二章 カストルとポルクス
ゼリィの
観客席にいるひのりもその姿を捉えている。
「どうしよう空乃先輩、天札くんが!」
「そうですね。
「勝つのは天札君。そうでしょう?」
「おや、珍しく意見が合いましたね。ミオさん。」
◇
「(今、オレが
「温存も結構だがよォ、もっと柔軟に考えろよ詠ィ。」
詠の首からグラトが飛び出し、その黒く光る牙を見せつける。
「
「あぁ。これであいつを喰らえる。」
「余所見してると、絡めとるぜぇ?」
ゼリィがゼリー状の触手を何本も伸ばして捕えようとする。
「
動体視力を強化し、詠はするりと踊るように躱す。次に氷の刀を再度生成し、同じようにゼリィの紫色の鎧に向かって切りつけようとする。
「また同じ手かぁ?甘すぎて胃もたれするぜぇ。」
だが悲鳴を上げたのはゼリィだった。
「なっ!?痛ぇ!俺が斬られた…だとぉ?」
さらに氷の刀の柄で、続けざまに
「ちっ、完敗だなぁ。俺の負けでいいぜぇ。」
「おっとゼリィ藤村選手の敗北宣言!下馬評を覆した圧巻の試合でした!第一試合はヨル選手の勝利だァ!」
イイシマが終了を宣言すると、観客席から割れんばかりの歓声が会場中に鳴り響く。
「流石は天札だな。」
「当然ですよ
空乃がふふんと、
リングから降りようとする詠にゼリィが声をかける。
「
「簡単だよ。摩擦係数をいじった。」
詠は氷の刀で斬る瞬間、
「方法は企業秘密ってわけかぁ。でも熱かったぜぇ。また戦ろうやぁ。」
「あぁ、機会があればな。」
♢
「それでは第二試合です!タイガー選手VS
試合が間もなく始まろうとしているが、それを見ていた詠は浮かない顔をしていた。
「ヨルくんどうしたの?タイガーくんの方を見て…あ、もしかして⋯」
「キズ。オレは不安でしょうがないよ…」
そして試合が始まった。芥丸はゴングと同時に
「あら、物体生成系なのね。お姉さんドキドキしちゃうわ…」
「は、はぁ?色仕掛けのつもりかよ?マジで撃つぞ!」
それでも、近づく足は止めない。
ダァン!
一発だけ撃った威嚇射撃が足元に着弾する。
「きゃあっ!」
「えっ!大丈夫か!?」
「痛い…」
しまったという顔をして芥丸が駆け寄るが大きなケガはしていない。ひとまず安堵するが
「優しいのね。ありがとう。さっきので足を捻っちゃったから私を医務室まで連れて行ってくれるかな?」
「ハイッ!分かりました!」
そうしてリングの外に向かって二人で歩いていく。芥丸はまるでデート気分のように終始ニヤついていたが、そこで目の覚めるような声で詠が叫ぶ。
「ダメだタイガー!」
「え?だって医務室にって」
「彼女はリタイヤするなんて一言も言っていない!試合はまだ終わってないぞ!」
「あら、バレちゃったわね。」
「へ?」
リングの一番端まで来たところで
芥丸はリングの外の人工芝に落ちた。
同時に詠は片手で、絆奈は両手で顔を覆って今日イチのため息をついた。
「タイガー選手リングアウト!勝者、
♢
余りにも情けなく敗退してしまった芥丸は観客席に戻り、ひのりからお説教を正座で受けさせられていた。
「もー!芥丸くんのばかー!すけべ!えっち!ちょっとお胸が大きいからってあんな人に引っかかるなんて!」
「あぃ…すんませんした⋯」
柴犬の仮面がトラの仮面を正座させている絵面だけ切り取れば何とも微笑ましい。
「豊花、もういいだろ?芥丸を推薦したのは俺だ。
「先生は黙ってて!それとこれとは話は別!大体いつもそう!やってるスマホゲームだってお胸の大きい女の子が出てくるのばっかり!絆奈ちゃんは芥丸くんの話に乗ってくれるけど、そういう話が嫌な子もいるから!男の子だからそういうこと考えちゃうのは仕方ないけど大体芥丸くんは…」
くどくど、くどくど…
「ひ、ひのりさんそろそろその辺に…」
二降が見かねて珍しく弱々しい物言いで助け舟を出した。
「分かりました!今日はここまでにしてあげる!言い過ぎたかも!ごめんね!」
「その熱量保ったまま反省できるの、すごいですねひのりん…」
空乃はひのりの
「前から思ってたんですが、ひのりんってタイガーに対して厳しくないですか?私達や詠くんには優しいのに。」
「そうですかね〜?うーん、あぁいう芥丸くんを見ると、心がムズムズするっていうか…でも芥丸君はいざという時、いつもあたしを守ってくれるヒーローなんです。たまにですけど凄くカッコいいんですよ?」
その後ひのりは芥丸の隣に行き、言い過ぎちゃってごめんねと毛布を抱きながら頭を下げていた。
空乃はそんな微笑ましい光景を見て、少し笑う。
「(タイガー…多くは語りませんが、頑張って下さいね。)」
♢
ゴングが鳴り第三試合、絆奈と
オッズは絆奈が3.7倍、
「さぁて先手必勝でいくっスよ!
