一章 PERSONA NON GRATA

蠍會主宰のイベントThe Colosseum。それは蠍會の運営するとあるBARの地下階段を下りて行った先にある巨大な施設。


勿論そのサイトを見つけた者にしか入ることは出来ず、そもそも一般人は見つけることすら出来ない。壁は一面コンクリートで囲まれており、吸音材が入った壁は防音性に優れている。

そしてコロシアムの目玉は何といっても、選手たちが戦うことになるリング。ボクシングリングのように四方をロープで囲んであるわけではなく、シンプルな平べったい石を敷き詰めた形になっている。


高めの天井付近には、カメラの付いたドローンが6機飛んでおり、これも配信用として映像を切り替えながらThe Colosseumのサイトから有料で見られる仕組みだ。


そして、試合が行われる前に観客が勝敗を予測する賭博ギャンブルも行われる。勝つと思った方にベットし、勝てばオッズ分配当が得られる基本的な仕組みだ。


一夜で数十億もの金が動く。


優勝賞金の数倍の金額なのだから笑ってしまうが、この資金は蠍會の運営費に落とされ、継続的な利益が見込める収入源キャッシュポイントとして潤っている。



そんなコロシアムの中に出場選手として、仮面を付けた男女3人がいた。


「いいか芥丸…じゃなかった、タイガー、それとキズ。それでオレはヨル。とりあえずこの呼び方でいこう。」


「ヨミじゃなくてヨルか!コードネームみたいでかっけぇな!でも俺だけ空乃先輩しか呼ばないあだ名そのまんまか…」

 

「私はキズ、私はキズ…よし、頑張ろうみんな!」



正体を隠すため名を変え仮面を付け、寄り合って話をしているがかなりシュールな光景だった。


詠→ヨルはオオカミの仮面

芥丸→タイガーはトラの仮面

絆奈→キズはうさぎの仮面をそれぞれ付けている。


幼稚園のお遊戯会のような可愛らしいタッチの仮面はひのりの手作りだ。各部員のイメージを動物に見立てたらしいが、この血生臭いコロシアムの雰囲気にはまるで合っていない。



二階の観客席にはそれ以外の部員が並んで座っており、


医雀いざくがシロクマの仮面、

ひのりが柴犬の仮面、

空乃がペンギンの仮面、

二降がネコの仮面を付けていた。


「なぁ豊花、なんで俺がシロクマなんだ?」


「医雀先生がいつも白衣を着てるからです!」


それだけかよ!」



一方端にいる二降は、なぜかずっとスマホの画面を眺めており、それに空乃が気づいて話しかけた。


「ミオさんさっきから何を見てるんですか?どれどれ」


「ちょっと!見ないでよ!」



画面には一匹のキジトラ猫と、ネコの仮面をつけたままツーショットを撮る二降の姿が映っている。


「へー、猫がお好きなんですね。」

「わ、悪い?いつも近づくと逃げられてしまうけれど、仮面これなら一緒に撮れるのよ。ふふっ…ねこちゃん…」


水色ロングの髪を靡かせるクールな二降からは想像もできない等身大の少女の笑顔だった(はず)。


「なるほど、本物の猫好きですね。猫をダシにして分っかりやすいギャップ萌え狙いで詠くんを狙おうとしているようなら、この鉄クナイでグサリでしたよ。」


「物騒ね…ねこちゃ、猫が好きなのは本当だからこそ天札君とは結びつけないわ。ほらクナイ仕舞いなさい。」


「え?は否定しないんですか?」



あ、という顔で二降が固まり、みるみる耳が真っ赤になって手を顔の前でぶんぶんと降る。



「ち、違うわよ!(違くないけど…)天札君は大切な仲間だけれどそんな目で…ほ、ほら!試合そろそろ始まるし観ましょう!」



「別にカマかけたつもりなかったんですけど⋯」


部内でも最強クラスの実力を持つ彼女だが、中身は恋する乙女。本当に魅力的な少女だと空乃は思った。



「きずにゃん(絆奈)にもミオさんにも負けていられませんね、恋愛そっちの方も。」







コロシアムの出場者は8名。そもそも異能ミステル持ち自体の数が少ないのもあり、予選もなく、すぐに本戦のトーナメントに移る形となる。詠たち以外の参加者も随分と個性的だった。



