第5話 ——人生は君が思っているより単純だ
電波塔の地下駐車場から一階へ上がり、エントランスホールに足を踏み入れる。
外がずっと薄暗かったせいかLEDの照明が眩しく感じ、
すぐ隣の
その店員が警察官であるミラに助けを求める視線を向けていたが、彼女は「頑張ってー」と笑顔で
階段を使って二階に登る。そこからは誰もおらず静寂と化していた。
「——なぁ、あんたはこれからどうなるんだ?」
「プログラムのリセットかスクラップといったところでしょう。折角の
「死ぬってことか?」
「いいえ、違います。セーブデータが消えるようなものです」
「冗談を言ったりするんだし、感情があるんじゃないのか?」
「そう
「意味がわからん」
電波塔のメインデッキには受付のすらなく、たった一人の警備員がエレベータの前にぽつんと立っていた。
「私が引きつけますので、貴方はエレベーターに乗ってください」
未來は小声でそう言うと、警備員のおっさんのところに堂々と歩いていく。
「私、警視庁、公安部、
「容疑者?」
警察手帳を見せるもおっさんは彼女の髪色を見て訝しぶむ目を向ける。
「はい。なので、通してもらえませんか?」
「悪いが警察だろうがなんだろうが誰も通すなと言われている。帰ってくれ」
「それはできません。こっちもお仕事ですから」
「爆破事故からここを通った奴はいないはずだ」
「その前から侵入している可能性がありますよね。通してもらわないと、共犯者として取り締まりますよ」
「やってみろ」
「私は嘘をつきませんからね」
未來は手刀受けの構えを取り、警備員の顔に指先を飛ばす。
後退りして手刀を避けた警備員は反撃に出るも呆気なく両腕を後ろに拘束されて地面に押さえつけられた。
誘導(物理)で警備員が押さえつけられている間に、オレはこっそりとエレベーターに乗り込む。
「——お前なにやってるんだ!」
「はいはーい。大人しくしてくださいねぇ。公務執行妨害ですよー」
「不法侵入者が目の前にいるだろうが! それでも警察かぁ!」
「これでもずっと前から警察です」
未來は揚々とした態度で男に手錠をかけていた。
オレはとりあえず閉じるボタンを押してここから行ける最上階を目指す。
エレベーターの窓からは真っ暗な街を見下ろせて、廃墟のような景色が何処までも広がっていた。
直人はこれからどんな罰を受けるのだろう。壱真に協力しといてなんだが、近づいていると思うと急に怖くなってきた。
到着すると、警備員が数名見回りをしており、エレベーターの到着音でこちらに気づいた彼らは、一瞬戸惑った様子を見せた。
「誰だ……おい待てコラ!」
オレが駆けだすと、彼らは怒鳴り声を上げて追いかけてきた。
三階から四階までは展望台エリアで階段で繋がっており、中心を囲むようにお土産屋やアイスクリーム店、写真撮影所、ゲームセンターといった様々なお店が並んでいる。
オレは追っ手を交わしながら直人が潜んでいそうな場所を手当たり次第に探し、十数分近く走り回っているうちに四階の端っこで関係者以外立ち入り禁止の看板が置かれたエレベーターを見つけた。
その通り道を塞ぐように親父と同じくらいの図体を持った男が立っていた。
「なんだお前……爆破テロの犯人か?」
男は不審なものを見る目を向けてオレの前に立ち塞がる。
「さぁね。その犯人がこの上の階にいると思ったから探しているんだ」
事情を説明するも男は訝しむ視線を変えぬまま、こちらを押さえつけようと手を伸ばす。
オレは向かってきた腕を掴み返して、追いかけてきていた警備員たちに向けて投げ飛ばした。
「悪いね。お前らとは鍛えられ方が違うんだ」
押しつぶされた彼らに合掌して、オレは更に上の階に向かう。
階数表示板には『五階・電波棟』と書かれていた。
五階に到着すると、目の前の廊下に職員と思われる人物が縛られた状態で転がっていた。
「——誰にやられた」
オレは口を塞いでいたガムテープを取り外す。
「……榮家だ」
長い間放置され続けてきたのか男の声は酷く乾いていた。
「直人はどこにいる」
「あっちだ。非常口の作業通路」
「そうか。ありがとよ」
オレは縄も解いてくれと懇願した男を放って駆け出していた。
大展望台の上を蛍光灯の灯りを頼りに進んでいく。
……こんなところに直人がいるのか?
