一八枠目 雪と孤独と、それから。
私は季節の中で、冬が一番嫌いだった。
何故なら、日本では恋人たちの季節、家族と過ごすための季節、愛のための季節と呼ばれているが、それはあくまでも異性同士の関係性を指しているからだ。
この国はすべての面において異性愛が前提になっている。
私は、ずっと満足に息が吸えていなかった。
ずっと息苦しかった。
その苦しみを紛らわせることができたのが百合作品だった。私が好きなのは、どんな困難が降り掛かってきても負けない、最後には希望のあるハッピーエンドのお話。
CMで流れる「普通の幸せな家族」の中に私はいない。
本当に悲しくてやりきれない気持ちになる。
だから、冬が嫌いだった。
嫌い、だった。
「彩さん、缶コーヒー買ってきたんで、これで温まってくださいね」
玲ちゃんと出会って、すべてが変わった。
「ありがとー。それにしても今日は冷えるね。あー、あったかい⋯⋯」
彼女に最近打ち明けたことがある。
Vとして活動を始め、登録者が増えだしてからも、暫くの間、レズビアン専用マッチングアプリを使っていて、何人もの女性と関係を持っていた。
声は変えて喋っていたが、おそらく何人かにはバレていたと思う。
事務所にバレて、マネージャーと社長、唱子さんにこっ酷く叱られた。
正直、クビになってもおかしくなかったが、マッチングアプリを二度と使わない、匿名の相手とは合わないという誓約書を書き事務所側を納得させて事なきを得た。
その時は、玲ちゃんには「プロフィール偽造してるようなヤバい人に当たって、なんかされてたどうなってたか考えなかったんですか、危機感無さすぎです!」と泣きながら怒られた。
後にも先にも、私のために泣いてくれたのは彼女だけだった。
私の家族は放任主義だったので、アイドルになると言ったときも反対はしなかったし、母は、私は女が好きなのかもしれないと伝えたときも、なんとなくそんな気がしてたと言うような人だった。
泣いてくれたことは一度もない。
これはあんたの人生だ、自由に生きな。
教訓めいたことを言ったのはそれが最後だった。
私にはそれがありがたかった。
「実は今日、ちょっと連れていきたいところがあるんです」
玲ちゃんは、私の太陽であり夜空の星だった。
無くては生きて行けず、決して逸れることのない道標だった。
「どこ行くかは内緒なかんじ?」
「そうだなぁ、大雑把になら教えてあげます」
「えー、どこだろ」
「景色を見に行きます」
手を恋人繋ぎにしながら歩いていく。
ずっと、息苦しかった。
余計に息苦しくなる季節、冬が嫌いだった。
玲ちゃんと出会って、冬でも楽に呼吸ができるようになった。
彼女に連れられ電車に乗った。
玲ちゃんは座っている私の正面に立っていてくれた。
着いた目的地は、大きなツリーのある公園だった。
「じゃん、クリスマスツリーです。来てみたかったんですよこういうとこ」
「あ、綺麗⋯⋯」
素直に美しい光景だと思えた。
隣には、私を理解してくれる人がいる。
たったそれだけのことで毎日救われている。
「見て下さい、なにか始まったみたいですよ」
玲ちゃんがツリーを指差す。
どうやらイルミネーションが変化するらしい。
私達以外の誰もがツリーを見ていた。
「彩さん彩さん、ちょっとこっち向いて」
玲ちゃんに肩を叩かれた。
振り返ると彼女の顔がそこにあった。
唇同士が重なって、キスをされたんだと気がついた。
「さっき周りでみんなキスしてるのちょっと羨ましそうにしてましたよね」
「⋯⋯うん、見られちゃってたか」
玲ちゃんともっとイチャイチャしたいなって思っていた。
周りの「カップル」みたいに。
「だからしてみました」
「そっか、ありがとね。嬉しい⋯⋯」
こんなに、ワクワクするクリスマスは生まれて初めてだった。
綺麗な景色に立派なツリー、新たに、愛する人、楽しいと思える気持ちがある。
「あ、アヤさんのぬいが中にありましたよ。可愛いですね」
「レイちゃんのもあったよ、まぁ、私は本人の方が好きだよ?」
小声で話すのもスリルがあった。
じっくりと景色を楽しんで、帰ろうかと思い玲ちゃんを見る。
「じゃ、次はご飯食べに行きましょうか」
どうやら、夜はまだ長いらしい。
「どんなところを予約したの?」
「良いところです。まずは着替えにいきましょう。部屋は押さえてありますから」
「なんか気合はいってんね」
「そりゃそうですよ、恋人の前ではかっこつけたいですからね」
デートの詳細は、次の配信で。
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