蛍光ブルーとグリーンのダボダボのパーカーを着たギザ歯の男。


ヘッドホンを装飾品代わりにしたツンツン頭の大学生くらいの男。


片眼が隠れ、長い黒髪をハーフアップにし、ペットケージを持った女。


上下赤ジャージに頭部が巨大なスマートフォンの男。


そしてもう一人、





詠が雨雨あさめレインのライブ会場で出会った赤髪ポニテのお姉さんがいた。


「あっ!」

「え?アタシ?」


詠がつい声を出してしまったが、今の自分は仮面を付けているので分かるはずがない。そう思っていたのだが、赤髪ポニテのお姉さんはすぐに詠の耳元まで近づいてきて囁いた。


「キミ、ライブの時の少年だよね?あの時はお世話になったね。ありがと。名乗ってなかったけどアタシは熾堂しどうラグナ。よろしくね。」




「あとさ…」


詠に何かを耳打ちし、しばらくしてから肩を軽く叩いて向こうへ行ってしまった。


「ん?知り合いか?ヨル。」


「…いや、ちょっとな。でもこれだけは言える。」






「あの人、オレの倍は強い。」





数分後、コロシアムの照明が暗転し、リングの中央に居たサングラスにリーゼントの男にスポットが当たる。

「大変長らくお待たせ致しました!これより、第11回The Colosseumを開催致します!実況兼審判は私、イイシマがお送り致します!では早速、大会主催者のギリュウ様よりご挨拶を賜ります!」



ギリュウ、医雀先生から聞いていた蠍會大幹部・劇毒アドベノムの一人。やはり重役が来ていたというべきだが、詠以外の参加者は気づいていない。


熾堂しどうラグナの全身から強烈な殺気がギリュウに向けられていることを。



「只今、紹介を預かったギリュウである。手短に済まそう。汝らは分かっておるとは思うが、戦いとは元来、命の取り合いじゃ。ただいつの時代も人間を腐らせるのは『慢心と満足』。牙を研ぎ、意志を磨き、飢え続けろ若人達よ。それが時代を駆ける伏龍ふくりゅうたる者の条件じゃ。汝らの健闘を祈る。」


金色の巨大な竜が入った黒の長袍チャンパオを翻し、ギリュウは会場中央のリングから去っていった。

伏龍、世にまだ知られていない未完の大器。蠍會はそれを待ち望んでいるというのだろうか。



「ギリュウ様、ありがとうございました!次にトーナメント表のクジ抽選にいきたいと思います!そして引く順番は~」



「クジで決めます!」



二度手間だろ!という医雀の叫びは観客の歓声によりかき消されたが、抽選の結果、一番最初にクジを引くのは詠になった。


AとB

CとD

EとF

GとH


並びあったアルファベット同士が戦うことになるらしい。


「よっと。」


「ヨル選手はB!次はキズ選手!」

「はーい。」


絆奈はEだった。とりあえず仲間内で闘うことにならず二人は胸を撫でおろす。


では次にゼリィ藤村さん!

