第4話 ——人生は君が思っているより単純だ

 早朝、発電所が爆発したと報道が流れた。


 報道といってもテレビではなく、無線通信ラジオによるものだ。


 当然、電気が流れていないのだから、都市中は今一大事である。外では騒ぎ出す民衆を警察が拡声器を使って常時落ち着かせていた。


 今後、防犯対策として電池式ラジオが流行るに違いない。早速、転売しなければ……。


 プルルルル。


 突然、端末スマホから電話コールが鳴った。


『——少し話がしたい。時間はあるか?』


 一瞬、直人からじゃないかと期待を抱いたが、電話の相手は予想通り壱真だった。


「大丈夫だよ。こっちも停電について聞きたかったし」


『知っていると思うが、昨晩発電所が爆破して都市の主要電源が落ちた。復旧の目処は立っていないらしい』


「一部は使えるの?」


『お前が住んでいる榮ヒルズの他、電波塔や防衛設備なんかは別だ』


「ビルの周りに人だかりが出来てるから怖くて引きこもってるんだけどさ。都市はこれからどうなる感じ?」


『元に戻すだけだ』


 断言するのは、ちょっとカッコいいいな。


「じゃあ、オレに連絡した理由は?」


『お前なら直人の居そうな場所を知っているかと思ってな』


「監視カメラは生きてるんだろ?」


『生きてはいるが、直人はカメラの配置が全て頭に入っているみたいで全く意味を成さない』


 あいつは忍者かよ……。


「オレに協力して欲しいなら、直人を追っている理由を教えてくれ」


『……』


「それが飲めないなら手を貸す気はない」


 はっきりとした口調で伝えると、壱真は数秒黙り込む。


『……昨日とは随分態度が違うんだな』


「これをやらかしたのは直人なんだろ?」


『恐らくそうだ』


「なんでこうなることをわかっていたんだ?」


『ずっと外にいた奴が突然お前を連れて帰ってきた。そのくせ家族にはなにも言わずに発電所に向かっていた。当然、警戒するだろ』


「行方を知っていたのに防げなかったの?」


『十二年越しにこんな事しでかすなんて誰が想像できるんだ』


「オレからしたらアンタらは恨まれてもしょうがないと思う」


『なにを知ってお前はそう思うんだ?』


「少なくとも、十歳の子供が外に出てなにも思わないって時点で異常だとわかる」


『異常ね。肉体と精神が必ず比例していると一体誰が証明したんだろうな』


「お前らは頭がいいんだからオレが言いたいことくらいわかるだろ」


『もちろん。君は直人を被害者だと思いたいから我々を敵と認識して嫌悪している。直人の味方になったつもりかい?』


 榮壱真は嫌悪感丸出しの相手にも平然と協力を頼み、榮直輝は見ず知らずの人に良くしようとしてくれている。


 オレが彼らを嫌いになる理由はない。確かにその通りだった。


「そう、かもな……」


 感情を飲み込んで、自分の気持ちを認める。


 壱真は静かになったオレを愉快そうに笑っていた。


『そんで、また協力してくれる気になったか?』


家庭事情なにも知らずに手を貸せってことだろ」


『そうだ。前にも言ったが、効率がいいから頼んでいるだけだ。捕まえるくらいなんとかなる』


「居場所も知らないくせにその自信は何処から来るんだよ」


『都市の出入り口を完全に封鎖すれば簡単なことだよ』


 どれだけ先の話になるんだか。


「直人のいそうな場所に全く心当たりはないのか?」


『ここまでのことをしたんだ。外に逃げようと切磋琢磨していると思う』


