第4話 受け入れる者でしか、始められないことがある
東京移都市の国立施設とあって移都市博物水族館は街一つ作れるほどの規模を持っていた。
博物館であり、水族館であり、動物園でもある。年間数一千万人もの人間が来場しており、おそらく昔存在していた夢の
「川に住む乎曽でカワウソって言うらしいよ」
万愚節は毛並みがフカフカしていそうな模型を指差してオレに言った。
「うそ? 川に住んでいる生物じゃなかったってこと?」
「嘘じゃなくて、ヲソだよ。恐ろしいものって意味らしい」
「へぇー。可愛い顔をしている割に獰猛なのか」
カワウソの模型の台座に手書きの説明文が貼られている。
実際に近くで見てたような情報と生きていた頃の写真があり、地球では割と
「——お、ミィちゃんだ!」
万愚節は知らない聞いたことのない名前を呼びながら、隣の展示品ではなく通路を歩いてくる犬に駆け寄った。
なんだこいつと思いつつ、嬉しそうに頭を撫でられているゴールデンレトリバーを見下ろす。
「その
「そうだよ。模型ばっか見てると飽きちゃうからね。このエリア限定でワンちゃんを放し飼いにしてるんだ」
オレも彼女のようにしゃがみ込んで犬を撫でようと手を伸ばすが、ミィちゃんは手背に肉球を重ねて押し退けた。
「ミィちゃんは簡単に撫でさせてくれないよ。私が幾度も餌を与えて信頼を得たんだから」
それは信頼を得たと言っていいのか? 餌付けしただけでは?
「幾度もってことは割とここに来慣れているのか」
「うん。月に二回は来てると思う」
なら、デートとしては失敗だったな……。
今更気にしても仕方ない。そう気持ちを切り替えようとすると、ミィちゃんは元気出せよ言わんばかりに膝の上に手を置いてくれた。
この犬、頭いいな。惚れちまいそうだ。
「私の十年の努力が……」
万愚節は口をパクパクさせて驚いていた。
どうやら出会って数分足らずでミィちゃんと信頼関係を築けていたらしい。
対抗意識が芽生えたのか万愚節は鞄からスティックチーズを取り出し、尻尾を左右に振るミィちゃんが自分の方に来るよう誘導する。
チータラに釣られた
…………。
……。
背丈よりも大きな魚。手のひらほどの小さな魚。魚ではない海の不思議な形をした生き物。それらはまるで花畑のように色鮮やかで、箱庭の中で鮮明に生きている。
オレは
「……海って、どんなところかな」
「いつまでも波打っていて、どこまでも広くて綺麗な場所だよ」
「今度海にも行ってみるか」
そう呟くと、万愚節は食い気味に顔を近づけてきた。
「ほんと? いつ行く?」
どうやら、一緒に行きたかったらしい。
直人を誘うつもりだったのでどうしようかと悩む。
「直人も誘おうと思うんだけど、それでもいいか?」
「直人って同居人の?」
「そうそう」
居候の身だし同居人というより家主だけど。
「その直人って女性ではないんだよね」
「顔は女みたいだけど男だよ。
こう言えば初対面の相手がいても悪い気はしないだろ。
「……わかった。それでもいいよ」
万愚節は少し不満そうな顔をしていた。
あれ、イケメンが来るのに嫌なの? 優良物件探してなかったけ?
「まぁ、直人には断れるかもしれないけどね。今日ここ来る前にギスギスしちゃったし」
「そうなの? なら手配とかはこっちでやっとくから再来週辺りに行きたい。あと水着買いに行こうよ」
「そうしようか」
「ここに売ってたら今買っちゃうのもありだけどね。また私が選んであげる」
万愚節はいつもの元気な姿に戻り、いたずらっぽく笑った。
あの
このデートは楽しく円滑に進行している。直人が昔遊んでいたギャルゲーの世界にいる気分だ。
お魚の触れ合いコーナーでガチャガチャを見つけたオレはビスケット状の餌砕いて水槽に投げ入れる。
鯉と呼ばれる多種多彩な魚が群がり、厚かましく水飛沫をあげて餌を取り合った。
大切な服がびしょ濡れになり、一瞬食ってやろうかと殺意を覚える。
「あらら、濡れちゃったね」
万愚節はそう言って笑らうと、オレから残りの餌を取り上げて水槽全体に広げるように豪快に撒いた。
瞬く間に魚たちが水面を覆い、まるで劇場ならぬ激情のように水飛沫が舞った。
水面全体から上がる騒動に驚愕した。
「噴水みたいで凄いでしょ。五歳の頃から通い続けた私の餌やりテクニック」
「凄いけど。一瞬で終わっちまったな」
まるで打ち上げ花火のように、始まる前より冷たい静けさが訪れた。
そんな光景を後ろで見ていた男の子が「うぉー!」と歓声を上げた。
男の子が「僕もやってみたい」と両親にお願いしにいっている。
「——じゃあ次に行こうか」
万愚節はオレの手を掴んで駆け出した。
予定ではオレがリードする筈だったのに、いつの間にか彼女に引っ張られるようになっていた。
博物館と水族館の全てを見て回ったオレたちはグルメ通りにある出店を巡る。
市場に出回らないレア食材のほか、都市外の生き物の部位なんかも販売されていたりしている。
重厚なレストランでオレはガビアウルのステーキを注文し、万愚節は蜂蜜パフェを頼んだ。
「パフェだけでお腹が膨れるのか?」
「膨れさせたくないからパフェだけなの。それに、レストランの予約してるんでしょ?」
「勿論。やっぱお酒飲みたいしな」
「だったらお昼はこれで我慢しておく」