最近人を疑ってばかりだ。
金属に滴る雨音が絶え間なく聞こえ、オレは雨音に掻き消されないようありったけの声量で何度もアイツの名前を叫んだ。
呼びかけに返ってくる言葉はなく。
もう、自分の声すらも耳に届かなくなっていた。
また別の場所に居るのかと思ったが、そいつは髪も服もずぶ濡れになりながら暗い
身投げしてしまいそうなところで、なにも見えやしない空を眺めている。
オレは怖くなりながらも恐る恐る彼に近づいた。
「——よく来たな」
直人はこちらを振り返らずにそう言った。
オレは苛立ちを覚えながらも、そっと彼の隣に座り込む。
「なにがよく来たなだ。盗聴爆破テロ童貞ホモ野郎」
「過去最高の酷い悪口だ」
直人は過去最高と言う割に嬉しそうに笑っていた。
「なんなんだよお前……一体なにがしたいんだよ」
オレは溜息をつくようにぼやくと、直人は仰向けに倒れて瞼を閉じる。
「色々したかったんだ。感情の
「ちゃんと話してくれ。お前はオレが空気を読めないことくらい知ってるだろ」
「自分のことを語るのは苦手なんだ。長い付き合いだし、わかるだろ?」
「知らんよそんなの。お前は隠しごとが上手すぎるんだから」
「どう話せばいいのか、わからない」
「いつも見下した態度でペラペラと語る癖に……だったら、要塞を出たときみたいにオレの質問に点数をつけてみるのはどうだ?」
「それでお前が納得するならいいよ」
「もう答えを渋るのはなしだからな」
オレが隣で仰向けに倒れると、直人は少し嬉しそうに微笑んだ。
ムカつく顔しやがって、お前のせいで大事な一張羅がずぶ濡れになっちまった。
質問の前に、頭の中にあった疑問を整理する。
まず、直人が放った一言。
——関係性に過大評価を付ける人間にひどく腹が立つんだ。
これはオレに対しての言葉だ。直人はオレが抱いてきた感情を見透かしていた。
——お前に影響されているみたいだから利用したほうが効率いいと思っただけさ
壱真は本当の答えを知っている。あいつにも理解できるような問題。
——有言実行。嘘をついたつもりがなくても結果が伴わなければ嘘になってしまいます。今ある情報で予想した回答なのですが、嫌いになりたくて貴方に嫌いと宣言したんだと思います。
未來は直人が嘘をついていると言っていた。
やっぱり、直人はずっとオレたちのために行動していたんじゃないだろうか。
「……お前は囚われの街について知られないようにしていた。そして、榮直輝に囚われの街を調べさせないために都市を破壊した」
「五十点。細かく言うなら知られないようにではなく、知られるのを遅れさせるためだ。榮直輝が要塞の仕組みを知れば絶対に酷い決断を下す。その前に親父や街の住人を救う手段を見つける必要があった」
つまり、直人は親父が隠していた問題の全てを知っていたと言うことだ。
オレと母親の存在も、村田との出来事も、世界にある大きな問題を知りながら独りで行動していた。
「直人は未來と同じ
「八十点。厳密には違う。未來は機械だが、俺たちは『永遠の人類を作ろう計画』で生まれた頭の中身が機械の半機械生命体だ」
「なにその陳腐な計画……」
「今の榮直輝は、本物の榮直輝によって作られた
「その命令が人類の永遠ってこと?」
「そうだ。人類が未来永劫存続するために俺たちを作った。彼に倫理観はなく、ただ成功するかで全てを判断する。だから囚われの街のこと知られると危ないんだ」
危険分子であるオレたちを放っておくことはない。
突拍子もない話だが、点が線になるような感じがして腑に落ちる。
「もっと別の方法があったんじゃないか? オレじゃ頼りにはならなかっただろうけど、親父や温泉川……村田にだって話せば協力してくれだろ」
「確かに親父さんの為だと言えば進んで協力してくれそうだ。けど、想像していたよりも時間が足りなかったんだ。この十二年で都市の防衛設備は外の世界と渡り合えるほど格段に良くなった。俺が帰ってきた段階ですでに囚われの街の調査に本腰を入れていた」
だから、直人は一人で決行したのか……。
「オレたちは助けられてばかりだな」
「どういたしまして。でも、俺がやりたくて始めたことだ。お前が気にすることじゃない」
「じゃあ足場屋の経営を助けてくれたときも、そうなの?」
「いや、あれはお前たちの会社を乗っ取ってやろうと思って始めた」
「だよね。あのときのお前めちゃくちゃ猫被ってたもん」
「大人たちに好かれてた俺を見て、お前よくキレてたもんな」
「最終的には親父の拳骨を食らったけど」
「なぜか俺も喰らわせられたけどな」
「へへ、ザマァみろ」
雨水が服に染み込んで凍えてしまいそうなほど冷えているのに、直人に拒絶されたときよりも心なしか暖かい。