ゴングが鳴った瞬間、
「わわっ!」
辛うじて転がって回避し、
「
「わ~っ!?」
一気にリング外へ運ぼうとする
それを見かねた観客席の芥丸が叫ぶ。
「
「慌てんな芥丸。この前言ってたろ?
「そろそろリタイヤしたらどうっスか?仮面被ってて分からないけれど、キミ絶対可愛いでしょ。コロシアム終わったら俺とデートしようよ」
「うーん、あなたみたいなチャラチャラした人はタイプじゃないかも。あとさ。」
「私、好きな人がいるから。ごめんなさい。」
試合をラウンジのモニターで見ていた詠が、仮面をこれでもかと顔を見られないように押し付けた。
「大切な人を傷付けた過ちから私は目を背けない。
そして小さく語りかけるように
告げた。
「行くよ傷奈ちゃん。
ロゼ色の炎が絆奈の身体を包み、それを手で振り払うとそこに居たのは
銀髪を靡かせる、埋葬傷奈その人だった。
「嘘だろ…?」
詠は戦慄した。仮面を付けているが見間違うはずがない。妖刀・
戦慄は観客席でも同じ、異能研究部の医雀以外の全員が驚きを隠せなかった。
「ふふっ。待たせたね。じゃあ
「…肌を刺すような殺気。随分と雰囲気が変わったっスね。でもMAXの二十速を出した俺を捉えることは出来ないっスよ。」
そして前傾姿勢のまま左足を弓のように引き、
飛んだ。
「
「避けろ埋葬傷奈!あれはいくらお前でも!」
そんな詠の叫びが言い終わる前に
彼女の手にはいつの間にか
「二十速?眠くなっちゃうよ。それだけあればヨミくんの好きなところを三十は挙げられる。」
空を舞った
会場が、しんと静まり返った。
そして
間髪入れずの大歓声で会場が揺れる。
「ま、まさに圧倒的ッ!これは大金星!キズ選手の勝利だ~ッ!」
♢
第三試合が終わったばかりの埋葬傷奈が自身の控室に行くのを見計らって、詠が近づく。
「…どういうことか説明してもらえるか。」
「いいよ。でもこの姿じゃ話し辛いでしょ。
再び彼女はロゼ色の炎に包まれ、埋葬傷奈の妖艶な笑みとは正反対の可憐な笑みがそこにはあった。
「えへへ。驚かそうと思っていたんだけど黙っていてごめんね。確かに
絆奈の話では
詠にグラトがいるように、絆奈にも埋葬傷奈という
傷奈も、絆奈である。
「だからね、ヨミくん」
「私を大人にしてくれてありが」
「バカ!」
詠は仮面で見えない顔を真っ赤にして絆奈にチョップをかました。
「痛い!何するのヨミくんのばか!」
「バカはお前だよ!絶対それ人前で言うなよ!?誤解されるから!」
「…へぇ、人前じゃなかったらいいの?」
いつの間にか絆奈は埋葬傷奈になっていた。仮面を外した彼女の蠱惑的な笑みが詠の瞳に移る。
「…大バカ」
そんな時だった。
「わぁぁぁっ!?」
女性の悲鳴が聞こえ、詠と絆奈はリングへの入場口の近くの長い通路まで進む。
そこで彼らが見たのは
背中から赤い液体を垂れ流し、うつ伏せでぴくりとも動かないモバイルマンと
尻餅をつく
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