「あいよぉ」

蛍光ブルーとグリーンのダボダボのパーカーを着たギザ歯の男が黒い箱のクジを引く。



「おっとA!対戦相手はヨル選手だ!」



「へぇ、よろしくなぁ仮面のあんさん。」

「…あぁ」


ギザ歯を見せつつ、詠を見下ろすゼリィ。180後半の身長は目の前に立たれるとかなり威圧感がある。



「どんどん行きましょう!深去霞みざりかすみ選手!」


片眼が隠れ、長い黒髪をハーフアップにした小さなペットケージを持った女がゆっくりとクジの入った箱に手を入れる。


「私はDね。」



「そしてモバイルマン選手!」


「ワタシハHダ。」


上下赤ジャージに頭部が巨大なスマートフォンの男。

今大会一番のキワモノ、モバイルマン。そもそも人間なのかという顔を全員がしていたが、彼から発せられたのはロボットのようなくぐもった音声だった。


次に引くのは芥丸。


「(残るはC,F,Gか。深去っていう20代後半くらいのセクシーお姉さんか、絆奈かスマホ野郎。何を選んでも対戦相手は決まってるな。だったら…!)」



「はい、タイガー選手はCですね。」


「っしゃあ!…じゃなかった!よ、よろしく頼むぜ。」

「ふふ。可愛い坊やね。お姉さん負けちゃうかも。」



深去みざりが誘うような瞳で芥丸をなぞるような視線を送った。




残りクジは後二枚、ヘッドホンを装飾品代わりにしたツンツン頭の大学生くらいの男が勢いよく箱に手を突っ込む。


出靡 虎飼いずなび こがい選手はF!…ということは熾堂しどうラグナ選手はGで確定だァ!」



「へぇ、よろしく頼むっすよ。」

「うん、負けないよ!」



「ちぇーアタシもクジのドキドキ感味わいたかったなー。」

「コレモマタウンメイダ、オジョウサン。」



こうして役者カードは出揃った。






「さァついに第一試合、ヨル選手VSゼリィ藤村選手です!現在オッズはヨル選手が2.1倍なのに対し、ゼリィ選手が1.4倍と有利か!」



二人がリングの定位置で少し距離を離して向かい合う。ゼリィは腕をだらんと下げて詠を品定めするかのような視線を送った。


「オレに何か?」

「いやぁ?若いがなかなか場慣れしてるなって思っただけさぁ。あんさんの立ち振る舞いには甘さがない。こりゃ面白くなりそうだなぁ。」

「そりゃどうも。」



実況のイイシマもマイクを片手にリングに上がる。



「勝利条件は対戦相手をリング外へ出すこと。又は対戦相手から敗北宣言がなされた時です!そして急所を意図的に狙う、相手を死亡させるなどの行為は失格となります!さぁいよいよカウントダウンだ!五秒後にゴングが鳴らされます!」











「それでは…試合開始ッ!」





嵐式吸引拳銃ビリーザキッド咀嚼チューイング。」


コロシアムでは銃火器の持ち込みや使用は禁止されているが、異能ミステルで生成したものについてはその限りではない。相手を強者とみて、遠慮なく詠は殺傷性の低い拳銃をゼリィに向けて放った。




三発ヒットするが、それはゼリィが両腕に纏う紫色の物体に着弾し、銃弾がそこで止まる。


「いきなり発砲とは穏やかじゃねぇなぁ。よし、今度はこっちから行くぜぇ?」


詠に向けたゼリィの右腕。



それが大きく伸びて、詠の腹に激突した。



「っ!何だ!?」


正確にはゼリィの右腕を覆っていた紫色の物体が伸びた。吹き飛ばされた詠は追撃を防ぐべくさらに発砲。


これは防がれるが、その隙に詠は吠える暴狼フェンリルロード咀嚼チューイングし瞬発力を強化、ゼリィとの距離を一気に詰める。


吹雪く花弁グリッタースノウ咀嚼チューイング!これでっ!」


氷の刀を生成し、振り下ろす。



が、それはゼリィを覆う紫色の鎧に阻まれた。


「何だこれ、刀が動かない!」


その質感は言うなれば水飴。ぬぷりとしたゼラチンのような物質の中に氷の刀の刃先が完全に入ってしまっている。


「拳銃、瞬発力強化、氷の刀。あんさんの能力、珍しいなぁ。でも俺の硬粘物質ジェリービーンズ、外側は硬く中身はゼリー状の物質を生成する力で無力化できるなぁ。」


銃弾を通さないほど硬い剛性と、刀を受け止められるほど粘り強い靭性じんせいを兼ね備える物質を操るゼリィ。



コロシアムのレベルを詠は感じ取っていた。






ギリュウはリング全体を見渡せる二階のVIPルームに居た。コロシアムの優勝者はギリュウが蠍會大幹部・劇毒アドベノムに推薦することになっているが、が優勝することには何の疑いようもない。それだけ彼女は強い。いずれは自分をも超え、自分の主のスコーピオンを支え、この世界を変えられる逸材。




亡き妻の分まで、自分がラグナを導く。その意志の炎はあの日から絶えることなく、彼の中で燃え続けている。



「ラグナ、お前は熾堂 龍義しどう りゅうぎの娘としてもう一度劇毒アドベノムになるのだ。」







「そしてために尽力しろ。我が主、スコーピオン様が作る理想郷の中でお前は幸せになれ。」

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