34 金の斧キャッシュバック


 森の木こり・太郎は、毎日のように斧を落としていた。腕が弱いわけでも、泉が斧を吸い込む魔境でもない。ただ単に、太郎が携帯を見ながら作業する“ながら伐採”のプロだったからである。


 今日も「通知きた!」と振り向いた拍子に、斧が泉へチャポン。


 するとお約束のごとく、水面がまばゆく光り、女神が現れた。


「あなたが落としたのは、この金の斧ですか? それともこの銀の斧ですか?」


 太郎は胸を張って言った。


「いいえ、どちらも違います。僕が落としたのは――この通知のせいです。 クーポン残り1時間! ってやつです」


 女神はポカンとした。


「……斧どこ?」


「そっちが聞く? 泉が吸いましたよね?」


 女神は大きくため息をつき、肩を落とした。


「最近、みんな正直者って感じじゃなくてね。金の斧ほしさに『全部私のです!』って言う人ばっかりなのよ。正直者にご褒美をあげたいのに……。あなたみたいに正直に“通知”を申告した人は初めて」


「じゃあ、金の斧ください!」


「論理飛びすぎじゃない?」


 女神は困りつつも、水の中をごそごそ漁り始めた。


「……あったわ。あなたの斧。ついでに、正直者キャンペーンで泉ポイント100P差し上げます」


「泉ポイント?」


「次に斧を落としたとき、金の斧が当たるかもしれない抽選に応募できます」


「完全にポイント商法だ!」


「女神も現代社会を生き抜かなきゃならないのよ! 泉の維持費だってバカにならないんだから!」


 太郎は苦笑しつつ、斧を受け取った。


 その帰り道、彼の携帯に新しい通知が届いた。


《泉の女神から:本日限定! “銀の斧10%オフ” クーポン》


「……女神、やり手だな」


 太郎は感心したが、同時にそっと斧を握り直した。

もう二度と落とすまい。

ポイント沼はハマると、底なしなのだ。


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