「追われる身になった奴は普通どうするんだ?」


『こっそり出て行くか、どこかに身を隠すんじゃないか』


「オレたちが追いかけたときに出ていかなかったってことは前者はないよな。けど、後者も考えにくい」


『なんでだ?』


「あいつ、我慢強い性格してないからな。そもそも直人がなんのために爆破したのかわかれば答えがでるのに」


 オレはなにか情報を寄越せと言わんばかりに嫌味な言い方をした。


『お前たちが来たとき、最初は要塞都市の技術で操られているんじゃないかと疑った』


「へー」


『十年越しに帰って来るなんて前代未聞だからな。直人が榮家を恨んでいた可能性もなくはなかった』


「じゃあ結局、あんたらも直人の目的は身内への復讐だと思っていたわけか」


『その可能性もあるってだけだ』


「そこまでわかっているなら、次に狙うとしたら電波塔じゃないの?」


『警備態勢を強めているから、今この時期に侵入する可能性はないだろ。そもそも人がいる所にオレたちが行く意味がない』


「そうとも限らないんじゃないか? 電波塔って商業施設も兼ねているんでしょ。人の出入りが可能で電源が通っている場所なら榮ヒルズと同様に民衆が集まっているんじゃないか?」


『そんな大変なことになっているのか……』


「つーか、今どこにいるんだ?」


『お前らが通った検問所で情報がないか探している』


 そういえば外から持ち込んだものをロッカーに預けっぱなしにしていたな。


 今思うと、あれほどの大々的な軍事基地は一体なにから守るためにあるのか。


 ガビアウルやダイオウラチャンカだって養殖されている辺り人類にとって脅威ではない。


 そもそも沼から大分距離がある。


 ——知的生命体。


 そんな姿すら見たことのないものに都市はずっと怯えている。


「……とりあえず合流しよう。迎えに来てよ」


 通話を切って迎えを待つ間、珈琲を作ろうと豆をゴリゴリと手動で削る。


 部屋いっぱいに広がった苦い香りで——オレはふと村田に襲われた情景が蘇る。


 正体を知ったら、壱真もオレを消そうとするのだろうか。




 


 爆発現場に向かったオレは建物全てが崩壊した工場に辿り着いた。


 全ての建物が崩壊し、塔のような縦長の構造がへし折れて隣の建築物を真っ二つに分断している。様々な工場の破片が外に飛び散り、数十キロ離れた住宅地にも被害が及んでいるそうだ。


 負傷者の数は未だに知らされていないが、あまりにも悲惨な光景に働いていた作業員の全てが潰されてしまったんじゃないかと怖くなった。


 これを、直人がやったのか……。


 遠くに消防署と警官らしき車が鎮座しており、災害や事故というものはこんなにも恐ろしいのなのだと知った。


「——行くぞ」


 壱真についていって、工場の中を散策する。


「勝手に入って大丈夫なの?」


「許可は取ってある」


「準備がいいな」


「お前が見たいって言ったんだろ」


「だって、どうやって爆破したのか聞いても知らないっていうし。直人が犯人だって確たる証拠も特になかったそうじゃん」


「まだ捜査中だから当然だ」


 奥に進めば進むほど足元は不安定になってつまずきそうになる。もし地面に手をつけたら瓦礫やガラスの破片が入り込んでただでは済まない。


 壊れた建物の中を奥へ奥へ進んでいくと、ヘルメットを被った警察官らしき女性がいた。


 腰まで伸びたオレンジ色の髪。振り返った顔はオモチャの人形のようで髪色と同じ瞳のカラーコンタクトが入っていた。


 コスプレ警官? 