「言っておくけど食べ放題じゃなくてコース料理だからな」
「おかわり禁止なの?」
「一応ね。腹が空いてたら追加で頼んでもいいそうだけど、時間が掛かるんじゃないかな」
「じゃあ、そのステーキ一口だけ頂戴?」
「そっちのパフェを食べていいならね」
互いに料理をスライドさせてシェアをする。
オレはパフェから巣蜜を避けてクリームとスポンジの層を掬い上げる。
蜂蜜のほんのりとした香りが口一杯に広がり、甘すぎずとても美味しい。
一口で止めてパフェを返すと、万愚節はステーキの大きな一切れを口に放り込み、白米をかき込んだ。
「そんなにがっつかなくても……」
「もごもごもご」
「無理して喋らなくていいよ……無くなるの待つから」
なにを言っていたのか聞こえなかったがが、表情を見る限り言い訳をしているのはわかっていた。
「……このワニ、美味しくてつい」
口の中のものを全て飲み込んだ万愚節は申し訳なさそうに言った。
よく見てみると、鉄板の上のステーキが半分以上減っていた。ライスは三分の一である。
「朝飯、食べてこなかったのか?」
「普通に食べてきた」
「がっつき過ぎだろ」
「美味しいものは別腹って言うでしょ?」
「そうだったな」
また頼めばいいやと思って一旦スルーした。
真剣な表情でいう彼女に冗談なのか本気で言っているのかわからなかった。
…………。
……。
グルメ通りを進んだ先は急な登り坂になっており、山頂付近に現代展示館が存在している。
オレたちは舗装された石段を登り、道中には先ほど食べたガビアウルの養殖所やコアな農作物を育てる畜産場があったりした。
ゼーハー、ゼーハー。
後ろから、荒々しい息遣いが聞こえてくる。
「……大丈夫か? 意外と体力ないんだな」
「意外ってなによ。私は見るからに華奢でしょ」
息を荒らげていた万愚節は余裕そうに駆け上がるオレを恨めしそうに見ていた。
オレに八つ当たりされても困るんだが……というか、苦しいのは食い過ぎたせいじゃないか?
なんだかんだ減量と言いながら、人様のステーキを全部食べた上に結局普通に昼飯を頼んでいた。
少し分けて貰ったけどね。
「全く、なんでロープウェイを建設しないのかなぁ」
どうやら怒りの矛先は設備に向けられたようだ。
体力自慢のオレでも少し疲れたと感じるくらいだし、普段あまり体を動かさない人にとってはこの山は相当きついものだ。
最初は『グリコ』というジャンケンゲームをしながら登っていたが、休憩ポイントを越えたあたりから万愚節の気力はすっかり尽きていた。
彼女が「チャーゴグガゴグマンチャウグガゴグチャウバナガンガマウグ」と意気揚々と呼んでいたときの顔が今でも忘れられない。
やっと館内に辿り着くと、万愚節は先行ってとベンチに腰を下ろした。
側から見たら完全におっさんだ。
現代展示館の最初の部屋はダイオウラチャンカについてだった。
寒い地域、岩だらけの地域、砂漠地域、樹海地域、凡ゆる場所に生息が確認されている。
大昔から生息していたとされる化石も見つかっており、彼らが絶滅することがあればそれは他の生物がすべて死んだ後だろうと言われるほどだった。
「……ダイオウラチャンカってすごいよね。この星の神様みたいなものだよ」
いつの間にか復活した万愚節が後ろから顔を出す。
「大袈裟じゃないか? 大型の生物にとってはありがたい食料源かもしれないけど。小型の生物からしたら騒音を立てる害獣だろ」
「賭けてみる? どっちが正しいか」
「やだよ。どうせ知ってるんだろ」
「えへへ。バレたか」
奥へ奥へと進んでいるうちに大広間ほどの広々とした部屋に出る。
部屋の中央には大人のガビアウルの剥製が置かれ、オレの故郷である
剥製近くのプレートを読み進めていくと、ガビアウルの分類、成長過程、家族構成、主食、危険性について描かれていき。——末筆には『志楽浩也』という名前が記載されていた。
「あれ、これ……」
思わずこの感動を伝えようと、オレはなにも知らない万愚節に振り向く。
しかし、彼女は要塞都市の写真を酷く冷たい目で見ていた。
「——次に行こう」
万愚節はいつもの笑顔を見せてオレにそう言った。
なんだかよくわからないモヤモヤを抱えながら、現代博物館を後にして再び石段を登っていく。
頂上付近で赤い鳥居が目に入った。
初めて見る神社にオレは思わず感嘆の声を漏らした。
「二礼して賽銭入れて、鈴を鳴らしてお祈りしてから一礼だよ」
「映画だと二礼二拍手一礼じゃなかったか?」
「さぁね。宗教に正しさなんて存在しないよ。神主が金儲けのために新しいやり方を宣伝したりするから」
「そういうものなのか」
「そうそう。だから神様なんて文化的な風習に過ぎないから信じなくたっていいんだよ。こんなところに神社を建てたせいでロープウェイが建てられないだから」
彼女はそう言って賽銭を親指で弾いて投げ入れた。
神様。オレは関係ないので天罰は勘弁してください。あと親父の健康もよろしくお願いします。
一礼して一歩離れると、万愚節は鈴を鳴らすだけで祈りはしなかった。
……後に、足を滑らせた彼女をオレは背負っていった。
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