第111話 風間の打席と、挽回のプレー

 俺は打席に入り、軽くスパイクで土を均した。


 観客席から響く応援歌が、鼓動の速さをさらに煽る。


 二、三塁、ワンアウト。ここで一本出せば、試合の流れはこっちに傾く――そうわかっているだけに、体が重い気がする。


 初球。

 インコース高めの速球。

 振り遅れて空を切ったバットの音に、客席から小さなため息がもれる。


「風間! 切り替えろ、まだこれからだ!」


 春日の声がベンチから飛ぶ。


 俺は深呼吸し、構えを少し低くした。

 次の一球。外角低め、スライダー――見極めた。ボール。

 カウントは1-1。


 三球目。

 低めに沈むスプリット。

 ……振るか迷った一瞬のためらいで、バットは空を切った。

 1-2。追い込まれた。


 観客席のざわめきが遠く感じる。

 ――落ち着け、当てに行くな。

 俺はバットを短く持ち直し、最後の一球に集中する。


 四球目、外角いっぱいの速球。

 ギリギリのコース――咄嗟にバットを出した。

 カンッ、と詰まったような鈍い音が響く。

 

 打球はショートの正面へ、鋭いライナーで飛んだ。


「ぎりぎりか……!」


 佐野先輩の声が一瞬漏れたが、相手ショートは冷静だった。


 すぐさまグラブを下げ、ライナーを捕球。


 二塁ランナーは既に飛び出していた――


 返球が鋭く二塁ベースに届き、ダブルプレー成立。


 ――チェンジ。


 観客席からため息が漏れるのを聞きながらベンチへ戻ると、春日が「惜しかったな……ただ、いい当たりだったぞ」と肩を叩いてくれる。


 猫宮先輩も「いい当たりだったよ」とフォローしてくれた。


 でも、悔しさは簡単に消えない。


 ――だが、その悔しさをバネに確実に抑えてやる。



 守備位置につき、マウンドに上がる。


 相手校の攻撃は、5番から始まる打順だ。


 スタンドの歓声が、まるで波が押し寄せるように大きくなる。


 観客席から、相手校の応援歌が力強く響く。


 でも、俺の中では不思議と雑音が消え、心が澄んでいた。


 春日がミットを構え、目で合図を送ってくる。


 ――初球は外角低め、ストレート。


 「プレイ!」


 審判の声と同時に、俺は力強く右足を上げ、全身を鞭のようにしならせてボールを放った。


 低めいっぱいに決まったストレート。


 ミットがバシンと鳴り、観客席から再び小さなどよめきが起こる。


 ――行ける。


 そう確信しながら、俺は二球目のサインを待つ。


 春日が外角を指で示す。今度はスライダーだ。


 振りかぶり、リリースの瞬間に手首を鋭く捻る。


 ボールはストレートと同じ軌道からフッと外に逃げた。


 5番打者がバットを出すが、空を切った。


 カウント0-2。観客席から「おおっ」とどよめきが起こる。


 ――ここで決める。


 三球目、外角低めへの決め球――ジャイロカッター。


 鋭い回転のボールが、打者のバットの上をかすめるように落ちた。


 「ストライーク、バッターアウト!」


 審判の声と同時に、春日が勢いよく立ち上がり、ボールを返してくる。


「ナイスボール! 今のキレエグいぞ!」


 春日の声に、ベンチも「ナイスピッチ!」と手を叩いた。


 続く6番打者。


 初球から打ち気満々で振ってきたが、詰まった打球を猫宮先輩が軽快なステップで一塁へ送球し、あっさり二アウト。


 ――いいリズムだ。


 俺は息を整え、7番の打者と向き合う。


 ここで猫宮先輩が、ショートから大きな声で「あとひとつだ、風間っち!」と叫ぶ。


 その声が背中を押した。


 初球、ストレートを見送られてボール。

 

 次の二球目はカーブでカウントを整える。

 

 三球目、スクリューを外角に沈めて空振り。

 

 カウント1-2。


 ――あと一球。

 セットポジションから全力で振りかぶる。

 渾身のストレートを胸元に投げ込み、打者は詰まってファウル。

 だが、次の一球――外角ギリギリを狙ったカッターが、スパッと決まった。


 「ストライーク、スリー!」


 スリーアウト。

 俺は拳を握り、春日とグラブを打ち合わせた。

 観客席の歓声が波のように押し寄せる中、ベンチへ戻る。


「完璧だな、風間!」


 金城先輩が笑い、佐野先輩も「この回、三者凡退はデカいな」と頷いた。


 マウンドでも、打席でも。


 次の攻撃こそ、流れを掴む。

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