「えっと、なに用ですか? ここは立ち入り禁止ですよ」


 女性は警官らしからぬ能天気な態度でそう言った


「連絡した榮壱真だ。捜査協力しにきた」


「そうなんですか。私、爆発現場を探索しております! 未來みらといいます。よろしくです」


「爆発物が仕掛けられた場所はわかったのか?」


「はい。超高圧変電所です」


 未來が元気よく答えると、壱真は納得したように顎に手を当たる。


「そこなら完全に都市に送る電気を停止できる。普及を遅らせるために続けて発電所も爆破したってところか」


「そうなりますね」


「ここまでの大規模な崩壊で、どうやって爆破地点を調べたんだ?」


「最初に爆破した方角を作業員の方たちが覚えていたみたいなので」


「この惨状で生き残ったのか……」


「といいますか、全員生きてます。定例会議で皆さん一箇所に集まっていましたし。警備員も誰かに呼ばれてその近くで待機していたそうです」


「誰かって誰だよ。一番調べるところだろ」


「言われた内容と服装がチグハグで捜査が難航しているんです」


「ふーん」


「他に情報はないのか?」


「全く」


「じゃあ、お前何者だ?」


「……はい?」


「所属をいえ、警察手帳も見せろ」


「構いませんよ。警視庁、公安部、未來誠みらまことです。——ほら手帳も本物ですよ?」


「……みたいだな。最近は髪染めるのもアリなのか?」


「いえ、これ染めたのではなく植毛です。目も機械です。最近の技術はすごいですよね」


 へー。凄いなぁー。


 関心するオレとは違い、壱真はバツの悪そうな顔をする。


「疑って悪かったな」


「いえいえ、こんな成りですから信用されないのは慣れてます。あなた方は我々とどう協力するつもりなのですか? 粗方調べましたし、ここで犯人の手がかり見つけるのは難しいですよ」


「なぜ容疑者が直人と決まったのか気になってな」


「理由はシンプルに作業員、警備員、その他諸々の関係者を除いた中で近日出入りした人物だからです」


「作業員の中に犯人がいる可能性は考えないのか?」


「他に怪しい人物はいませんし。全員に調書を取らせましたが特に犯行に及ぶ動機も見つかりませんでした」


「爆発物はなんだ?」


「携帯電話を使ったものでした。振動ワンコールで起爆するもので規模は小さかったですが、連鎖するようにコンポジションが設置されていました」


「ここは発電所だろ? 妨害電波を飛ばしているから電話なんて繋がらないんじゃないか?」


「ですので直人が容疑者だと仮定した場合、協力者が最低でも一人いると考えています」


「直人が何処にいるかもわからないのに、もう一人探さなきゃならんのか……」


 壱真は面倒臭そうに呟きながら、オレの顔をじぃーと見つめていた。


「なんでこっちを見るの?」


「流石にないだろうとは思うけど。あいつに協力する奴ってお前くらいしかいないからな」


「えぇー、酷い」


 今、壱真に協力してるのは誰だと思ってるんだ。


「正直なところ、現場を調べてもこれ以上の情報は出ないと思いますよ」


「そうだよな。思ったより……というか、半日でよくここまで調べられたな」


「私は優秀なので」


「そう。悪いが捜査協力すると言った以上、俺はもう少しぶらぶらする。野良はどうするんだ?」


 うーん。これだったら街中をパトロールしていた方が収穫がある気がする。


「オレは電波塔に向かうかな」


「警備だっているからお前が言ったところで邪魔になるだけだぞ」


「でも、一度くらい上からの景色を見てみたいし。人を隠すなら人の中じゃない?」


「まぁ……好きにしろ」


 壱真は納得とまでは行かなかったが、渋々オレの意見に合意してくれた。


「では、私がお送りします」


「帰り道わからなかったから助かるよ」


 未來と話しているうちに、壱真は背を向けてどんどん奥へと進んでいった。


 …………。


 ……。


 人生初のパトカーに乗せてもらいながら外の景色を眺める。


 ぽつりぽつりと雨が降り始めた街は電気がついていないというだけで陰鬱な姿に変わっていた。


「——未來さん。やっぱり、電波塔には向かわなくていいです」


「どうしてですか?」


「雨が降り始めたのでもう星は見えないですよね」


「それを言ったらそもそも営業しているとは限りませんよ」


「そうですけど。直人はオレと同じくらい星を見るのが好きだったので」


「そうなんですか。貴方の知っている彼は一体どういった人だったんです?」


「頭が良くて、冷徹で、見た目は女みたいで、星が好きで、知ることが好きで、冒険が好きで、他人が嫌いなんだと思う」


「どうしてそう思うんですか? 聞いている限りだと貴方はご友人なのですよね?」


「そうだけど。あいつに嫌いって言われたから」


「私は常々、言葉を言葉のまま受け取るべきではないと思っています。放った言葉セリフに価値などなく、そのときの状況や相手の表情に意味というものが入り込んでいるのです。だからこそ、言葉による誤解が生まれる」

 

 上手く返す言葉が見つからずに黙っていると、未來は信号機を眺めながら再び口を開く。


「有言実行。嘘をついたつもりがなくても結果が伴わなければ嘘になってしまいます。今ある情報で予想した回答なのですが、嫌いになりたくて貴方に嫌いと宣言したんだと思います。私は嘘をつきませんが、一生嘘をつかない人間は存在しませんから」 


