第110話 四回の攻撃

 四回裏、攻撃は5番・金城先輩から始まる。


 ベンチで息を整えながら、俺はふと外野席のざわめきに耳を澄ませた。


 スタンドはほとんど埋まっている。観客席から鳴り響くブラスバンドの音色と、リズムを刻む太鼓の低い響きが、胸の奥にまでズシリと届く。


 観客の声援は波のようにうねり、敵味方を問わず、熱気が球場全体を包んでいた。


「よし、いくぞ!」


 金城先輩がヘルメットを深くかぶり、ベンチの扉を押し開けて打席に向かう。


 鋭い横顔を見送る俺たちに、春日が「先輩、きっと初球から振るよな」と半ば期待混じりに呟く。


 猫宮はバットを片手に「金城さんなら、あの直球でもライトに持っていけるんじゃね?」と軽口を叩くが、みんなの視線は真剣そのものだ。


 相手のエースは、着実に調子を上げて来ていた。


 ――でも、この回で流れを変える。


 プレイの声と同時に、スタンドから「金城!」「ここで一本!」と大きな声援が飛ぶ。


 初球、外角低めの速球。


 金城先輩は腰を動かさず見送った。ストライクのコールが響く。


 二球目――狙っていた球が来た。


 鋭いスイング。


 カキン! と金属バットが高い音を放ち、三遊間をライナーで抜いていった。


「ナイスバッティング!」


 ベンチが一斉に立ち上がる。


 先輩は落ち着いた足取りで一塁ベースを踏み、帽子のつばを軽く下げる。その姿に、俺の心臓も高鳴った。


 続く6番・矢代先輩。スタンドからは、また太鼓とトランペットが鳴り響く。


 初球はストレートで空振り。


 しかし三球目、外角のスライダーを逆方向に合わせ、ライト前にポトリと落とす。


 ――無死一、二塁。


「っしゃ、つながった!」


 猫宮が立ち上がってガッツポーズ。ベンチは一気に熱を帯びる。


 7番の先輩は、サインを確認してから静かに構えた。


 初球、見事な送りバント。三塁側に転がしたボールでランナーは二、三塁へ進む。


 ベンチが「ナイス送れ!」と声を揃える。


 球場の空気が、さらに張り詰めていく。三塁側の観客席からは「あと一本!」の合唱。アルプススタンドではブラスバンドが決戦曲を鳴らし始めた。


 そして――8番は、俺だ。


 バットを手に移動する瞬間、掌がじんわりと汗ばむ。


 マウンドでは相手エースが、目を細めてこちらを睨んでいる。


 春日が声で背中を叩いてきた。


 「風間、振ってけ! 迷うな!」


 猫宮先輩も「ここだぞ、風間っち!」と叫び、佐野先輩も「お前なら行ける」と後押ししてくれる。


 スタンドからの声援と、ベンチの熱気。


 それら全部を背負いながら、俺はバットを握り直し、ゆっくりと打席に向かった。

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