二枠目 城ヶ崎アヤについて
アヤさんは、ネモ船長が発見した地底世界にある地下帝国の長女だったが、地上からやってきた人間に滅ぼされ、地底人の数少ない生き残りとなってしまった。
地底人の理解を得るために、この事務所にやってきたのだという。
将来の夢は自分を偽らず地上で生きること。
───弊社所属企業公式プロフィールより抜粋。
アヤさんと多く過ごすうちに、彼女の人柄が見えてきた。
明るい性格だが、中身は真面目で誠実。そして倫理を重視しているタイプなので、ドッキリはバレてしまうし、その場のノリの悪口も言えない。逆にそんなの言えないと泣くほどだ。
要するに彼女は冗談が「言えない」性格をしているということだ。
The・ファンタジー世界の住人の見た目をしているのに、浮世離れしていないというか手に足をついた発言をするということがじわじわ広がリ始めた。
バーチャル大学の文学部出身の文学ガチ勢で、とにかくレスバが強い。
相手を説得したり、穏便に済ますことを心がけているのだという。
「揉め事というか、なんだろう⋯⋯争いをとにかく避けたいっていうか、平穏無事に過ごしたいだけなんだよね。ううん、優しくはないよ」
「フェードアウトタイプだよ嫌いな人に対しては」
「帝国の中学校に通っていたときにいろいろあってさ、臆病なんだよ本当は⋯⋯」
言葉の端々から、優しさと繊細さ、そして、私も持っている諦観が見える。明るいし元気だし他のライバーは先輩後輩問わず好かれているのに、何故かそう感じた。
レイアヤの壁ではない場所でアヤさんと会うと、私と似ているなと思う事が多い。
某掘ってクラフトするゲームの深夜配信であった一幕でそう確信した。
「ねえねえ、もしヤマトの中で付き合うなら誰がいい?アヤちゃんはどう?」
メンバーの一人の如月・モガドールが質問したことがあった。
「てえてえやったほうがいいのかなこれ⋯⋯こういうの燃えそうだけど、うーん、考えるならちゃんとしたいかも⋯⋯一週間もらうね⋯⋯」
「てえてえやったほうがいいとかそういうの言っちゃだめですって。他のユニットもヤラセだと思われるから。あ、またコメ欄がアヤ委員長流石で埋まってる」
「アヤちゃんは保留ってことね、レイちゃんは?」
「ははは⋯⋯ヤマトは付き合うっていうよりビジネスだしなぁ⋯⋯ガチで考えていい?」
「いいじゃんちょっとゆるく考えればさ」
百合に触れてるとこういう話は笑い話にしたくなくなるんだよね⋯⋯
理由は、まあ他にもあるんだけど言うと長くなるから後でね。
モガすまん。話題があかんかった。
アヤさんはモガの何気ない言葉に反応した。
「うーん⋯⋯ゆるく、ねぇ⋯⋯そういうのギャグみたいに決めたりするの嫌なんだけど⋯⋯」
珍しいなそんな事言うの。
しかも聞いたことがないほど低いトーンだった。
恋愛系統の話にここまでなにか言うなんて初めてだ。
「アヤちゃんは言いたくないお年頃だろうけど、リスナー達は気になってるってさ」
あちゃー止めとけばよかったなこりゃ⋯⋯
「みんな夢見すぎ。冗談から始まる恋なんて振られて終わりなんだから止めといたほうがいいよ」
「夢がないなぁ、じゃあモガちゃん選んでもいいけど?」
「モガ、そうやってすぐCPにもってこうとしない。あんた誰彼構わずそういう事言わないの」
「ちぇ、レイちゃんこわーい」
モガは作業に戻った。特に何も感じていないようだった。
アヤさんの先ほどの一言は本当に冷え切った声だった。
大きな「痛み」を知っているような、自らを嘲笑うような、そして、世界に対する深い憎しみを感じるマリンスノウすら届かない深海の底を思わせる冷たさだった。
その後はいつもどおりの彼女だった。
「モガちゃん、いろんなリスナーさんがいるんだから、女の子同士を茶化しちゃだめだよ?」
「ユリスキーのアヤちゃんが言うと説得力あるね」
「それとこれは別の話だよー!」
「ごめんて⋯⋯」
このやり取りに私は驚いていた。
「レイちゃむちゃむ?どした?」
「⋯⋯あぁ、マネさんとのディスコール見てたわ」
やはり城ヶ崎アヤは何かが違う。
一層、彼女に興味が湧いた。
アヤさんは、女性同士の関係を本当に愛しているんだ。
私は、仮定の話でも誠実な彼女のことを知りたいと思うようになった。
次に彼女と会ったのは第四回のレイアヤの壁だった。
「BL好きの先輩がやってた、同性で付き合った時のあるあるお手紙読み配信素敵だったね」
「そうそう。アヤさんずっとニヤニヤしてましたよね」
「聞いてよ、レイちゃん酷いんだよ?ニヤニヤしすぎって隣で笑ってたんだから」
「オタクが出てて可愛いなって思っただけですってば⋯⋯あ⋯⋯」
あ、オフのプライベートオフコラボがバレてしまった。
事務所から止められてないから良いか。
「ちょっと待ってガチオフコラボやん」
「レイアヤきちゃああああ」
「待って無理公式最大手すぎ」
「斑鳩そこ変われ」
つい口角が上がってしまった。
よくないよくない⋯⋯リスナーから取っちゃ駄目だよね。
自重しないと駄目だよね。
それは分かってはいても全てを話す気になれなかった。
「変わって欲しい?絶対やだね。アヤさんとの思い出はやらん」
「みんなごめんね、そういうわけでプライベートオフコラボの内容は内緒なの」
アヤさんノリノリでちょっと嬉しいな。
「⋯⋯まぁ、さっきのは冗談で、真面目な話すると詳細言い過ぎると身バレが怖いから言えないってだけのことだから安心してね」
半分は冗談で半分は本気だった。
自分だけでこの思い出を独占したくなった。
今になって思えば、恋はもう始まっていたのかもしれない。
アヤさんを目で追うようになったのはこの頃からだった。
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