 知ったようなことを……。


「見ず知らずのためによく喋るんですね」


「警察ですから人の命と心を守るのが、今の私のお仕事です」


 未來はニコッと笑いながら敬礼した。


 オレはつまらない理由で気を立ててしまったことを後悔した。


 パトカーは静かに住宅街を右往左往と移動する。大通りの方には赤い車の制動灯が連なって渋滞が起きていた。 


 榮ヒルズが近づいてきてシートベルトに手をかけるも、道端で速度を落とすことなくパトカーは進行していた。


「——通り過ぎちゃいましたよ?」


「折角ですので、やっぱり電波塔に向かいませんか?」


「はい?」


「私も星が見たくなりまして」


「そうなんですか。いや、でも雨ですよ」


 もう雨が本腰になってきている。星を見るどころか地上で空を見上げることすらままならない


「大丈夫です。これから晴れますよ」


「でも、営業しているかだって……」


「商業施設はやっていますよ。でなきゃこの辺りが渋滞になることはないです。皆さん、馬鹿みたいに災害が起こってから防犯グッツや食料品を買いに行っているんですよ」


 妙に相手を小馬鹿にした言い回しが直人や壱真によく似ている。


「じゃあ、折角だs……」


 プルルルルルル。プルルルル。


 言いかけた途中で、ズボンのポケットの端末スマホが震えた。


「……壱真からだ。ちょっとすみません」


 オレは未來にこくりと頭を下げて電話に出る。


『——もしもし。お前今何処にいる?』


「どこってまだ車の中だけど」


『容疑者が増えた。いいか、落ち着いて冷静にポーカーフェイスで聞けよ』


「わかったよ」


 一応、未來にも聞こえるようスピーカーモードに切り替える。


『随分と昔のことで忘れていたんだが、直人あいつには俺と同等の人工知能を一機持っている。これなら直人には協力者がいたことが成り立つ』


「だからなに? AIのことならオレも知ってたよ」


『そうじゃなくてだな。他の警察にも調査状況を聞いたんだ。そしたら起爆地点の調査どころか、まだ誰にも調書を取っていない状況らしい』


「どういう事?」


『つまり、お前と同じ車に乗っている女。未來が直人の協力者だ』


「あっ……」


『お前が一緒にいるなら出来る限りそいつと行動を共にしろ。俺が交流するまで余計なことはするんじゃねーぞ』


「……」


 とき既に遅く、拡声器状態スピーカモードで通話を後悔してしまっていた。

 

 未來もとい人工知能ミラは会話の内容を聞いても平然とした態度で運転を続けている。


『だから場所を教えてくれ。……おい、急に黙り込んでどうしたんだ?』


「スピーカーモードにしてましたので会話の内容は聞かれちゃってます」


『……』


「ねぇ、どうしたらいい?」


『死ね』


 そう言葉を残して電話を切られた。


「酷い! ちょっとオレを独りにしないで!」


 オレは端末スマホに向かって叫び、ルームミラー越しに映るミラの顔を覗き見る。


 彼女は口端を高く上げて不気味な笑みを浮かべていた。


「ぎゃあああああ!」


 オレは車から飛び降りようとノブを掴んだがロックが掛かっていてビクともしなかった。


 パトカーは内側から開けられないように出来るとドラマで見たことがあった。


「ふふ、ふふふ」


「いやあぁぁ殺されるぅぅ!」


「冗談です」


「え?」


「なにもしませんよ。確かに私は人工知能ミラ本体ですが快楽爆発魔ではありません。あくまで主人の命令に従っただけです」


「……直人はなんのためにこんなことを? つーかなんで冗談イタズラを?」


「私はやれと言われたことをやるだけですから目的など伝えられていません。ですが、恐らく様々な思惑と感情を持って貴方のためにしたことだと推察します」


「どういうこと?」


「私に聞くより本人に聞いた方がよろしいでしょう」


 電波塔地下一階の職員駐車場。

 

 未來はそこに駐車させた。

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