない道をガタゴトと揺れながら進んでいく護送車を囲む六人の兵士の内の一人が、品のない声を上げた。


「オイオイ、仕事中だぞ」

「別にいいじゃねえか。コイツを殺して魔獣の餌にするだけだろ」


 前を歩く同僚の兵士の形だけの注意に、最初の兵士は護送車を指差す。


「コイツだなんて失礼だぞ。何せ我が国を共和制へと移行させた歴史に残る王だからな」

「家臣に全員逃げられて、一人丸腰で城に残された王など他には居まいな!」


 護送車の後ろに追従した兵士二人が、御者席まで聞こえる声でゲラゲラと笑った。


「家臣どもも所詮、権威の蜜にたかる虫に過ぎなかったわけだ」

「革命軍の同志を悉く焼き払った『灰燼王かいじんおう』も、魔法が使えねばただの人だものな……よし、ここいらで良いだろう」


 護送車の左前方を歩いていた隊長が、停止の合図を送る。

 下卑た笑みを浮かべる六人の兵士全員が止まった護送車を囲み、隊長が鍵束を取り出し扉に手をかけた。



 全員が背を向けたその瞬間――俺は御者席から飛び降りて、兵士たちの後ろで短剣を抜き放つ。



 まず亡国の王になるものじゃないと嗤った兵士の首筋に一閃。続けざまに形だけ注意した兵士の喉を突き、腰に差していた剣を奪う。


「な、何だっ⁉」


 襲撃に気づいた隊長に向けて喉を刺した兵士の死体を突き飛ばし、反対側に居る三人の兵士へと斬りかかる。


 歴史に残る王と皮肉った兵士の胴を斜めに切り払い、丸腰で城に残されたと揶揄した兵士の横腹をすれ違いざまに切り裂き、家臣を権威の蜜にたかる虫と評した男の胸を刺し貫く。

 そのまま死体の胸倉を掴んでぐるりと振り返り、俺の背後から斬りかかった隊長の剣を防いだ。


「あっ……」


 革命軍の同志を盾にされ、ただの人らしく狼狽えた顔のまま、隊長の首が宙を舞う。

 その拍子に赤い飛沫が数滴、靴の爪先に散った。


「うわ――靴、汚しちまった」


 すぐに拭きたいが、時間がない。地面に転がった六人分の肉塊が動かないのを確認し、俺は大事な靴がこれ以上汚れないよう、血だまりを跨ぎながら移動する。

 自前の短剣を回収し、さっきまで使っていた剣と兵士の腰に差してある剣を交換。ついでに懐から金品も失敬。


 最後に隊長が持っていた鍵束で、俺は護送車の扉を開けた。


 中に居たのは一人の男。幽閉生活で碌な手入れもされずにボサボサの赤毛。伸び放題の無精髭。

 浮浪者と見まがう垢まみれの顔に、粗末な服に手錠と足枷を嵌められて、それでもなお背筋を伸ばして堂々と座る姿には、国を失えども残る確かな王の威厳があった。


「――お迎えにあがりました、陛下」

「……サンデルか」


 御者帽を脱ぎ、靴を揃えて直立した俺――サンデルは、護送車の中の男に深く首を垂れる。


 カリヨン王国最後の王。内乱の平定を成し、隣国からの侵略を跳ねのけるも、革命に敗れ、共和制への移行を以て国を失った、齢二十八の若き亡国の王。


『灰燼王』カリヨン八世こと――フレイオ・カリヨン。


「逃げろと命じただろ、馬鹿者め」


 俺の終生の主は真紅の瞳を細めながら、呆れと喜色を滲ませてそう言った。


 ◆


「妻子はどうしたのだ」

「迷惑をかけぬよう、離縁してきました」


 俺は御者台の座面を持ち上げ、隠して置いた着替えと旅の荷物を取り出して、護送車に居るフレイオ陛下の下へ戻る。


「俺は婿養子ですし、妻の家は義兄が継ぎますからね。共和制移行にあたって、あなたの側近だった俺はいない方が良いのですよ」

「他に親しい者は?」

「皆、先に天の国へ」

「……そうか」

「どうぞ、こちらを」


 陛下の手錠と足枷を外した俺は、荷物の中からビロードの箱を取り出し、蓋を開けて陛下に差し出した。


 王家の象徴たる鐘の紋章の周りに、十二の貴石ルースが煌めく小さな円盤。魔法の発動に必要不可欠な触媒――円牌メダイユだ。


「ご苦労」


 陛下は円牌メダイユを手に取り、魔法の発動に必要なマナを込める。


「【浄焔】」


 詠唱と共に、穢れをそそきよめの白いほむらが周囲を包み込み、護送車を、転がる死体と血だまりを、等しく灰に変えていく。

 やがて炎が収まった後には、粗末な服ごと垢と臭いを燃やし浄め、月明りの下に玉体を惜しげもなく晒した陛下が立っていた。


「この後は」

「森を通って北の辺境伯領を目指します」


 俺は持っていた着替えを陛下に差し出しながら答える。北の辺境伯領の当主は、隣国からの侵略戦争を陛下と共に戦い抜いた盟友だ。亡命の根回しも済んでいる。


「辺境伯から、『住居は手配してある。有事に駆け付けられず申し訳ない』と」

「我が国を守護する務めを果たしていたのだ。詫びる必要はなかろうに」


 着替えを終えた陛下が、ふと俺の足元に目を落とし、おもむろに指を一振りする。白い焔が爪先を撫でたかと思えば、先程散った赤い飛沫が消えていた。


「恐れ入ります」

「よい。俺が与えた靴に、下種の血が付いたままなのは気に入らぬ」


 陛下の言葉に、思わず口元が緩んでしまう。だらしない顔を見られぬよう、俺はもう一度深く頭を下げる。


 ――ああ、もう。これだから、この方に仕えるのはやめられない。


 即位前の陛下に賜ってから十二年間。手入れを欠かさず履き続けている靴が、俺の足先で曇りなく艶めいていた。


「急ぎましょう。護送車が戻らないと、追手が来るでしょうから」

「うむ。そうだな――っ!」


 殺気。

 二人で咄嗟にその場を飛びのいた瞬間、俺と陛下がいた場所に、勢いよく何かが降って来た。


 轟音と共に着地したが、土煙の中からゆっくりと立ち上がる。


 夜闇を溶かし込んだような分厚い漆黒の鎧。螺旋に捻じれた突撃槍。宙に浮き持ち主に追従する盾に刻まれた、革命軍のシンボルである乙女の横顔。

 兎の耳の意匠が施された兜からたなびく白銀の髪の下、月よりも蒼い眼差しが俺と陛下を鋭く射貫く。


「これはまた……飛び切りのが来たな」


 フレイオ陛下が唇を歪めて皮肉な笑みを浮かべる。


 内乱と戦争で数多の戦果を挙げた救国の英雄。カリヨン王国で最も武勇に優れる討滅騎士ヴォーパル・ナイトの称号を授かった最強の騎士。


 かつてフレイオ陛下に仕えながら、革命軍へと寝返った裏切りの臣。


「……ラビ・ラ=パン」


 突撃槍を構えたラビは、蒼月の瞳で静かにこちらを見据えていた。


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