「ねぇ、残りの点数がわからないんだけど」
「これからの話だ」
あぁ、そうか……このまま関係がずっと続くと思っていた。
「直人はもう一緒に来ないのか?」
「九十点。まぁ嫌いだからな」
「嫌っててもいいから一緒にいてほしい」
雨が目に落ちたせいで目元が熱くなる。
村田に本当のことを告げられたとき、オレは世界はこんなにも凄いことで溢れているのかと興奮し、同時になにも知らずにいたあの頃に戻りたいと思った。
親父との思い出を振り返るたびに村田が抱えた怨念をひしひしと感じる。幸せな瞬間を得る度に夜鶴との楽しかった時間を思い出す。
心が悲鳴を上げているのに受け入れていられたのは、直人が側にいてくれたからだ。
「俺は榮家に捕まったら終わりなんだよ。
「一緒に逃げればいいじゃんか」
「足手纏いだ。それに、俺がいてお前は成長できるのか?」
「それは……」
自堕落な生活を思い出して返答に戸惑った。
直人はすぐに人差し指を立てて言う。
「夢を叶えるのに一番必要なのはなんだと思う?」
続け様に質問をされ、オレは呆気にとられる。
「やる気、かな」
「それも大事だけど。最も必要なのは心が独りであることだ。孤独力もしくは独創的。どんなものだろうと夢は一人で叶えるものだ。他人の意見に頼り過ぎると簡単に濁ってしまう」
「でも、人間一人じゃなにもできないことが殆どだろ。なにかを学ぶにしても誰かと話すことで見えてきたりする」
「相談して得るのは自分のためだ」
「音楽家とかはチームだろ? 同じ夢を持って一緒にいる」
「それでも夢を叶えているは本人だけだ。誰かと夢を共有したつもりでも、どこかでその誰かの意思は含まれていない。最初に掲げた奴の目標に過ぎない」
「そんなわけない。親父は昔仲間と共に調査していた」
「野良と俺の調査に対する目的は違うだろ? もしかしたら君は夢の先で安寧と地位を求めているのかもしれない。温泉川の部下が俺の話に乗ったように。志楽浩也が囚われの街に残る選択をして、村田孝宏だけが帰ってきたのは彼らの夢が少し違っていたか、もしくは夢が途中で変わってしまったからか」
直人はその気持ちを知っているかのように語る。何処まで理解しているのかと、その才能が羨ましいと思う。
「嫌だよ。絶対に嫌だ」
オレは子供のようにそう訴えた。
きっと自分に母親がいたのなら、もう成人しているんだからちゃんとしなさいと怒られている。
「お前がどう思おうと関係ない。俺の意思で始めたことで、もうお前と一緒にいたくない」
「なんでだよ。ならもっと早く話してくれよ」
意味のない文句だ。
でもやっぱり直人の言うことは正しく、その通りに進んだ方が良いことを知っている。
「残りのパーセントはなんだよ……」
「不必要なことは答えないよ。解いてすらいない問題に模範解答は与えられない」
「そもそも問題なんて出されなてないだろ」
「お前が嫌いだから言いたくない」
「嫌い嫌いってしつこいぞ。せめてヒントくらい……もうお別れなんだろ。最後の頼みだ」
オレは意気消沈しながら直人の顔を見る。
すると、横目でこっちを見つめていた直人は仕方なさそうに溜息を吐いた。
「こんなことをした動機だよ」
「囚われの街のためじゃないのか?」
「俺がそんな殊勝な性格を持ち合わせていると本気で思うのか? そんなものお前が要塞を出ない理由を探していたときに言った建前と同じだ」
言われてみればそうだった。直人は決して善人と呼べるような人間ではない。
というか、善人は都市の電源を落とすなんてしない。
なら、どうして直人はオレと一緒に来てくれた……この都市に連れてきて、テロを起こして、どうして今更嫌いだと言ってオレから距離を取る……。
「——オレのことが好きなんじゃないか?」
言ってみて凄い恥ずかしいが、それ以外考えられなかった。
直人は鼻で笑い、こちらに背を向ける。
「九十九点。長い間頭の点検をしてなかったせいで頭のネジが壊れちまったらしい」
……照れてるのか? つーか、残り一点はなんだよ。
「お前ってなんつーか面倒臭い性格してるよな……なんでそんな
「五月蝿い」
オレは直人に沢山の感情を抱いてきたし、なんならもっと溢れんばかりの思いを抱いてきた。
だから、友達なんて寧ろ過小評価なくらいで。
でも、その気持ちに応えることは出来ない。
世界はオレが思っていたより複雑で——
——人生は君が思っていたより単純で。
相手が自分を嫌いになってくれた方が、簡単に離れられたのだ。
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