第13話


「って言っても、夜までには帰らなきゃいけない」

家を出て早々、さっきまでの麗とは想像できない声のトーンと雰囲気で、零す麗にあたしは首を傾げた。

「なんせ、僕たちには時間が無いんだ。だから夜には、作戦会議をしたいんだ」

「ま、まぁ」

「それと、夜には君のお父さんが『どこかへ』行くらしいんだ」

「どこか…?」

「そう」

明るいはずの外が、一瞬雲で暗くなる。

すると、麗の白い肌が青白くなり、少し不気味に見えてしまった。それと並行に移動するように、麗の表情も少し曇り短く一言。

「どこかへ、ね」

近くに居るあたしでさえ、ぎりぎり聞こえないくらいの声で、呟く麗に再び首を傾げるのだった。

「その時はその時だ。よしっ!行こう!」

だが、麗は再び明るくなり、それと同時に雲も通り過ぎたらしく、日があたし達を再び照た。そして——、

「うわっ!」

空を仰いでいたあたしが麗に視線を戻すと、思わず声を上げていた。

それもそのはずだ。

「う、麗…?」

麗の背中には、大きく綺麗に光る翼があるのだから。

「どうした…?」

だが、当の本人は何を驚いているのかと、キョトンとしている。

今まで麗の背中が光っていたのは、これなのか。とあたしは納得しながらも、改めて麗の翼を見て長く息を吐いた。

第一印象は綺麗の一言で大丈夫だ。それに修飾する言葉なんていらない。『綺麗』ただその一言で全てが伝わる。強いて付けるのならば『温かくて綺麗な翼』これに限る。

「い、いやなんでもない」

「そっか。じゃあ行くよ」

ま、待てよ…?麗の翼があたしにも生えるって事じゃないか…?

そんなこんなであたしも、麗と同じく飛ぼうと目を瞑った瞬間、そんなことが脳裏をよぎった。昨日の麗の言葉の想像をするんだ。そこであたしは大きな翼を、それこそ麗と同じような綺麗で暖かくて大きな翼を想像した。ならば、あたしにも——。

——ファサァァァ。

そんな自分の姿を想像するとにやけてしまう。麗も綺麗と言っていたそんな自分の容姿。それを叶うのならば、お母さんにも見せてあげたい。

そんな思いを一旦無にして、あたしは麗を追いかけるようにして、飛翔した。

「ねぇ、麗」

下を見ればあたしの住んでる街が小さく見えた。怖いと云う気持ちは何故か無い。まあ、あったら困るが。

そんな中、あたしは風で髪の毛を棚引かせながら、麗に話し掛けた。

「勉強するって言っても、何処に行くの…?」

「それは、君が僕の事を初めて見たところだよ」

それはあの一面青の世界の事だろうか。ただ、麗の話で言うとあそこは死者の行き先を決めるまでの時間を、凌ぐ場所だったはずだ。そんな所に行けるのだろうか。

「大丈夫。僕たちは少し特殊なんだ」

すると麗はあたしの心を読んだように、あたしの疑問に対して返してきた。

「ふーん。そうなんだ」

「そう。君は今までで類を見ない、初めてのタイプなんだ。だからあそこにも行けるんだ。まるで神みたいだ」

「神…か」

あたしが神になったら、何をしようか。

まずは、あたし、みたいに幼くして命を落としてしまう人を居なくしたいな。仮にそれが神様の中で決まっていた事だったとしても、あたしはそれを無視してでも救いたい。

神様は意地悪だ。でも、酷くは無い。

だってあたしを殺ても、もう一度お母さんに会わせてくれた。

殺した…か。言い方が悪いかな。仕方なく、あたしが死んじゃうように仕向けたのかもしれない。あたしが生きてたら、ずっとお母さんと一緒だったけど。それが悔しいな。

もっと一緒に料理したかったな。もっとお手伝いしたかったな。

——だとしても、こうして麗と出会えて、お母さんともお父さんとも合わせてくれて。やっぱり神様は意地悪だ。でも酷くは無い。

「ほら上に上がるよ」

そんな事を考えていると、麗がそうあたしに言ってきた。それに「うん」と短く返すと麗は上へ方向を転換し始めた。

上に上がると、そこはもちろん雲の中だ。なんの抵抗もなく、スッと入っていけた事にあたしは驚く。

厚い雲なのか、上がっても上がっても雲の中からは出られなかった。まるで入道雲の中みたいだ。だが、入った雲は普通の雲だった。

なのにななんで…。

「あ」

瞬間、あたしは良いことを思いついた。

それを実行しようと——、

「あぁぁぁ」

口を開けた。

「何をやっているんだ」

そんなあたしをみて、麗は呆れたように笑うが「もしかして綿見たいのが口に入るかもしれない!」と云う好奇心で今の行動を実行したのは、秘密だ。

まぁ、麗にはバレているかもしれないが。

「ほら、出口だ」

そんな自分の行動を、改めて客観視したあたしは、少し恥ずかしくなっていると突然麗がそう叫ぶ。

向かい風がさっきよりも強くなり、少し声を張らないと聞こえないくらいだ。麗も叫ぶ勢いで言っているのか、声が少し荒い。だが、そんなことよりもあたしは、麗の指差す方向を見た——僅かだが光が見えた。

丸く小さな穴があり、そこには光が差し込んでいた。

雲の中は薄暗く、灰色の世界だったが、その穴の周辺は光で綺麗だ。そんな光景にあたしは感動しながら、刻々と近づいてくるその光を目指してスピードを上げた。

そして——、

「ふわぁぁぁぁぁぁぁ!」

光の中に入った瞬間、あたしはそう叫んでいた。別に何かあるのかと言われればそうでは無く、そして意味があるのかと言われても、別に無いと答える。だが、なんとなくそう言いたくなったから。それだけで叫んだあたしの気持ちは辞書でも引いてみたいが、そんなことよりも今は目の前の光景だった。

「き、綺麗…」

一度見たことある光景だ。その時から今に至るまで、色々とありすぎてこの光景に懐かしさすら覚える。

一面青。それだけで事足りるその光景に、あたしは呆然と立っていた。まるで亡霊みたいに。地面にはうっすらと水が張っているが、そこには波紋一つなく綺麗な水面が無限に等しく続いていた。

まるで鏡のようなそんな水面を、あたしはそっと歩き出した。

すると、水面が揺れて、あたしの歩いたところが白く光った。綺麗な水音を立てながら、進むあたしは、その幻想的な光景に息を呑む。

「——どう?」

「綺麗」

麗のその言葉に短く返すと、あたしは麗がいる後ろを振り向く。そして再び——、

「すごく綺麗!」

今できる感情、一杯に表現した感想を麗に言うのだった。

白く光った水面は、まるであたしを歓迎してくれているみたいだ。原理はよくわからない。でも、幻想的なその光にあたしは吸い込まれそうになる。

一歩。一歩。歩くたびに光は現れ、五秒たたないうちにそっと消えてしまう。

そんな光が、あたしはこの一瞬で好きになった。

「どこ行くの?」

「真っ直ぐ。ただ真っ直ぐ進むんだ。そうすれば見えるから」

「——。分かった」

麗のそんな言葉に、あたしは静かに考えて静かに答えを出した——何もわからなかった。幾ら考えても、麗の言葉はよく分からないものだらけだ。

そんなあたしに出来る事は、麗の言う事を聞くだけ。

だからあたしはゆっくりと歩みを進めた。

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